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ギルドを追い出された遺物修理屋ですが、赤札の廃棄品はだいたい直せます  作者: 蒼月よる


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2/22

乾かない魚

 棚の一番奥から箱を取り出す。

 蓋を開ける。

 音はしない。

 閉じて、戻す。


 窓の外に目をやると、裏通りの向こうに食堂の窓が見えた。まだ朝だから灯りは点いていないが、昨夜あの窓が橙色に光っていたのを思い出す。あの魔石灯は、しばらく持つだろう。

 それから、今日の仕事を始める。


 午前中に作業台の修理品を二つ片付けた。割れた計測盤の接合と、歪んだ金具の矯正。どちらも赤札なしの持ち込みだ。ギルドを通さず直接来る客が少しずつ増えている。

 看板も出していないのに、と思う。が、裏通りの噂は早い。


 昼過ぎに、老人が来た。


「遺物を直してくれるってのは、ここかい」


 港の干物屋だった。塩と潮の匂いが染みついた作業着。日に焼けた腕。顔に深い皺が刻まれている。

 老人は腕に抱えた大きな箱を、作業台にどすんと置いた。


 金属の箱だった。両腕で抱えるくらいの大きさで、蓋に取手がついている。外装は薄い緑青が浮いているが、造りは頑丈だ。角の溶接痕に旧時代の技術特有の均一さがある。

 赤札が紐で結びつけてあった。


「先代からの箱でね。魚を入れておくと三日は持った。それが最近、一日で傷むようになった。ギルドに持っていったら廃棄だと」


 老人の声は穏やかだったが、箱を見る目に長年の愛着があった。


「見せてください」


 蓋を開ける。内壁に薄い層が塗られている。指で触れた。

 粉が指に残った。

 銀色だったはずの塗層が黄ばみ、ところどころ剥離している。爪で軽くこすると、紙のように薄く剥がれた。


 鼻を近づける。金属の酸化臭。塗層が劣化して素材が空気に触れている。


 この塗層は断熱材だ。旧時代の技術で作られた素材で、箱の内部を外気温から遮断する。魔石の冷却力を逃がさないための設計。

 塗層が生きていれば、中に入れた食品の温度を低く保てる。だが塗層が死ねば、ただの金属箱になる。


「塗層は再現できません」


 率直に言った。この素材を今の技術で作ることはできない。ギルドの判定は、その点では正しい。


「……そうかい。やっぱり駄目か」


 老人が肩を落とした。


「少し待ってください」


 私は箱を裏返した。底面に手のひらを当てる。

 熱い。

 工房の窓から差す午後の日差しが箱に当たっていた。その熱が、手のひらにはっきりと伝わってくる。


 塗層がないということは、断熱がないということだ。断熱がないということは、外の温度がそのまま中に伝わるということだ。

 冷やすためには欠陥。だが——。


「この箱、冷やすのはもう無理です。でも、乾かすことはできます」


「……乾かす?」


「この金属は熱伝導性が高い。塗層が生きていたから今まで気づかなかっただけで、箱の素材自体が外の温度をよく通す性質を持っています。ここに通気穴を開けて、底に小さな魔石の熱源を置けば、箱の中を一定の温度で乾燥させられる」


 老人が首をかしげた。


「干物を作る箱にするってことかい」


「保存箱としては死んでいます。でも乾燥棚としてなら、まだ働けます」


 工具箱から錐を取り出した。箱の側面に等間隔で通気穴を開ける位置を指で測り、印をつける。

 残った塗層を小刀で丁寧に削り取る。黄ばんだ粉が作業台に散った。素材の地金が現れると、手触りが変わった。滑らかで、熱をよく吸う金属面。

 錐で穴を開ける。金属が薄い音を立てる。四つ、八つ、十二。均等に。


 底部に小さな魔石を固定する受け座を取り付けた。修理で余った部品の中から、発熱用の低出力魔石を選ぶ。冷却用の魔石とは逆の性質を持つものだ。

 受け座にはめる。

 箱の内側に、乾いた暖かい空気がゆっくりと循環し始めた。


「明日、魚を入れて試してください。もし上手くいかなければ、穴の数と位置を調整します」


 老人は箱を受け取り、まじまじと眺めた。

 何か言いかけて、やめた。箱を抱え直して、銅貨を七枚置いて帰った。


 翌日の朝。

 棚の箱を開ける。音はしない。閉じる。戻す。


 昼前に、老人が戻ってきた。

 箱を抱えていない。代わりに、油紙に包んだものを持っていた。


「半分の時間で干し上がった。しかも均一だ。風干しだとどうしてもムラが出るんだが、これは全体が同じ具合に乾いてる」


 油紙を開いた。干物が三枚。表面の乾き具合を見れば、老人の言葉が本当だとわかった。


「こいつは保存箱じゃなくて、干し箱だったのか」


「保存箱でした。今は乾燥棚です」


 赤札を手に取った。「断熱塗層の劣化。冷却機能喪失。修理不能」。

 冷却機能の喪失は事実だ。だが修理不能は、元の機能に戻せないという意味でしかない。別の使い方ができるなら、この箱はまだ道具だ。


 赤札をほどいた。


「捨てるには早い」


 老人は干物を一枚、作業台に置いていった。


「礼だ。食ってくれ」


 老人が帰った後、干物を手に取った。薄い塩味と、日の光を吸った魚の匂い。あの箱で作った最初の一枚。

 昼飯に食べた。旨かった。


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