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ギルドを追い出された遺物修理屋ですが、赤札の廃棄品はだいたい直せます  作者: 蒼月よる


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11/20

渇いた弦

 蓋を開ける。

 音はしない。

 閉じて、棚に戻す。


「おはようございます。リーネさん、昨日の十点の話、気になって眠れなかったんですけど」


「寝ろ」


「八割が正常って、おかしいですよね。基準が変わったって——」


「おかしいかどうかは、もう少し見ないとわからない。一回の数字で判断するな」


 トウヤは納得していない顔をしていたが、それ以上は聞かなかった。


 昼前に、楽師が来た。

 痩せた男で、日に焼けた肌に疲れた目をしている。背中に弦楽器を背負っていた。革の覆いを外すと、木の胴に蟲糸の弦が張られた、細身の楽器が現れた。


「胴にひびが入った。他の職人に見せたら、胴の交換が要ると言われた。でも、この胴じゃないと嫌なんだ。この音が好きなんだ」


 楽器を受け取った。

 胴は深い赤茶色の木材でできている。長く使い込まれた艶がある。松脂と汗の匂いがかすかにする。側面に細いひびが一本、上から下に走っていた。

 ひびに指を当てた。


 木の繊維を指でなぞる。ひびの方向は木目に沿っている。衝撃で割れたなら、木目と無関係な方向にひびが入る。これは繊維の方向に沿って開いている。


「……乾いてる」


「え?」


「このひびは衝撃じゃありません。木が乾きすぎて縮んでいる。乾燥収縮です」


 楽師が首をかしげた。


「乾燥? デルガは海風で湿っぽいだろう」


「最近、内陸のほうに行きましたか」


「ああ……先月、山向こうの町で演奏の仕事があって、半月ほど。あっちは空気が乾いてた」


「それです。半月も乾燥した環境にいたから、木材の水分が抜けて収縮した。ひびはその時にできたんでしょう」


「じゃあ、胴を替えなきゃ駄目か」


「交換はしません。水を飲ませます」


 工房の隅にある棚から、大きな布を取り出した。水で湿らせて、楽器を覆うように掛ける。その上からさらに油紙で包んで、湿気が逃げないようにした。


「三日、預からせてください。湿度を管理して、木材に水分を戻します。ひびが閉じるはずです」


「閉じるのか? あんなに開いてるのに」


「木は生きていた素材です。水を吸えば膨らむ。繊維が元に戻ろうとする力がまだ残っていれば、ひびは自然に閉じます」


 楽師は半信半疑の顔をして帰った。


 三日間、朝と夜に布を確認して、湿り気を保った。トウヤが水を替える係をやりたがったので、任せた。


 四日目の朝。

 蓋を開ける。音はしない。閉じて、棚に戻す。


 油紙と布を外した。

 胴のひびに指を当てた。


 閉じていた。

 完全にではない。髪の毛一本分ほどの線が残っている。だが、あの開いたひびが、木材自身の力で閉じている。


 弦を指で弾いた。

 音が響いた。胴が振動して、工房の空気を震わせる。深くて暖かい音だった。


 昼前に楽師が来た。

 楽器を手渡すと、楽師はひびがあった場所を指でなぞった。


「……嘘だろう。閉じてる」


「死んでなかった。渇いてただけです」


 楽師が弦を弾いた。一音。二音。三音。

 音が工房に満ちた。


「生き返った」


「最初から死んでません」


 楽師は銅貨を八枚置いて、それから椅子に座り直した。


「お礼に一曲弾いていいか」


 断る理由はなかった。


 楽師が弾き始めた。港の歌だった。デルガの船乗りなら誰でも知っている旋律。蟲糸の弦が震えて、木の胴が歌う。

 トウヤが目を丸くして聴いていた。


「いい音ですね」


 私は棚の箱を見ていた。

 音の出る楽器と、音の出ない箱。

 あの楽器は渇いていただけだった。水を飲ませたら、音が戻った。


 あの箱は、何に渇いているのだろう。

 何を飲ませたら、音が戻るのだろう。


 楽師が曲を終えて、楽器を背負って帰っていった。

 工房が静かになった。


「リーネさん」


「何だ」


「あの箱も、渇いてるだけだったりしませんか」


「……わからない」


 トウヤは、時々こういうことを言う。

 私が考えないようにしていることを、まっすぐ口にする。


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