見習いの目
蓋を開ける。
音はしない。
閉じて、棚に戻す。
仲介人のダグが週に一度持ってくる廃棄品が、棚の下段に三つ溜まっている。先週のぶんが一つ残っていて、今週のぶんが二つ加わった。今日中に一つは片付けたい。
午前中、廃棄品の一つを開けた。水汲み器の小型のもので、吸引機構の弁が固着していた。油を差して弁を動かし、魔石を入れたら動いた。赤札をほどく。
こういう単純なものが一番多い。固着、接触不良、部品のずれ。検品基準が変わってから、こんなものまで廃棄に回ってくる。
昼前に、工房の戸が勢いよく開いた。
「すみません。ここが修理屋って聞いたんですけど——修理を教えてもらえませんか」
若い男だった。十六か七か。砂色の短い髪があちこち跳ねている。痩せた体に、港の子供が着るような粗末な服。目が大きくて、中に好奇心が丸出しになっていた。
「教えるほどの仕事じゃない」
「でも、壊れた遺物を直せるんですよね。俺、前にいた施設で遺物の片付けをやってて——壊れてるって言われて捨てられるやつ、本当に全部壊れてるのかなって、ずっと思ってたんです」
「客じゃないなら帰ってくれ」
若者は口をつぐんだ。が、帰らなかった。工房の中をきょろきょろと見回している。作業台の上の工具、壁に掛けた特殊工具、棚の部品。
その目が、棚の一番奥で止まった。
「あれ、きれいですね。売り物ですか」
金属の箱。私の検品器。
「……売り物じゃない」
「ですよね。置き方が違うもんな。他のとは扱いが全然違う」
私は黙った。
若者はこちらの顔を見て、何か気づいたらしかった。話題を変えた。
「あの、どこかで修理の仕事をさせてもらえるところ、知りませんか。ギルドには年齢で断られて」
「知らない」
「……そうですか。すみません、邪魔しました」
若者は頭を下げて出ていった。戸が閉まる音を聞いてから、棚の箱を見た。
置き方が違う。他のとは扱いが全然違う。
見る人が見れば、わかるのだ。
翌朝。
いつも通り箱を開けて、音がしないのを確認して、戻す。仕事を始める。
昼前に、また戸が叩かれた。
「あの——昨日の者ですけど」
あの若者だった。今日は何かを持っている。布に包んだ細長い物体。
「これ、ゴミ捨て場にあったんです。自分で診てみたんですけど」
布を開いた。金属の筒だった。片手で握るくらいの太さで、片方の端にレンズがはめ込まれている。外装にへこみがあり、筒全体がわずかに曲がっている。
「レンズが曇ってると思うんですけど」
私は筒を受け取った。
まずレンズを指で拭った。汚れはあるが、拭けば透明だ。曇りではない。
筒を持って光にかざした。レンズ越しに窓の外を見る。像がぼやけて、輪郭が二重になっている。
筒の外装を指でなぞった。へこみの位置と、曲がりの角度を確かめる。
「……観察はいい。でも原因が違う」
若者が息を呑んだ。
「レンズは曇っていない。筒が歪んでいる。この辺りに衝撃を受けて、筒が曲がった。レンズ自体は無事だけど、筒の角度が変わったせいで焦点がずれている」
工具箱から矯正具を取り出した。筒の歪んだ部分に当てて、少しずつ力を加える。金属がかすかに軋む。角度を確認しながら、元の直線に戻す。
レンズを覗いた。窓の外の裏通りが、くっきりと見えた。食堂の看板の文字まで読める。
「直った。焦点が合っている」
若者に筒を渡した。若者がレンズを覗いて、声を上げた。
「すごい……見える。全部見える。わかるんですか、そういうの」
「壊れ方を見ればわかる」
「レンズじゃなくて筒の方が原因だなんて、俺は思いつきもしなかった」
「壊れているように見える場所と、本当に壊れている場所は違うことがある。見えている症状に飛びつくと、原因を見誤る」
言ってから、少し喋りすぎたと思った。教えるつもりはなかったのに。
「直す前に、まず正しく読めってことですね」
若者はまっすぐこちらを見ていた。叱られたのではなく、何かを受け取った目をしていた。
「……名前は」
「トウヤです」
「そうか」
それだけ言って、作業に戻った。トウヤはしばらく工房の入口に立っていたが、やがて頭を下げて出ていった。
夕方、作業を終えた。道具を片付け、作業台を拭く。
棚の箱を開けた。音はしない。閉じた。
それから、倉庫の奥に仕舞ってあった古い椅子を引っ張り出した。脚が一本ぐらつくが、座れないほどではない。
作業台の端に置いた。
教えるつもりはない。ただ、壊れたものを拾ってきて自分で診てみる人間は、放っておけば怪我をする。座る場所くらいは、あってもいい。
翌朝。
工房に来ると、戸の前にトウヤが立っていた。
「おはようございます」
「……早いな」
工房を開けた。トウヤが中に入り、二つ目の椅子を見つけた。
何か言いかけて、言わなかった。ただ、座った。
私は棚に向かった。箱を取り出す。蓋を開ける。
音はしない。
閉じて、戻す。
「リーネさん、今日は何をするんですか」
「仕事だ」
それから、二人で今日の仕事を始めた。




