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ギルドを追い出された遺物修理屋ですが、赤札の廃棄品はだいたい直せます  作者: 蒼月よる


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18/20

鑑定士の忠告

 蓋を開ける。

 音はしない。

 焼けた歯車の隣の五つを、指先でそっと回した。どれもまだ滑らかだ。

 閉じて、棚に戻す。


「おはようございます」


「ああ」


 トウヤが工房に入ってきて、作業台の端に鞄を置いた。いつもの朝だ。だがトウヤの目が、棚のほうをちらりと見た。検品器の隣に並べた計測器具——同じ焼損パターンの証拠品。


「リーネさん」


「なんだ」


「ダグさん、大丈夫ですかね。記録ページの件」


 第三倉庫から持ち出した処分記録のことだ。あのページは今、工房の工具箱の底にしまってある。


「ダグには言ってない」


「え?」


「あの人を巻き込みすぎるわけにはいかない。家族がいる」


 トウヤが口を閉じた。何か言いたそうな顔をしていたが、飲み込んだらしい。


 午前中は依頼がなかった。昨日の修理の仕上げ——温度計に転用した水質検査器の目盛り校正をトウヤに任せて、私は部品棚の整理をしていた。


 昼過ぎに、ダグが来た。

 荷車ではなかった。片手に布で包んだ小さな包みを抱えている。


「今日は廃棄品じゃない」


「見ればわかる」


「ノルからだ。手紙もついてる」


 ダグが包みと封書を作業台に置いた。ノルの字だ。癖のある、右に傾いだ筆跡。封を切った。


『リーネへ

 また面倒な品が来た。鑑定依頼で回ってきたが、例によって機能不明。装飾品にしては重い。何かの計測器具かもしれんが、俺の目では特定できなかった。面倒だが、あんたのほうが向いている。

 あと、こちらの耳に入った話だが——デルガのギルドが、独立修理工房の営業に難色を示し始めているらしい。認可を持たない工房への圧力を強めるという噂がある。気をつけろ。

 ノル』


 手紙を折り畳んで、作業台の端に置いた。

 トウヤが覗き込もうとしたので、黙って手紙を渡した。読ませたほうが早い。


「……独立修理工房への圧力って」


「後で考える。先にこっちだ」


 布を解いた。


 腕輪だった。

 金属製の、幅二指ほどの輪。外側に繊細な蔓草模様が彫られていて、見た目は装飾品だ。留め具で手首に合わせて径を調整できる。


 手に取った。


 重い。


 装飾品の重さではなかった。見た目の華奢さに対して、明らかに質量がある。中空ではない。内部に何かが詰まっている。


「きれいですね。アクセサリーですか?」


「重すぎる」


 トウヤが手に取って、すぐに眉を上げた。「あ、確かに」


 外側の彫刻を指でなぞった。蔓草模様の下に、微細な継ぎ目がある。装飾は外殻で、内側に別の構造体がある。


 ルーペを取り出した。腕輪の内周を覗く。

 汚れで表面が曇っている。布で磨いた。古い脂と埃が剥がれていく。


 目盛りが現れた。


 極小の、針で刻んだような目盛りだ。内周に沿ってぐるりと一周している。数字はない。ただ線だけが、精密に並んでいる。


「……目盛りだ」


「目盛り? 腕輪の内側に?」


 ルーペをトウヤに渡した。トウヤが覗き込んで、息を呑んだ。


「すごい精度ですね。これ、旧時代の加工だ」


 目盛りの間隔を読んだ。

 等間隔ではなかった。


 長い間隔、短い間隔、長い、長い、短い。不規則なリズムで刻まれている。だが不規則ではあっても、パターンがある。同じ配列が繰り返されている。


 この間隔には見覚えがあった。ギルドの検品部門にいた頃、遺物の動力特性を調べるために記録した周期パターンの中に——


「脈拍だ」


「え?」


「この目盛りの間隔。安静時の脈拍のリズムに対応している。等間隔じゃないのは、脈が一定じゃないからだ。人間の脈は呼吸や体調で微妙に揺らぐ。この目盛りはその揺らぎを前提にして刻まれている」


 トウヤの手首を取った。


「ちょっと貸せ」


「は、はい」


 腕輪をトウヤの左手首に装着した。留め具を調整して、内周が肌に密着するようにする。


 しばらく待った。


 目盛りの一部が、微かに光り始めた。旧時代の感応素材だ。体温と脈動に反応して、対応する目盛りの位置が淡く発光する。


「あ——光ってる。ここ」


「脈を数えろ」


 トウヤが右手で自分の左手首の脈を探った。


「いち、に、さん……」


 脈の拍動に合わせて、光る目盛りの位置が移動していく。


「連動してる……。脈と目盛りが」


「これは時計じゃない。脈拍計だ」


 腕輪を外して、作業台に置いた。


「体調の記録器具だ。脈の速さで今の状態がわかる。旧時代の医療技術だ」


「壊れてないんですね」


「壊れていない。用途が忘れられていただけだ」


 トウヤが腕輪を持ち上げて、感心したように内周を覗き込んでいる。


 ノルへの返信を書いた。


『ノルへ

 相対時間計。脈拍を基準にした体調記録器具。装着者の手首に密着させると、脈動に感応して目盛りが発光する。壊れていない。

 ——それと、忠告ありがとう。気をつける。

 リーネ』


 包み直して、ダグに預けた。ダグは手紙の中身は聞かなかった。聞かない人だ。それが助かる。


 ダグが帰り、トウヤも帰った。


 一人になった工房で、ノルの手紙をもう一度読んだ。


『独立修理工房の営業に難色を示し始めているらしい』


 ノルは「面倒だが」を口癖のように書く人間だ。だが忠告の部分には、その言葉がなかった。面倒がっている場合ではないと判断したということだ。


 ギルドが動き始めている。

 計測器具を壊し、検品基準を変え、廃棄を増やし——そしてその廃棄品を直す工房を潰しにかかろうとしている。


 棚を見た。検品器。隣の焼損計測器具。第三倉庫の記録ページ。

 この工房にある証拠が、向こうにとって都合が悪いのだろう。


 灯りを落として、窓の外を見た。裏通りは暗い。食堂の窓だけが橙色に光っている。あの灯りは、私が最初に直した魔石灯だ。


 あの灯りが消されるようなことがあってはならない。


 明日からもまた、持ち込まれたものを直す。それが私の仕事だ。


 ただ、ノルの言葉が頭から離れなかった。


 気をつけろ、と書いた鑑定士の筆跡が、いつもより少しだけ強かった。


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