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ギルドを追い出された遺物修理屋ですが、赤札の廃棄品はだいたい直せます  作者: 蒼月よる


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17/20

計れないもの

 蓋を開ける。

 音はしない。

 閉じて、棚に戻す——前に、隣を見た。作業台の端に、昨夜持ち帰った記録ページが広げたまま置いてある。


 椅子に座って、もう一度読んだ。

 第三倉庫の処分記録帳から破り取った一枚。廃棄品の品目、廃棄日、判定者の署名が並んでいる。

 精密秤。温度計。純度測定器。圧力計。水質検査器。

 全て計測器具だ。一つも例外がない。


 受入記録にない品目が三点、廃棄されている。存在しないはずの遺物が、壊されて捨てられている。


 棚の箱を戻した。記録ページを折って、作業台の引き出しにしまった。


「おはようございます」


「ああ」


 トウヤが来た。昨夜のことは話していない。記録ページのことも。巻き込みすぎるわけにはいかない。


 午前中は修理途中の小物を二点片付けた。どちらも軽い接点修理で、トウヤに任せた。私は部品棚の整理をしながら、頭の中で昨夜見たものを反芻していた。


 計測器具だけが壊されている。

 何を計らせたくないのか。


 昼過ぎに、工房の戸が開いた。


「すまんが、ここは遺物を直してくれるところかね」


 老人だった。日焼けした肌に深い皺。手が大きくて、指が太い。潮の匂いがした。漁師だ。

 片手に布で包んだ何かを持っている。


「見せてください」


 布を開いた。円筒形の金属器具。手のひらより少し大きい。表面に目盛りが刻まれている。

 水質検査器だった。水に浸けて感応部が水の成分に反応し、目盛りで水質を示す計測器具。漁師が漁場の水質を調べるのに使う。


「水が変わった気がするんだ」


 老漁師が太い腕を組んだ。


「ここ二月ほど、いつもの漁場で魚が減った。潮の流れは変わっとらん。網の具合も同じだ。となると水だろうと思ったんだが——こいつが動かん。前はギルドで修理に出したんだが、戻ってきてからおかしい」


「いつ頃、修理に出しましたか」


「ひと月半ほど前だ。接点が錆びたと言ったら、預かると言われた。五日後に戻ってきたが、そこからまるで反応しない」


 外装を確認した。円筒の表面は使い込まれているが、大きな損傷はない。角に小さな打痕がいくつかある。漁船の上で使う道具らしい傷み方だ。

 底面の蓋を開ける。留め具が三つ。六角の工具で回す。


 蓋が外れた。


 中を見て、手が止まった。


 空だった。


 感応部があるべき場所に、何もない。円筒の内壁に感応部を固定する台座だけが残っていて、その上に何も載っていない。

 台座の表面に指を当てた。四隅に小さな穴がある。感応部を固定するボルトの穴だ。穴の縁を爪でなぞった。


 引っかかりがあった。


 金属が削られた跡。ボルトを工具で外した時にできる、わずかな傷。腐食ではない。経年劣化でもない。工具の先端が金属に食い込んだ、新しい傷だ。


「……これ、腐食じゃないです」


「は?」


「感応部がありません。腐食で溶けたのではなく、工具で取り外されています」


 老漁師が身を乗り出した。私は円筒を傾けて、台座のボルト穴を見せた。


「ここ。ボルトを外した時の傷が残っている。錆びた金属が崩れた跡とは違います。工具を当てて、回して、引き抜いた跡です」


「誰かが中身を抜いたってことか」


「そうです」


 老漁師の顔が強ばった。


「ギルドで修理に出した後から動かなくなったんだ。それまでは——多少反応が鈍くても、動いてはいた」


 言葉が喉の奥で詰まった。

 昨夜の記録ページが頭に浮かんだ。第三倉庫で壊されていた廃棄品。全て計測器具。そして今、目の前に——ギルドに修理に出した後、感応部を抜かれて戻ってきた計測器具がある。


 ギルドの検品に出した計測器具から、中身が抜かれている。


 顔に出さなかった。出さないようにした。


「水質検査器としては直せません。感応部がないので、水の成分に反応する機能は復元できません」


 老漁師が黙った。大きな手が膝の上で握られた。


「でも——」


 円筒の内部をもう一度見た。感応部はない。だが目盛り機構は生きている。円筒の内壁に沿って走る細い溝と、目盛り板を動かす精密な歯車。感応部からの信号を受けて目盛りを動かす機構だ。

 歯車を指で回した。滑らかに動く。目盛り板が正確に連動した。精度は高い。


 部品棚に向かった。廃棄品のストックを漁る。先月トウヤが分解した温度調節器の残骸がある。その中に——あった。温度感応素子。小指の先ほどの金属片で、温度変化に反応して膨張と収縮を繰り返す。


 素子を手に取り、水質検査器の台座に当てた。サイズを確認する。台座のボルト穴と素子の固定穴の位置が——合わない。半指分ずれている。

 棚に戻って、薄い金属板を取り出した。小刀で切り出して、アダプターを作る。素子の固定穴と台座のボルト穴を中継する小さな板だ。


 金属板を削る音が工房に響いた。老漁師もトウヤも黙って見ている。


 アダプターが仕上がった。素子を載せ、台座にボルトで固定する。四隅を均等に締めた。素子が台座にぴたりと収まった。

 目盛り機構との接続を確認する。素子の膨張が歯車に伝わり、目盛り板を動かすかどうか。

 指先で素子を温めた。体温が伝わる。


 目盛りが動いた。


 微かに、だが確かに。目盛り板が体温に反応して、数値を示した。


「水の質は測れません」


 老漁師に向き直った。


「でも水の温度なら測れます。温度感応素子を入れたので、水温計として使えます」


「水温計……」


「魚が集まる水温を覚えれば、漁場は探せます。水質よりも水温のほうが、魚の動きには直結する。漁師のあなたなら、水温と漁獲の関係はすぐに掴めるはずです」


 老漁師がしばらく黙っていた。それから、円筒を手に取った。目盛りを見た。指で触れた。


「……温度か。確かに、冷たい水の日と温い水の日で、獲れる魚は違う。経験ではわかってたが、数字で見たことはなかった」


「経験に数字がつけば、勘が確信になります」


 老漁師が頷いた。銅貨を五枚置いて、円筒を布に包んだ。


「助かった。名前を聞いていいかね」


「リーネです」


「覚えておく」


 老漁師が出ていった。潮の匂いが工房にしばらく残った。


 トウヤが口を開いた。


「リーネさん。あの検査器——」


「中身を抜かれていた」


「ギルドに修理に出した後から、って言ってましたよね」


「ああ」


 作業台の引き出しを開けた。今朝しまった記録ページを取り出して、トウヤに見せた。


「昨夜、第三倉庫で見つけた。廃棄品のリストだ。全部計測器具で、受入記録にない品目まで廃棄されている」


 トウヤが記録ページを読んだ。顔が強ばっていく。


「そして今日、ギルドに修理に出した水質検査器から感応部が抜かれていた。修理に出す前は動いていたのに、戻ってきたら動かなくなった」


「ギルドの中に、計測器具を壊してる人がいるってことですか」


「壊しているだけじゃない。修理の名目で中身を抜いている。持ち主には壊れたまま返して、抜いた部品は——第三倉庫で廃棄している」


 トウヤが記録ページを置いた。


「なんで計測器具だけなんですか。計れなくなったら、困る人がたくさんいるのに」


「困る人がいるからだ」


 それ以上は言わなかった。まだ確信ではない。だが輪郭は見え始めている。


 計れるものを壊している。数字を出す道具を潰している。数字がなければ、誰も反論できない。


 作業台を拭いた。工具を定位置に戻した。

 記録ページを引き出しにしまった。


 夜。トウヤが帰った工房で、棚の箱を手に取った。


 蓋を開ける。

 音はしない。


 この箱も計測器具だ。遺物の内部状態を音で数値化する、精密な計測器具。

 壊されたのか。抜かれたのか。焼かれたのか。

 あの日、最後の検品の最中に——誰かが、この箱を黙らせたのか。


 閉じた。棚に戻した。


 計れないものが増えている。

 計らせたくない誰かがいる。


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