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#3 メイドのお仕事

 ここでメイドとして働いてから、1ヶ月が経った。同じ屋敷にいるはずなのに、未だにリア様とイスカ様に出会う事すらない。屋敷はとても広いし、二人には専属のメイドがいるので、私が関わることなどないのだ。

 でも、同じ使用人の仲間ができた。名をディジーと言う。ディジーは私よりも1年長く勤めている先輩。でも、正直私よりもお仕事ができるわけではなかった。

「マリー、次何やるんだっけ?」

私は1ヶ月程で覚えた仕事を彼女は1年かけても覚えきれていない。だから新人の私が彼女の仕事を教えるという逆転現象を起こしてしまっていた。

「次はお洗濯ですよ」

「何だ。ディジー、またマリーに教えてまた貰ってるのか」

廊下で話していると別の男の使用人がディジーに話し掛けてきた。

「マリーなら仕事聞いても怒られないからね」

私はディジーの後ろに隠れる様に立った。

「マリーも程々にしとけよ。こいつ調子乗るから」

「⋯はい」

「え〜。マリーまで教えなくなったら誰に聞けばいいの?」

「自分で覚えるんだよ。馬鹿」

そう笑って男の使用人は何処かへ行った。

「⋯ふう」

私は力を抜きました。

「もう⋯ライアンは良いやつだよ」

「ええ、きっとそうですね」

悪いのは私だ。

私は大人の男の人を見ると軽く固まってしまう。あの時からなのかはわからない。だってお父さん以外の異性と今まで会うことはなかったから。これでも慣れたほうなのだ。私よりも仕事ができないとしても、ディジーは尊敬の対象だった。ディジーはこの屋敷の誰からも明るく挨拶をして貰える。一方、私は仕事を覚えるのは早いけど、愛想がよくない。ディジーよりも仕事ができるという自負はあるものの、その評価が正しいのかわからない。ディジーは同じ使用人部屋に住んでいるというのもあるが、いつも声を掛けてくれる。もしかしたらディジーはわざと仕事ができないフリをして、私に声を掛けているのかも———

「あれ次の仕事なんだっけ?」

「⋯⋯お洗濯です」

そんなことはないかもしれない。

洗濯場に着くとディジーは早速お話を始めた。

「マリーは何処から来たの?」

「さ、さあ?」

使用人になって誰も彼もこれを聞いてくる。なんならディジーも最初聞いてきた気がする。未だに自分でも何処ら辺に住んでいたのかわからない。

「私リンゴォ先生程分からないけど、西の国の喋り方じゃないよね」

「そうなのですか?」

リンゴォ先生という人がいるのをこの時初めて知った。気になったけど、それよりも弁明した方が良いと思った。

「でも、本当に分からないんです。人攫いに攫われて、魔獣に出くわして、そこをちょうどリア様に助けて貰ったんです」

城壁の外に住んでいたとは言えないから、少しぼかしつつこれを言っている。でもこの話は私がこの屋敷で唯一自慢できる嘘みたいな本当の話だ。

「ふーん、リア様ってそんなに優しいんだ」

「はい」

「リア様の専属のメイドたちが怖いって言うからもっと怖いのかと思っていた」

「怖い…ですか?」

そんなイメージはあの優しい表情からは予想もつかなかった。

「マリーは見たことあるかもしれないけど、魔獣をバッタバッタ倒すんだって」

「はい。倒してました」

「マリーは聞いたことあるかもしれないけど、精霊語を話すんだって」

「はい。話していました」

「うん。だから怖いんだって」

「なんで、怖いんですか?」

私には見当もつかなかった。

「え? だってあんまりにも強くて怖かったから竜って呼ばれているんだよ!」

竜?

「竜ってなんですか?」

「えー? 知らないの? なんか翼がばさーってして空を飛んで、もの凄い強いの」

空も飛んでいたし、物凄い強い。

「それは確かにリア様ですね」

「マリーは怖くないの?」

「え? ええ」

怖いと言われてもむしろ頼もしいとしか思えない。

「なんで?」

「なんでって———、きっとその竜はリア様よりは強くないんですよね」

「確かに五年前に竜を倒したらしいけど……」

「それだったら優しさを兼ね備えたリア様のほうが強いです」

竜なんて見たことがないけど、無根拠にそう思った。

「うーん。マリーはリア様にぞっこんだね~。私もこの屋敷で働くまでは憧れてたな~」

「リア様は人気なのでは?」

確かクローバー国に入るとき、盛大な声援を受けた。

「国民には人気だよ。でも、使用人や官僚にはイスカ様のほうが人気だね」

「…そうなんですか」

「私は会ったことないからわからないけど、マリーが言うにはきっと良い人なんだろうね」

「はい!」

私が普段出さないような大きな声を出したのでびっくりしていたようだった。

「リア様だったら、マリーのその緊張も治るかな?」

「どうでしょう? リア様を見ると目が合わせられなくなってしまうので」

「…そうなんだ。リア様を怖くないって言うからてっきり大丈夫なのかと思っていた」

「いえ、怖くはないのです。ただ、リア様の目の前にするとその…なんと言えばいいか、よくわからない気持ちになるのです」

「ふーん。変なの」

変。まあ、確かにそうかもしれません。

「でも、マリーならきっとすぐに専属のメイドになれるよ」

「え?」

専属のメイドなんて考えたこともなかった。

「でも、まだここで働き始めたばかりですし」

「いやいや、メイド長褒めてたよ。マリーはまだ怒られたことないかもだけど、あのメイド長が褒めることなんてめ~~~~ったにないんだから」

「あっ」

私は彼女の後ろを見て声を上げた。

「マリーは謙遜するかもだけど、め~~~~っただよ」

彼女を見ながら閉口するしかなかった。

「どうしたの? マリー? そんなに自信がないの?」

「私は褒めるべき人を褒め、叱るべき人を叱るだけですよ」

そう彼女の後ろにはそのメイド長が立っていました。

「メイド長!?」

「多少のおしゃべりをするなとは言いませんが、手を動かしなさい。マリーは終わりそうだというのに、あなたは全く終わりそうにもないじゃないですか!」

「いや、これは!?」

実はディジーの手が止まっているなとは前々から思っていました。

「マリー!」

「はい」

「あなたが喋っていた罰はディジーを手伝わないことです」

「は、はい」

「ディジー貴方には罰は与えません。仕事を終えるだけでいいのですから」

「それって実質的な罰じゃん」

「罰じゃありません! ただの仕事です!」

「マリー…」

「マリー貴方が手伝ったりしたらディジーに罰を与えますから」

「なんで!?」

「貴方は一年もいるのに仕事も覚えず。マリーの爪の垢を煎じて飲みなさい!」

「飲んで仕事が早くなるのなら、飲んでるよ!」

「減らず口はよしなさい!」

「あ、あの、その辺で」

「マリーはすぐに甘やかさない!」

「は、はい。ごめんなさい」

あれ? なんで私怒られているの?

「それが終わったら次の仕事に行きなさい」

「は、はい」

「え~、それじゃあ、私ひとりぼっちだよ~」

「だまらっしゃい」

私は最後の仕事を終わらせるとその場から逃げるように立ち去った。

怒られないでよかったと思う反面、ディジーを羨ましく思う。

メイド長にあんなに口答えできるのはあの子くらいだ。さっきのやり取りを思い出しても笑ってしまう。

ディジーはみんなに好かれている。

私みたいに仕事ができるだけでは、まだ足りないのだ。

きっとディジーみたいな子のほうが、リア様も———

リア様も?

私は何を思おうとしたのかわからなくなってしまった。

ただ、醜い嫉妬であることは確かだ。

良くない。良くない。ちゃんとメイドとして認められるようにならないと。あの後愛人という言葉の意味を知ったけど、私はそうなりたい訳じゃなかった。

イスカ様も言っていた。

お前はお前の身分に見合った働きをしないといけないと。

まだ、私はそれには達していない。


 それからイスカ様の忠告を胸に仕事を頑張っていた。そうしていると私にも転機が訪れた。

 いくら同じ館にいるとは言っても、もうリア様と会うことはないだろうと思っていたのだが、意外にもすぐに一緒にいれることになったのだ。

「私がリア様の御付きのメイドですか?」

「と言っても、交代制だけどね」

そう言うのはメイド長。このお館の仕事の振り分けなどもするやや恰幅のいいベテランのメイドだ。このお館に勤めて早三か月。どうやら物覚えがよかったらしい私は、すでにほとんどの仕事ができるようになっていた。しかし、下女のする仕事などは、私からしてみれば、主に家事の延長という感じで、さほど責任のある仕事が渡されるわけではない。しかし、御付きのメイドなどは、本来だったら三か月ほどしか働いていないものに特別な理由もなく任せないだろう。

「言っちゃなんだが、リア様は怖がられていてね」

「怖がるですか?」

むしろ優しい方の印象があったからこれには少し驚いた。ディジーも言っていたが、どうして怖がるのだろうか。

「リア様は人間ではない言葉を喋るだろう」

「はい。何度か聞いています」

「私たちは言付けをもらったらそれを行動する。それがメイドの仕事だ。しかし、リア様は何を言っているかわからない。別にそれに対して怒ることもないが、何かを命じられているのに、それが達成できない。あの方はいつもニコニコとしているが、だからこそ、それが正しいのか、駄目なのかわからない。あの方の要望通りにできているかわからないんだ」

なんとなくわかったようなわからないような。

「それで気に病むようなメイドもいるが、マリー。お前はその点図太そうだ」

それって褒めているんですか?

「ですがいいのですか? 私はまだ3カ月しかここにいないのですが」

「良いんだよ。リア様は喋れないから社交界にも出られないし、やる仕事なんて精々お茶くみとお食事を持っていくぐらいだ」

「それなら大丈夫だと思いますが」

外面は恐縮しているように見せていたが、内心、心が躍っていた。そりゃあメイドの仕事をしている時に、何度かちらりと遠目から見ることはあっても、話すこともない。話しかけられることもない。何とかあの時の恩返しがしたいと日に日に思いが募っていた。それが今になってようやく会えるようになったのだ。

いけない。いけない。

自分が浮かれすぎな気がしていたので、イスカ様の言葉を思い出す。

私はただのメイド。ただのメイド。

大事な線引きだ。余りにも身分が違いすぎる。身分不相応にお慕いしてしまうなんて言語同断だ。

それに———もう、私のことなんて覚えていないかもしれない。

そう思うと少しだけ嫌な気分になる。しかし、そんな嫌な気分さえもきっと身分不相応なのだ。それがむしろ当然。お貴族様とは生きている世界が違うのだ。


「御茶をお持ちしました」

私の最初のお仕事は、午後のお茶の時間だった。部屋に入るとリア様が見えた。どうやら今の時間は、日向ぼっこの時間だったらしい。まるで老人の様に安楽椅子に座りながら、窓辺で船を漕ぐ。綺麗な緑髪に太陽光が反射してエメラルドみたいに綺麗だった。この方は今年で十五歳のはず、なのに穏やかな老後のような雰囲気がリア様にある。因みに私が十三で、イスカ様は十だそうだ。イスカ様も歳からするとかなり大人びた雰囲気があるが、リア様はどちらかと言えば終の住処を見つけた老人のようだった。

その様子を奇妙に思いながらも近づくと此方に気付いた。

「#」

「はい、お久しぶりです」

何を言っているかわからなかったが、そう答えた。

「御茶をお持ちしました。それから今日からお付きのメイドとして仕えることになりましたのでよろしくお願いします」

「####」

頑張っているねと言われた気がした。

「はい!」

そこから別に何か会話があった訳では無いが、その一言、二言の掛け合いが嬉しかった。御茶を下げると直ぐにメイド長に呼ばれた。

「どうだった?」

その質問の仕方には少し困ったが、以前のイメージと変わったことはない。

「いつも通り優しかったです」

「そりゃあリア様は優しいからね」

いっつもデイジーに怒ってばっかりのイメージがあるメイド長がそう誇らしげに言うので思わず笑ってしまった。

「どうして他の方々にわかって貰えないかわからないくらいです」

少しだけ調子に乗ってそう言うとメイド長は笑った顔を少し曇らせた。

「そりゃあ昔は大層優しくて賢くて可愛がられたものだがね」

「何かあったのですか?」

「ああ、リア様がまだ小さい頃まではリア様は普通の言葉を喋っていたのさ。大層優しくて虫が部屋にいるとなった時、潰さずに部屋に出してくれと言うもんだから、メイドは大層困ったくらいだよ」

困ったと言いつつ、どこか楽しそうであった。でも、小さい頃は普通の言葉を喋っていたんだ。

「旦那様の前妻、つまりリア様の母君が流行り病にあった後、旦那様は仕事に打ち込みリア様は独りぼっちだった。リア様は大層な魔術の才能があったから期待されていた。私たち使用人が一緒にいたにも関わらず、当時5歳の時に突如いなくなってしまった。誘拐されたのか、何なのか全くわからない。この時旦那様は大層悲しまれたそうだ。旦那様の前妻、つまりリア様の母君が流行り病に倒れたことも合って、その時跡継ぎがいないことになり、イスカ様の母君であるブリギッテ様を娶る事にした。そしてイスカ様が5歳の時にリア様は戻ってきた。その時すでにリア様は10歳になられていた。旦那様は大層喜んだが、その時リア様は精霊語しか喋れないようになってしまった」

メイド長は周りを気にして小声で話した。

「だからこそ今跡継ぎ争いが起こっている」

そう言われたとき、驚きを隠せなかった。

「え? リア様とイスカ様は仲がいいですよね?」

「そうさね。イスカ様はリア様を大層尊敬している。でも使用人は違う。リア様が本当に旦那様の息子か疑う声もある」

それはつまり喋れないから、反論出来ないから、その様なことが言えるのだろう。

「だからお前が、リア様の味方になったあげなさい」

ならメイド長はどちらの味方なのかと言いたい気持ちをグッと抑えた。メイド長はきっと私以上にしがらみが多いのだろう。

「お前がリア様に気に入られてこの館で勤めているのは知っている。お前は良くも悪くもリア様を恐れていない」

こんなこと誰かに漏らすんじゃないよと注意するととメイド長は仕事に戻った。今までは、ただ言われたことだけをやればよかった。言われたやり方で、言われた通りにやればよかった。しかし、ここに来て何か自分が知らない強大なことが身に迫っているような気がした。そしてきっとそれには、明確な答えがないのだろう。まだ、それは予感だけで具体的な想像など思いつくはずもなかった。

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