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ギルドを追い出された遺物修理屋ですが、赤札の廃棄品はだいたい直せます  作者: 蒼月よる


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直せないもの

 蓋を開ける。

 音はしない。

 閉じて、棚に戻す。


 今日の仕事を始める。昨日の干物屋の老人から追加の注文が入っている。乾燥棚の底に敷く網を作ってほしいと。修理ではなく製作の依頼だが、断る理由はない。手元にある金属の端材で十分作れる。

 網を編みながら、工房の戸が開く音を聞いた。


「遺物の修理、やってるか」


 入ってきたのは、がっしりした体格の男だった。日焼けした肌に古い傷跡がいくつもある。冒険者崩れだろう。革のジャケットの裾が擦り切れている。

 男は片手に布袋を提げていた。それを作業台の上に置いた。重い音がした。


「遺跡の崩落で潰された。元は何だったかもわからない。何とかなるか」


 袋の口を開けた。

 金属の破片が入っていた。大小さまざま、十数個。どれも歪み、潰れ、折り重なっている。


 一つ取り出した。

 手のひらの上で転がす。元は何かの筐体の一部だったらしいが、原形を留めていない。圧力で金属が折り曲がり、断面が覗いている。

 次の破片を取り出す。これは歯車のようにも見えるが、歯が全て潰れて円盤になっている。

 もう一つ。板状の破片。表面に刻印の痕跡がかすかに残っているが、読み取れるほどの形は残っていない。


 全てを作業台に並べた。十四個。


 一つずつ触った。

 断面の結晶構造を指でなぞる。旧時代の金属だ。粒子が細かく、今の精錬では出ない手触りがある。良い素材だったのだろう。

 匂いを嗅ぐ。鉄錆ではない、独特の酸化臭。長く地中にあったものの匂いだ。

 破片同士を合わせてみる。どの二つも噛み合わない。圧壊で変形しすぎている。


 刻印の痕跡をもう一度見る。角度を変えて光に透かす。線が一本、弧を描いている——が、それが何の一部なのかは判別できない。円の一部かもしれないし、文字の一画かもしれない。情報が足りない。


 並べた十四個の破片を、もう一度端から端まで見た。

 元が何だったか。どういう構造をしていたか。どう組み上がっていたか。


 わからない。


 修理とは、元の形を知っていて、そこに戻す作業だ。元の形がわからないものは、戻しようがない。破片を適当につなぎ合わせても、それは修理ではない。


「……これは直せません」


 男の顔を見た。


「元が何だったか、私にはわかりません。わからないものを形だけ繋いでも、道具にはならない」


 男は黙って頷いた。怒る様子はなかった。


「そうか。まあ、そんな気はしてた」


 銅貨を三枚、作業台に置いた。


「診てくれただけでいい。他の店は袋を開けもしなかった。あんたは全部出して、触って、並べて、ちゃんと見た。はっきり言ってくれる人は少ないよ」


 男は布袋を肩に掛け直して、工房を出ていった。


 作業台に破片が一つ残っていた。一番小さな、爪の先ほどの欠片。男が気づかずに置いていったのだろう。

 つまみ上げて処分箱に入れた。


 箱の中には、これまで修理できなかった部品の残骸がいくつか溜まっている。数は多くない。私の工房に来るものは、だいたい直せる。直せないものは、滅多にない。

 滅多にないから、来た時に堪える。


 処分箱の蓋を閉じた。

 棚の一番奥の箱が目に入った。


 あの箱も、いつかこっち側に来るのだろうか。

 直せないまま、処分箱に入る日が来るのだろうか。


 考えるのをやめた。網の続きを編む。手を動かしていれば、余計なことは考えずに済む。


 夕方になった頃、工房の戸が叩かれた。

 今日二人目の客かと思って立ち上がると、入ってきたのは客ではなかった。


 がっしりした体格の男。白髪交じりの短髪に、整えた顎髭。倉庫の作業着を着ている。右手の薬指が第二関節から先がない。

 見覚えがあった。ギルドの遺物管理部門の倉庫番だ。


「あんたがリーネか。話は聞いてる」


 低い声だった。口数が少なそうな話し方。


「何の用ですか」


「ダグだ。ギルドの倉庫で廃棄品を管理してる」


 男——ダグは、工房の中をぐるりと見回した。作業台の上の修理途中の遺物、壁に掛けた工具、棚に並んだ部品。一通り見てから、私に向き直った。


「あんたの話を聞いた。赤札の遺物を直してるって。うちの廃棄品、引き取ってくれないか」


「廃棄品?」


「ギルドの検品で廃棄判定が出たやつだ。倉庫に三ヶ月置いて、引き取り手がなければ処分される。最近、廃棄が妙に多い。使えそうなものまで赤札がついてる」


 ダグの目が、少しだけ据わった。


「俺は倉庫番だ。検品のことはわからない。ただ、二十年やってりゃ、見りゃわかることもある。あれは廃棄じゃない、ってものが増えてる」


 私はしばらく黙った。


「……持ってきてください。見るだけなら見ます」


 ダグは頷いた。それだけで帰った。余計なことは言わない男だった。


 工房に一人になってから、棚の箱を見た。

 開けなかった。朝に一度開けている。一日に二度も確認する必要はない。


 処分箱の方を見た。さっき入れた小さな欠片が、蓋の隙間から見えた気がした。

 気のせいだった。


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