赤札が多すぎる
蓋を開ける。
音はしない。
閉じて、棚に戻す。
窓から港が見える。秋口の朝風が海の匂いを運んでくる。
朝、工房の戸を開ける前にダグの声が聞こえた。
「おい、リーネ。今日は荷が多い」
表に荷車が止まっていた。木箱が三つ積んであり、中に布で包まれた遺物が詰まっている。ダグが一つずつ降ろす。
「今月は異常だ。こんなに廃棄が出たことはない」
トウヤと二人で木箱を工房に運び入れた。作業台に並べる。数を数えた。十点。
「十点……。いつもは週に三つか四つなのに」
ダグは帽子を脱いで額の汗を拭いた。
「上から基準の改定があったと聞いた。詳しくは知らない。ただ、倉庫に入ってくる廃棄品の量は俺が一番わかる。先月から倍になってる」
ダグが帰った後、トウヤと手分けして検品を始めた。
一点目。小型の排水ポンプ。赤札には「動力部不良」。
外装を開ける。動力部の魔石受け座を確認した。汚れているだけだ。清掃すると魔石が反応して、ポンプが動いた。
正常。
「リーネさん、これも正常ですよね……」
「次」
二点目。温度測定器。赤札には「測定精度低下」。
感応部を調べた。精度は基準内だった。そもそも基準の許容範囲に入っている。
正常。
三点目。小型照明器。これも接点の清掃だけで復旧した。
四点目。通信筒の部品。内部回路に異常なし。
五点目。計量器。目盛りのずれを調整するだけで使える。
五点連続で正常、あるいは軽微な損傷のみ。
「おかしい」
六点目から八点目——保温容器、加熱器の部品、回転砥石。どれも塗層剥離、端子折れ、油切れといった軽微な損傷ばかりだった。
「八点目まで確認した。全部、正常か軽微な修理で使える」
トウヤがノートに記録していた。手が少し震えていた。
「リーネさん、この赤札の判定……」
「私が書いた基準と違う」
赤札を一枚手に取った。判定理由を読む。「動力部不良」。外装を開けて確認した形跡がない。私の基準では、外装を開けて内部を目視確認し、接点試験を行うことが必須だった。
それが省略されている。外側から動かしてみて、反応しなければ「不良」。それだけの判定だ。
九点目を開けた。
これは違った。内部回路が溶断していて、素材ごと変質している。過負荷で焼けたものだ。
赤札の判定は正しい。修理不能。
私が赤札を書き直して貼った。
十点目。
外装に見覚えのない刻印があった。小さな紋章のような印。遺物本来の刻印ではない。後から打たれたものだ。
この印には覚えがある。デルガの盗品市場で使われる所有者印だ。
「トウヤ」
「はい」
「これは修理しない」
「なんでですか」
「盗品の可能性がある。この刻印は元の持ち主のものじゃない。後から打たれている」
トウヤが息を呑んだ。
「ギルドに返すんですか」
「いや。ギルドに返しても廃棄される。元の持ち主に返すべきだ。……見つかれば」
十点目を布で包み直して、棚の奥にしまった。
夜。
トウヤが帰った後、一人で作業台を拭いた。
今日の結果を整理する。十点中八点が正常か軽微。一点が正当な廃棄。一点が盗品の疑い。
八割が、捨てなくていいものだった。
棚の箱を取り出した。蓋を見つめた。
「基準が変わっている」
声に出した。誰もいない工房で。
「……誰が、何のために」
蓋を開ける。
音はしない。
閉じて、棚に戻した。
工房を出て、裏通りを歩いた。食堂の窓が橙色に光っている。あの魔石灯は、まだ元気に働いている。
干物屋の店先に、元保存箱の乾燥棚が置いてあるのが見えた。
食堂に寄った。女将が水を出しながら言った。「最近ギルドの評判悪いわよ。ちゃんと使えるのに廃棄って言われたって、うちだけじゃなかったみたい」
直したものは、ちゃんと使われている。
捨てなくてよかったものが、ここにある。
なのに、八割が捨てられようとしていた。




