二つで一つ
蓋を開ける。
音はしない。
閉じて、棚に戻す。
工房に入ると、作業台の隅にダグが置いていった廃棄品が三つ積んであった。先週から週に一度、ギルドの倉庫から赤札つきの遺物を持ってくるようになった。全て廃棄判定済み。引き取り手がなければ三ヶ月で処分される。
今日はその中の一つを片付けよう。後の二つは明日以降だ。
午前中に一つ目の廃棄品を開けて、接点の清掃だけで直った。赤札には「機能停止」と書いてあったが、端子に埃が詰まっていただけだった。
赤札をほどいて、処分箱に入れる。
昼前に、薫製職人が来た。
「すまないが、見てもらえるか」
恰幅のいい男だった。革のエプロンに煤と煙の匂いが染みついている。両腕で円筒形の装置を抱えていた。
作業台に置く。金属の筒に、背面に羽根車のような機構がついた遺物。暖房器だ。前面から温風を送り出す構造になっている。
「薫製小屋で煙を循環させるのに使ってたんだが、風が出なくなった。熱は出るんだけどな」
外装を開ける。
発熱部に触れる。魔石の受け座は正常で、石を入れると金属板が熱を持った。発熱機構は生きている。
送風機構を見る。小さな歯車が三つ噛み合って羽根車を回す仕組みだが、歯車の歯が摩耗して丸くなっている。噛み合わせが滑って、力が伝わらない。
歯車を取り出して指で回した。空転する。
「歯車の摩耗です。この規格は旧時代のもので、代替品がありません。単体では直せません」
薫製職人が肩を落とした。
「そうか……。煙の循環ができないと、薫製にムラが出るんだ」
「少し預からせてください。方法があるかもしれません」
確約はしなかった。方法がある保証はない。だが、発熱部が生きているということは頭に入れておく。
薫製職人が帰って一刻ほどして、船乗りが来た。
「工房ってのはここか。港で聞いた」
日焼けした肌に、潮で白くなった髪。船乗りだとすぐにわかった。
片手に四角い箱型の装置を持っている。
「船室の換気に使ってたんだが、動かなくなった。魔石を入れても反応しない」
作業台に置いた。薫製職人の暖房器の隣に、もう一つの遺物が並ぶ。
外装を開ける。
送風機構は生きていた。羽根車と歯車の噛み合わせに問題はなく、手で回すと滑らかに動く。
だが動力部——魔石の受け座が、緑色の腐食に覆われていた。海水に晒され続けたのだろう。受け座の金属が変質して、魔石との接点が機能しなくなっている。素材ごとの交換が必要だが、この受け座の合金は再現できない。
「単体では——」
言いかけて、手が止まった。
隣に置いてある暖房器が目に入った。
発熱部は生きているが、送風できない暖房器。
送風機構は生きているが、動力がない換気扇。
暖房器の発熱部を取り出した。換気扇の送風機構を取り出した。
二つを作業台に並べる。
「少し待ってください」
紙を取り出して、二つの部品の接続を描き始めた。暖房器の発熱部から出る熱を、換気扇の送風機構で送り出す。接続に必要な部品は——受け座の規格を確認する。合う。発熱部の出力と送風機構の耐熱も、範囲内だ。
「……合う」
船乗りがきょとんとした顔をした。
「合うって、何が」
「二つとも、単体では直せません。でも、生きている部分を合わせれば一つの装置になります。暖房器の熱源と、換気扇の送風機構で——温風を送る装置が作れます」
船乗りが暖房器を見て、換気扇を見て、また暖房器を見た。
「……それ、どっちのだ」
「どっちのでもありません。新しい一つです」
工具を取り出す。
まず暖房器から発熱部を外す。留め具を四つ外して、接続端子を慎重に切り離す。次に換気扇から送風機構を取り出す。歯車と羽根車を一体のまま取り外す。
発熱部の熱源台座に、送風機構を載せる。固定具で仮留めして、位置を合わせる。
接続端子を繋ぐ。融着具で接合する。金属が溶ける匂いが工房に広がった。
薫製職人の暖房器の外装を使う。円筒形で、温風を前方に導く形状が適している。送風機構を収め、発熱部を底面に固定した。
魔石を入れた。
かちり、と小さな音がして、歯車が噛み合った。羽根車が回り始める。発熱部の金属板に熱が通り、羽根車が送る風にその熱が乗った。
円筒の開口部から、温かい風が出た。
手をかざした。均一な温風。風量は穏やかだが、薫製小屋の煙を循環させるには十分だろう。
「……動いてるぞ」
いつの間にか、薫製職人が戻ってきていた。工房の前を通りかかって、中を覗いたらしい。
「俺のと、そっちの兄さんのが、一緒になって動いてるのか」
「そうです。暖房器の発熱部と、換気扇の送風機構で温風装置になりました」
薫製職人と船乗りが顔を見合わせた。
船乗りが笑った。
「こいつは面白い。壊れもん同士で、一人前になったってわけだ」
「たまたま規格が合った。それだけです」
事実だ。発熱部の出力と送風機構の耐熱が範囲内だったから合わせた。それ以上の意味はない。
薫製職人が銅貨を八枚、船乗りが銅貨を六枚。合わせて十四枚が作業台に並んだ。
「代金は二人で割るのか、片方が払うのか」
「どっちでもいいです。二人で決めてください」
二人は顔を見合わせて、半分ずつ払うことにしたらしい。七枚ずつに分けて、温風装置を薫製職人が受け取った。
「兄さん、薫製ができたら一切れ持ってくるよ」
「ああ。風のおかげだ。あんたの風で俺の煙が回る。いい話じゃないか」
二人が連れ立って工房を出ていった。
作業台に残った部品——暖房器の空の外装と、換気扇の腐食した受け座——を処分箱に入れた。使えない部分は、捨てる。使える部分は、生かす。
当たり前のことだ。
作業台を拭いた。今日も、捨てなくていいものが動き出した。




