追い込み漁
提灯が照らす暗闇の廃墟を、一人の青年が走っている。
その後ろを、仮面をかぶった巨大な八本足の化け物が追いかけていた。
これもすべて、弟を助けるためだった。
貧民のような、体調を崩しても医者にかかれない者だけが発症する病。
病名など無い。調べても金にならないからだ。
口さがない者は『貧民病』と言っている。
「はぁ、はぁ……」
建物の陰に隠れて化け物をやり過ごす。
そのまま化け物が去っていった事を確認した青年は、息を整えてこの先にある“特効薬”なる存在を目指していた。
姿かたちも分からないそれは見ればそれだと分かる代物らしい。
呼吸が落ち着きあたりを見回す。乱雑に立ち並ぶ鳥居。赤い土壁ばかりの建物。
元はどんな建物だったのか見当もつかない。
ただただ、不気味な世界だった。
チラチラと提灯の光が揺らめき、青年の影が一緒になって揺れ動く。
蒸し暑い空間だ。先ほどまで走っていたのもあり、汗が噴き出る。
無音の世界で、ぽたりと一つ落ちた。
「!?」
転がるように建物の陰から飛び出すと、先ほどまで青年がいた場所で大きな口がクチャリと閉じられる。
その口からは何らかの液体が垂れており、涎なのかはたまた別の物なのかは区別がつかなかった。
口の持ち主の全体像を確認することも無くその場から逃げ出していく。
確認せずとも、人間の顔の様な仮面をつけている事だけはどの化け物も同じだった。
道中、扉の閉まった部屋があった。大きく音を立てながら開けると反動で閉まってしまう。それでいい。
自身はその部屋には入らずに先の道の角を曲がる。
ドアを破壊する音を背に、先へと急いだ。
奥へ奥へと進むたびに、化け物の数が増えているように感じる。
息を整える暇も無く、次から次へ。
化け物達も侵入者に気がついているのだろう。
動きが活発になり、場所を悟られないためにも常に動き続ける必要があった。
「…………」
いつからだろう。特効薬を取りに入った自分は、見つけるためにも奥へと進んでいた。
だが、今では追い立てられた結果、奥へ奥へと逃げ込んでいるようにしか思えない。
そう青年が気がついたときには遅かった。
戻ろうとしても、化け物がひしめく建物では先に進むことしか出来ない。
ただただ、整えられた道を追い立てられながら進むほか、できる事は無かった。
そしてたどり着いた場所は先ほどまでの赤い世界とは反転し、白く無機質な広い世界だった。何なら清潔感さえ感じる。ただ中心部にだけ、近づかなくてもわかるほどに暗く深い穴が空いていた。
だがそれでは終わらない理由が彼を取り囲む。いや、既に囲まれていた。
広大なその空間には壁一面、人ひとり分の大きな箱が無数にはめ込まれている。
それも当然だ。人が入っているのだから。
「……え」
思わず後ずさりをした青年を巨大な口が挟みこむ。
くぐもった叫び声がしばしの間響いたが、やがてうめき声に変わっていき、それも消えていく。
青年を口にしたままの化け物は壁を登り、いくつかの箱を一つずつ確認すると、目星をつけた箱を開封する。中からは萎びた長髪の人間が入れられていた。
化け物はそれを弾き飛ばして穴に放り込むと、代わりに青年を収めた。
そして、クチャリ、クチャリと口を動かすと口から液を溢れさせ、青年の入った棺がそれで満たされると蓋をした。
しばらくすると、騒めいていた数多の化け物達は次第に静まり返っていく。そしてまた無音の世界に戻っていった。
◆
日の光が輝く世界で、子ども達が駆け回っている。
ベンチでは男性が新聞を拡げて今日のニュースのチェックをしている。
道端の花壇では女性がジョウロで水を撒いていた。
「……あら」
ジョウロから水が無くなった事に気がついた女性はおもむろに手のひらをジョウロへ向ける。
すると空だったジョウロはなみなみと水にあふれ、また水やりを再開する。
「うわーん! 痛いよぉー!」
走っていた子どもが転んでしまい、膝から血を流し泣いているのが見える。
「おいおい、泣くな坊主。もう大丈夫だぞ」
慌てて駆け寄った男性が手をかざすと淡く優しい光が患部を覆い、光が収まったころには傷はすっかり治っていた。
「ありがとう!」
「ああ、今度からはちゃんと気ぃ付けて走れよ」
去っていく子ども達に手を振りながら、男性はぽつりとつぶやいた。
「あー。貧民にも使い道が出来て本当に良かったよ。貧民様様ってやつだな」
そう穏やかに笑い、男性はベンチに戻るとまた新聞を読んでいった。
この世界は気に満ち溢れている。化石燃料や原子力にも引けを取らない、そのうえ自然を汚すことも無いクリーンなエネルギーだ。
数年前まで、環境問題として街に貧民が流れ込むことが問題視されていた。
悪化するのは景観と治安という、街の環境だ。
どれだけ援助しても湯水のように使い込み、なのに改善の気配のない彼らに街の住民は呆れかえり、悪感情を抱いていた。
そこで取り入れたのヒューマンバッテリーという施設だ。
文字通り、人体を蓄電池にしたものだ。生きている限りいくらでも気を回収できるそれは非常に便利だった。
その電池だって回収には困らない。放っておけばいくらでも勝手に繁殖する貧民たちはまさにうってつけだった。
ただ困ったのが回収手段だった。中途半端に知能がある彼らは説得しても電池になるのを嫌がるのだ。
故に流した話が”特効薬”の噂。それからはもう入れ食いだった。
少し怖い見た目の回収役のロボットを設置すれば、もう人の手を入れる必要などなかった。
男性は新聞を読みながら思い返す。
「にしても『貧民病』って。貧民は馬鹿だよなあ。ただの栄養失調だろうに」
そこが人間との違いなのかね、と呟くとまた新聞に視線を下したのだった。




