第三倉庫
蓋を開ける。
音はしない。
隣に、もう一つの箱がある。先週ダグが持ってきた計測器具。布に包んだまま棚に置いてあったのを、今朝、検品器の横に並べた。
二つの箱。二つの焼けた歯車。同じ壊れ方。
証拠は二つになった。
閉じて、棚に戻す。
午前中、船大工が来た。腕に抱えた木箱を作業台に置く。
「船窓の遮光器なんだが、板が開かなくなった。力でこじ開けようとしたら、余計に固くなっちまって」
トウヤが箱を開けて中身を取り出した。金属の枠に薄い遮光板が三枚重ねてあり、つまみを回すと板が扇状に開閉する仕組みだ。つまみが完全に固着している。
トウヤが外装のネジを外し、開閉機構を露出させた。指でなぞって、こちらを見た。
「塩噛みですね。軸受けに潮が入って結晶化してます。分解して清掃すれば戻ると思います」
「任せる」
トウヤが作業を始めた。軸受けの塩結晶を細い棒で掻き出し、布で拭き取り、油を差していく。手つきに迷いがない。
私は作業台から離れて、窓の外を見ていた。港湾地区の倉庫棟の屋根が、裏通りの建物の隙間から見える。
今日は金曜だ。月末の搬出日。
「トウヤ」
「はい」
「今日は早く閉める」
トウヤが手を止めずに返事をした。
「わかりました」
理由は聞かなかった。そういうところが、この助手の一番いいところだ。
昼過ぎに遮光器の修理が終わった。船大工が取りに来て、つまみを回した。板が滑らかに開閉する。「助かった」と銅貨を三枚置いて帰った。
トウヤが工具を片付け、ノートに記録を書いて、四時前に出ていった。
一人になった。
工房の灯りを落とし、戸に鍵をかけた。革の手袋を外して、薄手の布手袋に替える。裏口から出た。
夕方の港湾地区は、荷運びの人間と荷車で混み合っている。その雑踏を避けて、裏道に入った。倉庫棟の壁に沿って歩く。日陰の石畳は湿っていて、海藻の腐った匂いがする。
ギルドの倉庫棟は港の東端にある。第一倉庫から第五倉庫まで、番号順に並んでいる。搬出口は裏手だ。
角を曲がると、第三倉庫の搬出口が開いていた。
荷車が二台止まっている。作業員が三人、木箱を荷車に積み出していた。廃棄品の搬出作業だ。月末にまとめてやる、とダグが言っていた。
作業員が荷車と倉庫を往復するたびに、搬出口が無人になる瞬間がある。
一人が荷車に木箱を載せて、紐で縛り始めた。もう一人が倉庫の奥に戻った。三人目が水を飲みに行った。
搬出口の前に誰もいなくなった。
中に入った。
埃の匂いが鼻を突いた。乾いた、古い金属の匂い。木箱と油紙の匂い。それに混じって、かすかに錆の酸味がある。
目が暗さに慣れるまで、壁際に立って動かなかった。
天井が高い。窓はない。搬出口から入る夕方の光だけが、手前の通路を照らしている。奥は暗い。棚が何列も並んでいる。棚の上に木箱が積まれ、布で包まれた遺物が隙間なく詰まっている。
手前の棚から順に、箱を開けていった。
一つ目。小型の計測秤。外装を開ける。内部の歯車——黒く焼けている。焼損痕の位置を指でなぞった。内側からの過負荷。棚の検品器と同じパターン。
二つ目。温度計。針が動かない。裏蓋を外す。駆動歯車が焼けていた。同じ位置。同じ角度。
三つ目。純度測定器。外装に傷はない。中を開ける。歯車が一つ、黒い。
四つ目。圧力計。同じ。
五つ目。水質検査器。同じ。
手が冷たくなっていた。金属の箱に触り続けて、指先の体温が奪われている。それとは別の冷たさが、腹の底にあった。
全て計測器具だ。
秤、温度計、純度測定器、圧力計、水質検査器。数値を測るもの。精度を保証するもの。何かの状態を正確に読み取るための道具——それだけが集中的に壊されている。
暖房器も通信器も照明も混じっていない。計測機能を持つ遺物だけだ。
棚の奥に、帳面が一冊置いてあった。
手に取った。表紙に「第三倉庫 処分記録」と書かれている。開いた。日付順に廃棄品のリストが並んでいる。品名、数量、廃棄理由、検品者の署名。
ページをめくった。
今月の記録を見る。
「精密秤・三等級、一点、内部機構故障、修理不能」。
「管内温度計、二点、計測精度喪失、修理不能」。
「魔石純度測定器・標準型、一点、歯車焼損、修理不能」。
廃棄理由は全て同じだった。「修理不能」。検品者の署名も同じ筆跡。名前は知らない。私の後任だろう。
ページを戻して、先月の受入記録を探した。倉庫に入った品目の一覧。受入日、品名、数量、搬入元。
処分記録と突き合わせた。
純度測定器・標準型——処分記録には一点。受入記録にも一点。合っている。
管内温度計——処分記録には二点。受入記録にも二点。合っている。
精密秤・三等級——処分記録には一点。
受入記録を探した。精密秤・三等級の項目がない。
もう一度、最初からページをめくった。受入記録のどこにも、精密秤・三等級の搬入は記載されていない。
倉庫に入った記録がないのに、廃棄処分になっている。
さらに遡った。二ヶ月前。処分記録に「高精度圧力計、一点、修理不能」。受入記録に該当なし。三ヶ月前。「水質検査器・深度型、一点、修理不能」。受入記録に該当なし。
存在しないはずの遺物が、廃棄されている。
外で足音がした。石畳を踏む、重い靴の音。作業員が戻ってくる。
帳面を閉じかけて、手が止まった。
今月の処分記録のページに指をかけた。受入記録と合わない三点——精密秤・三等級、高精度圧力計、水質検査器・深度型——が全て載っているページ。
破った。音を立てないように、綴じ糸に沿って一枚だけ。
帳面を棚に戻した。折り畳んだ紙を懐に入れて、搬出口に向かった。作業員が荷車の横で話している声が聞こえる。二人。搬出口の反対側にいる。
影に沿って外に出た。裏道に入った。足を早めた。
振り返らなかった。
工房に戻った。灯りを点けた。戸に鍵をかけた。
懐から紙を取り出して、作業台に広げた。折り目を丁寧に伸ばす。
処分記録の一ページ。品名と数量と、「修理不能」の文字が並んでいる。
この中に、受入記録に存在しない品目が混じっている。倉庫に入った形跡のない遺物が、廃棄処分になっている。
計測器具だけが狙われている。そして記録が合わない。
棚の検品器を見た。隣に並んだ計測器具を見た。作業台の上の紙を見た。
計測する道具を壊す。計測する道具の記録を消す。
誰かが、何かを正確に測られることを、嫌がっている。
紙を折り畳んで、棚の箱の隣に置いた。証拠は三つになった。
灯りを消す前に、もう一度棚を見た。検品器。計測器具。処分記録。
三つが並んでいる。
まだ足りない。でも、輪郭が見え始めている。




