五つに分ける
蓋を開ける。
音はしない。
閉じて、棚に戻す。
「おはようございます。今日のはでかいですよ、リーネさん」
トウヤが工房の前を指差した。荷車が止まっている。荷台に載っているのは——布で覆われた大きな塊だった。大人二人分くらいの体積がある。
探索チームの男が三人、荷車の横に立っていた。
「遺跡の第四層から引き揚げた。崩落しかけてたから急いで出したんだが、でかすぎて他の修理屋は断られた。何とかなるか」
布を外した。
金属の塊だった。複数の装置が一体になった複合機械。全体が一つの筐体に収まっている。表面には旧時代の刻印がびっしり刻まれていて、接続部にはパイプや配線の跡がある。
だが全体を繋ぐ中央の接続部——幹にあたる部分が、緑色の腐食でぼろぼろに崩れていた。
工房の中に運び入れた。トウヤと探索チームの三人がかりで、作業台の横に置いた。
私は全体を歩きながら見た。手で表面をなぞる。叩いて音を聞く。腐食部分を避けて、各部の状態を確認していく。
「全体は無理です。幹が死んでいる。中央の接続部が崩壊していて、全体を繋ぎ直す方法がない」
探索チームのリーダーが肩を落とした。
「やっぱり駄目か……。苦労して引き揚げたのに」
「でも——」
私は紙を取り出した。炭筆で、この機械の構造を描き始めた。
「ここと、ここと、ここは生きている」
全体は死んでいる。だが、部分は生きている。
右上のユニットは発熱機構。魔石を入れれば熱を出せる。
左上のユニットは発光機構。レンズと反射板が無傷で、給電すれば光る。
中央下のユニットは水平維持機構。精密な振り子とおもりで、台座を常に水平に保つ。秤の土台に最適だ。
残りの構造材は二点。旧時代の合金で、強度と形状が工具の柄に向いている。
「分解すれば、五つの道具になります」
探索チームのリーダーが目を丸くした。
「五つ? バラバラにするのか?」
「一つの大きな遺物としては戻せません。でも五つの小さな道具として生かせる。一つとして死なせたくない」
分解作業を始めた。トウヤと二人がかりだ。
まず発熱ユニットの接続部を切り離す。ボルトが四本。旧時代の規格で、手持ちの工具では回せない。工具箱の奥から、ギルド時代に使っていた特殊レンチを取り出した。
「トウヤ、ここを押さえていてくれ」
「はい」
ボルトが一本ずつ外れる。古い機械油の匂いが立ち上った。発熱ユニットが筐体から離れた。トウヤが受け取って作業台に置く。
次に発光ユニット。こちらは配線が複雑で、一本ずつ切り離す必要があった。どの線が発光機構に繋がっているかを、回路をなぞって確認する。
「リーネさん、ここで切っていいですか。この線、発光のほうに行ってますよね」
トウヤが回路の分岐点を指差した。正しかった。
「いい。そこで切れ」
トウヤがニッパーで線を切った。初めて、トウヤが自分の判断で分解作業の提案をした。
水平維持機構の取り出しにかかった。精密な部品で、慎重に外す必要がある。振り子を固定して、おもりを一つずつ取り外し、台座を筐体から切り離す。
トウヤに台座を渡した。
トウヤの手が止まった。
振り子の支柱を、じっと見ている。
「どうした」
「……いえ、昔、似たようなのを見たことがあるなと思って」
トウヤの目が、一瞬だけ遠くなった。ここではないどこかを見ている目だった。
聞かなかった。
トウヤが語らないことは、聞かない。壊れた理由を聞かないのと同じだ。語りたくなったら、語るだろう。
「続けるぞ」
「はい」
トウヤの手が動き出した。いつも通りの器用な手だった。
残りの構造材を二つに切り分けた。工具の柄として使えるように、端を整える。
五つの部品が作業台に並んだ。
発熱ユニットは、薫製職人に声をかける。あの人なら使い道がある。
発光ユニットは、港湾管理局に。水路の点検灯として使える。
水平維持機構は、ノルに手紙を書こう。精密秤の土台に最適だ。
構造材二点は、工具の柄として工房で使う。
「一つの遺物が五つの道具になって誰かの役に立つなら、壊れた甲斐がある」
言ってから、自分の言葉に少し驚いた。
壊れた甲斐がある。壊れたことを、肯定する言葉を口にしたのは初めてだ。
戻せないなら、別の形で生かす。
当たり前のことだ。
探索チームが帰った後、トウヤが片付けをしながら言った。
「リーネさん、五つに分けるって発想、俺にはなかったです」
「全体が見えれば、部分が見える。部分が見えれば、何が生きているかがわかる。壊れたものを見る時は、壊れた場所じゃなくて、生きている場所を探せ」
トウヤがノートに書いている。「壊れた場所じゃなく、生きている場所を探す」。
棚の箱を見た。
あの箱の中にも、生きている場所はあるだろうか。焼けた歯車の隣に、まだ動く部品はないだろうか。
今まで、焼けた歯車ばかり見ていた。
他の部分を、ちゃんと見ていただろうか。




