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ギルドを追い出された遺物修理屋ですが、赤札の廃棄品はだいたい直せます  作者: 蒼月よる


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20/20

証明したいだけ

 蓋を開ける。

 音はしない。

 焼けた歯車に、目が留まった。いつもなら数秒で閉じる。今朝は閉じられなかった。

 黒く変色した金属の表面を見つめている。何を探しているのか、自分でもわからない。

 閉じた。棚に戻す。


 作業台には紙が広がっている。昨夜から出しっぱなしの処分記録のページと、焼損パターンのリスト。壁には、トウヤと一緒にまとめた相関図が貼ってある。


 品目、廃棄日時、焼損の位置、歯車の変形角度。線で結んで、矢印を引いて、空白を埋めていく。

 椅子に座って、壁を見た。


「おはようございます」


「ああ」


 トウヤが工房に入ってきた。鞄を作業台の端に置いて、壁の相関図を見上げた。


「昨日から増えてますね」


「夜に少し足した」


 トウヤが図の端を指でなぞった。品名の一覧を読んでいる。


「これ、全部計測器具ですよね。秤、温度計、圧力計、水質検査器、純度測定器……。計れるものを片っ端から壊してる」


「そうだ」


 私は棚を振り返った。検品器の箱。隣の焼損計測器具。工具箱の底にしまった処分記録のページ。三つの証拠。


「検品器もそうだ」


「え?」


「あの箱は遺物の内部状態を音で数値化する計測器具だった。蓋を開けて遺物に近づければ、内部構造の健全性を音の高低で示す。澄んだ音なら正常、濁れば異常。——壊せば、定量的な検品ができなくなる」


 トウヤが壁の図から目を離して、棚の箱を見た。


「数字は嘘をつかない」


 自分の声が、工房の中で硬く響いた。


「基準は文書で変えられる。検品員の判断は上からの指示で歪められる。でも計測器具が出す数字は、操作できない。だから——数字を出す道具を壊せば」


「誰も反論できなくなる」


 トウヤが静かに言った。


「……そうだ」


 壁の相関図を見た。品目と日付を結ぶ線の向こうに、まだ見えない構造がある。


「でもなぜだ。なぜ廃棄を増やす必要がある。計測器具を壊して、基準を変えて、検品の精度を落として——その先に何がある」


 答えが出ない。線を引いても、矢印をつけても、最後の一点に辿り着かない。


 トウヤが椅子を引いて座った。しばらく黙っていた。工房の外から、裏通りの荷車の音が聞こえた。


「リーネさん」


「なんだ」


「一つ聞いていいですか」


 声の調子がいつもと違った。明るさが抜けている。静かで、まっすぐだった。


「その箱——直したいんですか。それとも、自分が正しかったって証明したいんですか」


 手が止まった。

 壁の相関図に向けていた目が、そのまま固まった。


「……何を」


「俺のじいさんの道具もそうだった」


 トウヤは壁を見ていなかった。棚の箱を見ていた。


「直したかったのか、じいさんのことを忘れたくなかったのか、自分でもわかんなかった。ずっと木箱に入れて持ち歩いてたけど、直すための腕がなかった。だからリーネさんに頼んだ。——でも本当は、直してほしかっただけじゃなかった。じいさんがいたってことを、誰かにわかってほしかった」


 言葉が喉に詰まった。何か返そうとして、返せなかった。


「リーネさんも同じに見えるんです」


 トウヤの目がこちらを向いた。責めてはいない。怒ってもいない。ただ見ている。昨日、自分の過去を語った人間の目だった。


「箱を直したいんじゃなくて——ギルドに間違ってたって認めさせたいんじゃないですか」


 工房が静かだった。荷車の音も、もう聞こえなかった。


 壁の相関図が視界の端にある。品名の列、日付の列、矢印の束。あれを作ったのは何のためだ。壊された計測器具のパターンを読むためだ。——読んで、どうする。証拠を並べて、ギルドに突きつけて、「私は正しかった」と。


 椅子から立った。

 棚に向かった。

 箱を手に取った。


 蓋を開ける。

 音はしない。


 焼けた歯車を見た。その隣の五つの歯車を見た。共鳴室の曲面を見た。音を出さない精密機械の内側を、長い間、見つめていた。


「……両方だ」


 声が出た。自分の声だとわかるのに、少し時間がかかった。


「直したい。証明もしたい」


 箱を持つ手が、微かに震えていた。


「でも——証明したいだけなら、この工房はいらない」


 トウヤが何も言わなかった。


「証明したいだけなら、壁に図を貼って、記録を集めて、ギルドに突きつければいい。修理なんかしなくていい。客の遺物を直す必要もない。赤札を剥がす必要もない。毎朝この蓋を開ける必要も——」


 言葉が途切れた。自分で言って、自分で止まった。


 蓋を開ける理由。

 毎朝、棚から取り出して、蓋を開けて、音がしないのを確かめて、棚に戻す。あの動作は何のためにやっている。


「毎朝蓋を開けるのは、証明のためじゃない。直すためだ」


 箱の蓋を閉じた。


 工房が静かだった。壁の相関図は貼ったままだ。調べることをやめるつもりはない。計測器具を壊している人間がいる。それは事実だ。


 でも、今この工房に立っている理由は、そこじゃない。


 箱を棚に戻した。隣の焼損計測器具と、処分記録のページと並べて。証拠は証拠として、そこにある。でもこの棚で一番大事なのは、あの箱だ。直すために、ここにある。


「ありがとう、トウヤ」


 トウヤが少し目を見開いた。それから、小さく頷いた。


「……はい」


 壁の相関図を見上げた。品名の列、日付の列。明日もここに線を足すだろう。壊された遺物のパターンを追うだろう。


 でもそれは、朝の検品の後だ。蓋を開けて、音がしないのを確かめて、棚に戻してから。


 工房の窓から、裏通りの向こうに食堂の窓が見えた。橙色の灯り。最初に直した魔石灯。


 あの灯りは、証明のために直したんじゃない。


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