同じ壊れ方
蓋を開ける。
音はしない。
蓋の裏側を見た。微細な傷の入り方を指で確認する。昨日よりも少し丁寧に。
閉じて、棚に戻す。
作業台に油の匂いが残っている。昨日トウヤが注油した水汲み器の名残だ。
「おはようございます」
「ああ」
トウヤが来て、今日の作業を始める。ダグが新しい廃棄品を持ってくる日だ。
昼前にダグが来た。今週は四点。先月の十点に比べれば少ないが、それでも以前の倍だ。
作業台に並べて、一点ずつ確認していく。
一点目。小型の通信器。接点の腐食。清掃で復旧。赤札をほどく。
二点目。温度調節器。弁の固着。注油で復旧。赤札をほどく。
三点目。
手に取った瞬間、指が止まった。
小型の計測器具だった。手のひらに収まるくらいの金属の箱。外装は無傷に近い。角に小さなへこみがある程度。
赤札を読んだ。「内部機構故障。修理不能」。
蓋を開けた。
中に歯車が並んでいた。精密に配置された金属の歯車が——
一つだけ、黒く焼けていた。
手が震えた。
「リーネさん?」
棚を振り返った。一番奥の箱を——私の検品器を見た。
目の前の計測器具を見た。
「トウヤ。棚の箱を持ってきてくれ」
トウヤが検品器を作業台に持ってきた。二つの箱を並べた。
検品器の蓋を開ける。焼けた歯車を見る。
計測器具の蓋を開ける。焼けた歯車を見る。
焼損痕の位置。広がり方。歯車の変形角度。金属の変色パターン。
指で両方の歯車をなぞった。焼け方が同じだ。外側から熱が加わったのではなく、内側から過負荷がかかって、歯車自身の回転摩擦で焼損している。
「同じだ」
「同じ……って」
「この壊れ方、あの箱と同じだ。偶然じゃない。同じ力が、同じように、内側からかかっている」
トウヤが二つの箱を交互に見た。焼損痕を指でなぞっている。
「リーネさん、この変色の仕方……外から火を当てたんじゃなくて、歯車が自分で熱くなって焼けたように見えます。以前教わった、力の方向を読むのと同じですよね」
「そうだ」
「偶然じゃないって、じゃあ——」
「あの箱は自然に壊れたんじゃない。何かが——誰かが、壊した」
声が低くなった。自分でもわかった。怒りではない。もっと冷たい確信だった。
同じ壊れ方をする遺物が、二つ存在する。一つは私の検品器。もう一つは廃棄品として流れてきた計測器具。どちらも精密機械で、どちらも同じ歯車が同じように焼けている。
自然故障なら、壊れ方にこれほどの一致は見られない。経年劣化なら、焼損の位置も程度もばらつくはずだ。
同じ位置、同じ角度、同じ深さで焼けているということは——同じ原因で、同じ力がかけられたということだ。
「ダグ」
ダグはまだ工房にいた。荷車の片付けをしていた手を止めて、こちらを見た。
「こういう壊れ方の廃棄品、他にもあったか」
ダグの顔が変わった。目が据わった。
「……ある。最近やたら多いんだ。こういう内側から焼けたような壊れ方の遺物。しかも全部、ギルドの第三倉庫から出てる」
「第三倉庫」
「ああ。あそこだけ異常に廃棄が多い。他の倉庫からは通常の量しか出てない。第三倉庫だけが突出してる」
「第三倉庫の管轄は」
「検品部門だ」
沈黙が落ちた。
検品部門。私がいた部門。私を追い出した部門。
「——あんたがいた頃の」
ダグが低い声で付け加えた。
トウヤが息を呑んだ。
「リーネさん、それって——」
「わかってる」
二つの箱を並べたまま、しばらく見つめた。
第三倉庫から出てくる、同じ壊れ方の廃棄品。私の検品器と同じパターンで焼けた歯車。検品基準の改定。廃棄量の急増。
一つ一つは断片だ。でも断片が揃い始めている。
計測器具を布に包んで、棚の箱の隣に置いた。証拠だ。捨てるわけにはいかない。
四点目の廃棄品を開けた。通常の破損だった。接点の修理で直る。赤札をほどいた。
ダグが帰る前に、もう一度聞いた。
「第三倉庫、中を見ることはできるか」
ダグが長い間黙っていた。
「……俺が案内するのは無理だ。倉庫番が勝手に外部の人間を入れたら、即座にクビになる。家族がいる」
「わかってる。無理にとは言わない」
「ただ——」
ダグが少し声を落とした。
「第三倉庫の廃棄品の搬出は、月に一度、月末にまとめてやる。その日は倉庫の搬入口が開いたままになる。中を見ようと思えば、見られなくはない」
「……いつだ」
「来週の金曜だ」
ダグが帰った。トウヤも帰った。
一人になった工房で、棚の箱を手に取った。
蓋を開ける。
音はしない。
でも今は、音がしない理由を探す手がかりがある。
「……見に行く必要がある」
閉じた。棚に戻した。
裏通りの向こうに、食堂の窓が橙色に光っていた。
あの灯りから始まった。赤札をほどいた最初の日から、ここまで来た。
まだ、先がある。




