怒りの痕
蓋を開ける。
音はしない。
閉じて、棚に戻す。
「おはようございます」
「ああ」
トウヤが早い。最近は私より先に工房の前で待っていることが増えた。
ギルド時代の同期が何をしているか、ふと考えることがある。考えても仕方がないので、すぐやめる。
午前中、仲介人の廃棄品を一つ片付けた。封蝋を溶かす小型の加熱器で、魔石の受け座が錆びていただけだった。磨いて戻す。赤札をほどく。
昼過ぎ、若い冒険者が来た。
「あの……修理をお願いしたいんですけど」
二十歳前後の男だった。目を合わせようとしない。体格は悪くないが、肩が内に入っている。
作業台に置いたのは、遺物製の胸当てだった。軽量合金で作られた旧時代の防具。表面に大きな凹みがある。
「落石で……凹みました」
胸当てを手に取った。
凹みに指を当てる。へこみの深さ、金属の歪み方、力が加わった方向を指先で読む。かすかに汗と革の匂いがする。使い込まれた防具の匂いだ。
この凹みは外側からではない。
内側からの力で生じている。金属が外に向かって押し出されている。外からの衝撃なら、金属は内側に向かってへこむ。これは逆だ。
凹みの中心部に、拳の圧痕があった。指の関節の跡が四つ、はっきり残っている。
装着した状態で、内側から殴ったのだ。
若者の顔を見た。目を逸らしていた。
何も言わなかった。
「直します。預かっていいですか」
「……はい」
若者が帰ってから、作業に取りかかった。
まず凹みを直す。裏側から当て金を当てて、表から木槌で少しずつ叩いて戻す。金属が薄い音を立てる。均一に、ゆっくり。力が強すぎると逆向きの歪みが残る。
凹みが平らに戻った。表面を研磨する。
それから、内側の面に取りかかった。
薄い金属板を切り出して、胸当ての内側に重ねた。接着剤で固定し、縁を丁寧に馴らす。内側だけ二重構造にする。
トウヤが横で見ていた。
「リーネさん、なんで内側を補強するんですか。落石なら外側じゃないですか」
「……次に同じことがあった時、内側も守れるように」
トウヤは何か言いかけて、口を閉じた。凹みが内側からの力だったことに、気づいたのか気づいていないのか。
翌日、若い冒険者が取りに来た。
胸当てを渡した。凹みは消えている。表面は磨き直されて、元の姿に戻っていた。
若者が裏返した。内側の補強に気づいた。
「これ……なんで内側に」
「次に同じことがあった時に」
沈黙が落ちた。
若者の目が揺れた。
「……パーティを外されたんです」
私は手を止めなかった。工具を片付けながら聞いていた。
「仲間だと思ってたのに、足手まといだって。装備を返せって言われて、これだけ自分のだったから持って帰って……それで」
「そうですか」
「……殴ったんです。内側から。馬鹿みたいに」
「私もギルドを追い出されました」
自分で言って、驚いた。この話を誰かにしたのは初めてだった。
「検品の基準を書いたのに、その基準が厳しすぎると。基準を変えるか辞めるかと言われて、変えなかった。それで追い出された」
若者がこちらを見た。
「……追い出されて、ここで」
「ここでやっています」
それ以上は言わなかった。若者も何も聞かなかった。銅貨を六枚置いて、胸当てを大事そうに抱えて帰っていった。
若者が出ていった後、トウヤがぽつりと言った。
「あの人、泣いてましたよ」
「……そうか」
「リーネさんは泣かなかったんですか。ギルドを追い出された時」
「壊れ方を見ればわかる。遺物も、人も」
遺物に向かって言った。作業台に残った研磨の粉を布で拭きながら。トウヤに向かっては言えなかった。
夜。
トウヤが帰った後、一人で棚の箱を出した。
今日はいつもより長く、蓋を見つめた。
蓋を開ける。
音はしない。
閉じる。
この箱の壊れ方も、いつか読めるようになるだろうか。
外からの衝撃ではない。内側から焼けている。
外側からか、内側からか。
棚に戻した。




