1ー2
「ちょっと、簡単に殺さないでよ!」
八重の声がした。しかし、その声は俺が抱き抱えている八重からではなかった。
「こっちよ!」
俺は声のする方、男の後ろにある家の塀を見た。そこには八重が立っていた。
「そっちは偽者。本物は私よ。」
俺が抱き抱えている八重は体が光り輝いて消えた。
「ね。あれは私が魔法で作った偽者。
さあ、こっからは私たちの攻めよ。」
八重が塀から飛び降りた。ドサッ、着地した、というよりは落ちた、と言う方が正しかった。
俺たちは一瞬、動きを止めた。
(なぜ、この流れで失敗するんだ。)
八重がもたついている間に男が銃を八重に向かって撃とうとした。
男の指がトリガーにかかった時に金田が動いた。手には木刀を持っている。
「隙あり!」
男が銃を金田に向けるより先に、金田が木刀で男に斬りかかった。
男の銃が男の手を離れて空を舞った。続けて、金田が男の腹に木刀の柄を叩きつけた。
男がうめき声をあげて倒れた。そして、男の体が光り輝いて消えた。
(瞬間移動したか。結局、誰なのか分からなかった。なぜ、俺を狙うのかも。)
少し遅れて八重が俺たちのところに来た。
「ちょっと。金田、何で私の見せ場を奪うのよ。」
「見せ場?何言ってんだよ。お前、撃たれるところじゃなかったか。助けてやったんだろ。」
「あれは…ちょっと失敗しただけよ。」
「ふ~ん。ちょっと失敗か。じゃあ、今度からは助けねえよ。
ああ、そういえば1000円よこせ。木刀代だ。」
「なっ、あんた魔法で使用した分の金を私に払わせる気!?」
「当然。お前だって分かっているだろ。俺の魔法は金を使うんだ。
なにせ、欲しい物と同等の金を消費して欲しい物を手に入れるんだからな。
それに、俺の持ち金はこれでゼロだぞ。このままじゃ魔法が使えない。」
「冗談でしょ。誰があんたなんかに。絶対に払わないわ。」
このままじゃ終わらない。そう判断した俺は2人を止めた。
「まあまあ。2人とも落ち着け。八重、聞きたいんだけど、いつから分身と入れ代わっていたんだ?」
「学園で不審者に襲われてからよ。そういえば、さっきの男と不審者の服装は同じだったわね。
それに、2人とも肩に魔法連合国家のマークがついていたわ。
そして、一番気になるのは…」
八重が話を止めて、落ちていた銃を拾いに行った。
「何で、これを持っているのかと言うことね。
銃、つまりマシンは情報でさえ一般公開されていないの。なにせ、禁書に載ってるくらいだから。
ましてや、現物なんて手に入るはずがないわ。しかも、これはだいぶ新しい。なぜ?」
「…分からない。とにかく、静先生の家に向かおう。」
「確かにそうね。トラベルの言う通りだわ。」
俺たちは先生の家に向かおうとした。その時、俺のポケッが振動した。
「ちょっと待ってくれ。オーブが鳴っている。」
俺はポケットからオーブを取り出した。赤色に光っている。
「この色、俺の魔法が成長したのか!」
俺は驚きの表情を隠せなかった。八重と金田も同じく驚いている。
「うそでしょ!」
「バカな!」
俺はオーブに浮き出た文字を見た。
「俺の魔法のレベル2は、今まで俺は自分自身しか瞬間移動できなかったのが変化したらしい。
これによると、今度からは俺に触れている人全員が瞬間移動するらしい。
後、有効範囲が1メートルから3メートルになっている。」
八重が不思議そうに俺のオーブを見ている。
「まさか、魔法がこのタイミングで成長するとわね。
魔法の成長タイミングは個人差があるけど、こんなタイミングで成長するなんて…」
金田がため息を吐いた。
「あ~あ。3人のなかで俺が一番先に成長すると思ったんだけどな。
しかしなあ、やっと成長したのか。他の奴らはレベル7だって、いるってのに。」
八重が何かを思い出したような顔をした。
「そういえば、マシンの中にオーブと似たようなものがあったわね。
確か…ケータイと言ったはずだわ。」
「ケータイ?」
「そうよ、ケータイ。基本的にオーブと機能は同じだったわ。
ただ、2つだけ違う点があったわ。
まず、形状ね。オーブは丸い水晶玉のようで、ケータイは細長い薄い板みたいなの。
そして、オーブは私たちの魔法が成長すると知らせてくれる機能があるけれどケータイにはないの。
確か、サイエンスには魔法という概念がないそうだからよ。」
八重が説明を終える。俺たちは感嘆の声をあげた。相変わらず、八重の頭はすごい。
それから少し歩くと静先生の家に着いた。俺は玄関のドアについているオーブに触れた。
「静先生、居ますか?」
返事がしないかわりに、ドアの鍵が開く音がした。俺たちはドアを開けた。
「はやく中にいらっしゃい。」
中から先生の声が聞こえた。俺たちは声にしたがって中に入った。
「こっちよ。」
声は右手側のドアからした。ドアを開けると、そこには私服に着替えた静先生が座っていた。
「無事にたどり着けたようね。良かったわ。」
先生が笑う。それを見た金田が足を一歩前に踏み出した。
「良かったわ、じゃあねえよ。こっちは死ぬとこだったんだぞ。何で一緒に来てくれなかったんだ。」
「私にも色々とあったのよ。それに、君たちの力を試したかったの。」
「力を試すだって!俺たちが死ぬ可能性だってあったのにか!」
「状況から察して。それぐらい危険な状況なのよ。」
「意味わかんねえよ!そもそも…」
金田が怒りではち切れそうなのを八重が落ち着かせる。
「金田、落ち着きなさい。まずは現状の把握よ。静先生、きちんと納得のいく説明をしてください。」
静先生がうなずく。
「どこから話せばいいのかしらね。
まず、君たちも当然、今の冷戦の状況は分かっているわね。ニュースとかでやっているからね。
でも、それは嘘よ。今、ニュースでは関係改善の為に首相が会談していると報じているけれど、実際は違うわ。
両陣営の関係はもはや改善の余地はないわ。首相会談の目的は国民に安心感を与えることよ。
ただ会っているだけ。言葉は一言も交わされないわ。
冷戦が始まったのは5年前と言われているけど、それは違う。
両陣営の関係が断絶されたのが5年前なのよ。実際は10ほど前から関係は悪化しているわ。
そして、3年前にある情報が届いたの。魔法連合国会が、こちらの数十人の国民を狙っているというね。
しかも、そのうちの1人は魔法連合国家の総力をあげて拉致しようとしているとね。
その狙われている国民を守る為にある施設が作られたわ。それは…国立魔法学園、マジックスクールよ。
その中のEクラスの生徒、つまり君たちが魔法連合国家に狙われているのよ。
まあ、他にもマジックスクールはたくさんあるから君たちだけじゃないんだけど。
ただし、トラベル君は違うわ。魔法連合国家が総力をあげて狙っているのは君よ。」
俺は慌てて話を遮った。
「ちょっと待ってくれ。何で俺なんだ。俺の使える魔法は…」
「そんなの知っているわ。ただの瞬間移動と思っているでしょ。
それは違う。八重さん、金田君も同じよ。
君たちの魔法は今は弱いけれど、成長すれば歴史を変えるほどの力を持つわ。
EクラスのEはイレギュラー、つまり弱すぎて規格外と言われてるけど、本当は逆。強すぎて規格外なのよ。
分かった?」
俺たちはしばらく絶句していた。
「分かったの?大丈夫?」
静先生が再び問いただした。俺たちはゆっくりとうなずいた。
「さて、現状が分かったようなので私の正体を明かすわね。
私はただの教師じゃないわ。私は軍人よ。ただし、普通の軍人じゃないわ。
今、軍部の中では2つの勢力に別れているの。強硬派と穏健派よ。
私は穏健派のリーダーなの。ちなみに、首相は穏健派で副首相は強硬派ね。
そして穏健派で狙われている学生を保護することになったの。
だから私がEクラスの担任だったのよ。
さあ、これで私の知りうることは全て話したわ。
少し休憩しましょう。お茶を入れてくるわ。」
先生が席をたった。俺たちはしばらく黙って頭の中を整理した。
「八重、ちょっと話を整理してくれ。」
頭を抱えて考えていた金田が、諦めて八重に頼んだ。
「分かったわ。じゃあ始めから。
まず、先生は穏健派の軍人だった。そして、首相も穏健派だった。
そして、魔法連合国家がマジックスクールの学生を狙っていることが分かり、静先生が私たちの保護に来た。
また、他のマジックスクールの生徒も同様に保護されている。
そして今日、ついに魔法連合国家が強硬策にでた。だから私たちは逃げてきた。
話しはこれで全部よ。」
「ありがとう八重。」
「これで、さっき助けてもらった借りは返したわ。」
「それとこれは話しは別だろ!」
タイミング良く、2人のケンカを止めるように静先生がお茶を持ってきた。
「さあ、ケンカは止めてお茶でも飲んで。」
八重と金田も一旦黙った。そして、みんなでお茶をすすった。
「うまい!」
3人の声が重なった。先生が笑う。
「そう。良かったわ。そうそう、話し忘れていたんだけど…」
先生の話しを遮るようにオーブが振動した。
『緊急ニュースです。副首相から国民に向けて記者会見があるもようです。』
オーブには記者会見場が映った。確かに、そこには副首相が立っていた。
『皆さん。残念なお知らせがあります。首相会談に出席した者たちが全員、魔法連合国家に暗殺されました。
残念ながらその中には首相も含まれておるそうです。なんと卑怯なことでしょう。
しかし、私たちに嘆いている暇はありません。もう冷戦は終わりです。
今ここに、第一次戦闘体制を宣言し、同時に魔法連合国家に宣戦布告します。』
「宣戦布告ですって!それに首相が死んだ!?いったいどう言うこと。」
静先生が大声をあげる。その声をかき消すように オーブから声が聞こえた。
『繰り返します。我々は第一次戦闘体制を宣言し、同時に魔法連合国家に宣戦布告します。
ついに、これから戦いが始まるのです!』
戦いが始まるのです、妙にこの言葉が俺の頭の中に残った。
なんとなく世界観は分かってきたでしょうか?
もし、分かった人がいるなら天才です。
これからも、こんな感じになっていくと思いますがお付き合いいただけたら幸いです。