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#15 新年の挨拶(2)

 部屋に戻るとこちらに近づいてくる一団が見えた。

「来るぞ。次はここではクローバー王の次に偉い、エバーグリーン侯爵だ」

小声で教えられた。

「侯爵。こちら」

「リンゴォ氏、知っているから堅苦しい挨拶はいいよ」

「おや此方の方は?」

リンゴォ氏はわざとらしく私に目線をやった。

「スプリングフィールド子爵の養女と聞いた。君の父上にご冥福を捧げるよ」

今回の新年の挨拶が初めてなのに、耳が早い。

「いえ、そんな恐れ多いです」

「挨拶が遅れて済まなかった。クローバー王とは話が長引いてしまってね。それでリア子爵は大きくなったな」

「###」

「おっと君は精霊語を喋るのだったな」

「その為に彼女がいますからね。マリー君。こちらエバーグリーン侯爵だ」

「お初にお目にかかります。マリーです」

「なるほどね」

侯爵は私を値踏みするように見る。それはこの場にいる全ての人が最初にすることだった。

「そうだ。君に紹介といっても既にあったことがあるがね。紹介するよ。娘のヴィクトリアだ」

「リア様! 私のこと覚えていますか?」

その人はとても美しかった。綺麗な黒髪は光を吸収して、落ち着いた雰囲気に見える。しかし、彼女自身は明るい性格なのだろう。リア様に太陽の様な明るい笑顔を見せている。

「#」

「覚えていますと」

「それでしたら許嫁の話も当然覚…」

侯爵によってヴィクトリア嬢の口が閉じられた。

「はは、娘は誰に似たのか。情熱が有り余って困る。性急過ぎて困る」

え? 許嫁?

「しかし、娘の言っていることは嘘ではなく、本当のことなんだ。クローバー王と約束したんだがね。君が行方不明となっていたからこの話は一度無くなってしまった。今思うと娘を思ったゆえとは言え、勿体ないことをしたと思っているよ」

それをフォローする様に侯爵は言った。

「しかし、君さえ良ければ、この約束を戻すことも吝かではないのだが」

それを受けてリア様は笑顔で答えた。

「#゜##」

「今なんと?」

「え?」

侯爵が私に聞いてきたが、それは私も同じ気持ちだ。

しかし、別に正解でなくてもよいのだ。貴族としての正解であればいい。

「この場で答えてしまうことが本当にお互いにとって良いこととは限らない。私の一存では決められないだそうで」

ヴィクトリア嬢に睨まれた。本来であれば、私は翻訳しただけで、睨まれる筋合いはないと言いたい所なのだが、嘘をついたせいでそれは言えないだろう。

「まあ、それもそうだろうね。まあ、昔ならともかく『西国の竜』の正妻は難しいと思っているからね」

「お父様!」

「昔みたいに女好きだったら乗ってくれると思ったが、男子3日会わざれば、だね。流石落ち着いているね」

この人達は、私の知らないリア様の幼少期を知っているのか。しかし、女好きだったのか。今のリア様は男女共に一定の距離を保っている所があるので、そんな素振りすら見たこともなかった。

それに『西国の竜』というワードも気になる。やはりリア様はその名前で知られているのだ。 ヴィクトリア嬢は不満気だ。それもそうだろう。このお嬢様はリア様との婚約を夢見ている。この「婚約」という言葉で思い出すのは先日のことだった。


 突然旦那様から呼び出しを貰った。十中八九リア様との御付きのことだろう。旦那様とお話をするなんてことは滅多にないことで緊張せざるを得ない。

「失礼します」

旦那様の書斎に入ると後ろの本棚に圧倒される。改めて私はこの御方が何を思っているのか分からないと思った。いくらリア様の為と言えど、こんな小娘に地位や着るものを与えるのがどうしても納得がいかなかった。リア様にも、リンゴォ氏にも信頼を得ているという自信はある。でも、旦那様にはあったことすらない。ここまでする私にする理由が見つからなかったのだ。

「さて何から話そうかね。それともそちらから聞きたいことがあれば聞くけど」

「それではリンゴォ氏から聞いた。貴族になるという話をお聞かせください。できればそのお話を旦那様の口から聞きたいと思っていたのです」

私の中では市民の一人が貴族の末席に加えられるなど天と地がひっくり返りでもしない限りあり得ないと思っていた。それに旦那様との接点はそれほどあるわけではない。信頼されているとも思ってはいなかったのだ。

「そんな大した話ではないよ。君も知っている通りリアには、味方がいない。それはひとえに幸運と不幸と私の怠惰があってこそだ」

幸運はリア様が戻ってきたこと。

不幸はリア様の戻る場所がなかったこと。

怠惰をあえて言うのなら、リア様が戻ってから何もしなかったことだろうか。

「きっと君はリアが怖くないんだろうね」

「それはきっとリンゴォ氏や他のイスカ様だって同じではないですか?」

「彼らも僕と同じさ。「畏れている」のさ。リンゴォ氏は常にコントロールしたがる。西国の竜が怒った時、その怒りを鎮められる様に準備しているに過ぎない。反対にイスカはリア自身を見ようとはしない。リアが扱う魔術を見ている。盲目であろうとすることでリアを恐怖ではなく、畏敬という言葉に変換しているに過ぎない。しかし、それは、畏れているのと何ら変わらない。彼らはリアを上に置こうと考えても隣に立とうとは思うまい」

それにはいくつか心当たりがあった。それと同時に、私が思っていたよりも旦那様がリア様を見ていることに気付かされる。

「私は、リア様に忠誠を誓っております。それは対等ではないのではないかと思いますが」

「それは貴族にとっての普通さ。君とリアには埋めることのできない身分の距離があるのだから」

普段リンゴォ氏やリア様の前では、気を張ることなどないが、旦那様の前だと嫌でも身分というものを意識せざるを得ない。

「しかし、それを少しでも埋めてやる手伝いをするのはさした苦労ではない。スプリングフィールド子爵令嬢。君には少し期待をしている。それにだ」

少し雰囲気が変わった。

「子爵だの男爵だのは貴族では無いのだよ。本物の貴族は王の血脈を持つものしかいないのさ」

その発言がどのような意図で発せられたかはわからない。わからないが緊張の糸が張ったような錯覚を得た。

「さて、では本題に移ろうか。君にはリアを支えて欲しいと思っている」

緊張の糸が緩まったのを感じた。それは言われなくてもそのつもりだが、そんなことはわざわざ言わない。

「それは主従という関係性だけでなく、男女の関係性と言った意味でだ」

それは一体どういった意味で?

そう返すよりも早く旦那様は言葉を続けた。

「そうだな。言い換えれば、結婚を認めると言ってもいい」

「それは…」

とても喜ばしかった。

それは余りにも光栄なことなのだが、突拍子もなさすぎて現実感がない。

「ただし条件がある」

そらきた。

内心でそう思った。だって此方は身分が余りにも低すぎる。対してリア様はこの国で一番の貴族の息子なのだ。釣り合いが取れないことはわかる。その不整合な釣り合いは何かによって払わなければいけない。

「学園でリアの結婚相手を見つけて来て欲しい」

「……」

絶句してしまった。これから結婚するかもしれない相手に結婚相手を見つけて来て欲しい。と言ったのか。

しかし、それについて冷静に考えるということは出来なかった。何故ならそれを断ることはできなかったからだ。

「…光栄で御座います」

リア様は主としてとても尊敬できる御方だ。そして私のような身分からすればこれはまるでお伽噺のような出来事だ。なのに何故素直に喜べないのだろうか。

何も考えない様にしないと間違って断ってしまいそうな自分がいることに気付く。

「ふむ。喜んでくれて良かった。いや、君に断られでもしたら、どうしようかと思っていた所だ」

「御冗談を」

上手く笑えなかった。

「ああ、冗談だ。一つだけ忠告するならばリアが在学中に結婚相手を捕まえれなければ、君との約束も反故になることを覚えておいてくれ」

「承知しました。それでは失礼します」

旦那様の書斎から出ると緊張で手が凍りつくような錯覚に陥った。

これは正しい行いだったのだろうか?

断れたかと言われれば、それは否だ。

しかし、それが嫌かと聞かれれば否だ。

お伽噺の『灰かぶり』の様な夢のような話。私はその幸福を享受して喜ぶべきなのだ。


 意識を過去から現在に戻す。

許嫁の話は全く聞いていなかった。

リア様の結婚ということを考えるとこのタイミングで断るのは間違っていたかもしれない。しかし、安易に返答するべきでも無かったのは確かだ。

リア様はこの国一番の長男だ。それはこの国の命運を握るといっても過言ではあるまい。

それはこの国の安定化を望むこともあれば、より強大な国として栄えることも可能であるということだ。旦那様はその手伝いを私にさせようとしている。

結婚相手を探すということはそういうことなのだ。

分析してみればエバーグリーン侯爵令嬢は国内の安定化という意味では間違っていない。

しかし、この後リア様には大きなイベントが待ち控えている。

プレイア中央学院。

毎年国中の若者が集まり、学力、魔術の研鑽を行う。それが国の命運を分けると言っても過言ではない。

そこでリア様の結婚相手を見つける。その可能性であっても大いに考えられるのだから。

エバーグリーン侯爵の挨拶が終えるとその後も挨拶を捌き続けた。

この挨拶は私が嘘をつくための『挨拶』に過ぎない。私のこれからの巨大な嘘はここから始まっていくのだ。



 冬の朝の仕事は暖炉に火を入れることから始まる。私が身分を得ようが、私がリア様のお世話をすることはかわらない。リア様が起きる前に、暖炉に火を入れて部屋を温める。リア様は寒さに余り強くないらしく、部屋が完全に暖まるまでは起きない。それを少し羨ましく思いつつ、いつもの仕事に掛かろうと思っていた所だった。

 リア様は既に起きていたのだ。

「♪〜」

しかも、それもかなり上機嫌で。

リア様をよく観察していると意外と愉快な人だと分かるのだが、逆に言えばよくよく見ないと喜んでいるかどうか分からないほどに、普段は落ち着いている方なのである。

何か企んでいる?

おっといけない。変に疑うのはよくない。

しかし、なんだか心なしか光っていないか?

太陽の日が当たってそう見えるのか?

いやいや、今は冬でまだ太陽が出るような時間ではない。

ということは

「本当に光ってる!?」

リア様の周りに蛍の光のような光がいくつもの舞っている。実は私が知らないだけで夜は光るのか? いや、冷静になれ。流石に夜のリア様を見たことがあるからそれはないとは思うのだが、リア様に限ると可能性は0じゃないと言いますか。リア様は予想を超えることがあるというか。

「###」

「あ、おはようございます」

しばらく立ち止まっていると見つかってしまった。いや、別に見つかって悪いことでもないのだが。

「##$##%」

上着をリア様は指さした。

「上着ですか。わかりました」

こくこくと首を縦に降るとリア様に上着を着せた。まさかと思うけど外に出る気ではないよね。いや、まあ、私は出ないからいいんだけど。

「####」

そうすると今度は私を指さしてから、もう一度上着を指さした。

「え? あの、もしかして私もですか?」

冷や汗が背中をなぞった。あの今のわかりましたは、上着を着せることに対してのわかりましたであってですね、私が外に出ない前提の話であって、あの出るとなるとですね。

「#!」

手っ、手を引っ張らないでください!

あの私の部屋までいかなくていいですから!

という抵抗も虚しく、私はできるだけ暖かい恰好をしたのが、せめてものの抵抗となった。

リア様の階級が高く、断れないことをこれほど恨んだことはないかもしれない。

知っていますか。リア様。冬の外は寒いんですよ。

「そういえば、リア様。なんで光っているのですか?」

「?」

え? もしかして私にしか見えていないのか?

疑問符が浮かんでいるリア様は私の疑問に気づいた。魔術で掌に小さな竜巻を作ると蛍の光のようなそれらが吸い込まれた。

「#$%#」

リア様は名前を言ったと思うのだが、それが何を指すかわからなかった。

それらはまるでチリのように漂っているようにも見えたし、意味を持って何かに近づくようにも見えた。

「もしかしてそれは精霊様ですか?」

リア様は首を縦に振った。

「綺麗ですけど、なんで精霊をまとっているのですか?」

その疑問に答えてくれることはなく、外に連れられた。それはとてもとても寒い冬だった。こないだまで降っていた雪があたり一面に残る。まだ日の出を迎えていないこともあり、周囲が暗いがそれでも見渡す限り真っ白なのがわかる。

「日の出を迎えてからにしませんか?」

リア様が何をしようとしているかわからなかったが、もうちょっと暖かい時間になってからでもいいのではないかと思ったが、リア様は首を横に振る。

なんだか今日のリア様は、意志が固い。普段は私の言うことをある程度は聞いてくれるのだ。今日みたいに無理にお願いすることは珍しいといえば珍しいのだ。

「#&##」

リア様は私を抱えてもいいかと聞いてきた。なんとなくそうなる気がしていた。

「あっ、はい」

と従ってしまう自分に若干後悔しながら、リア様に体を委ねた。

ふわりと体が浮いた。

当然リア様は空を飛んでいる。問題は目的地だ。お願いだからここから一時間以上の飛行はやめてくれと願っていると願いが通じたのか否か。すぐに降ろしてもらえた。そこは屋敷の屋根の上で、まだ雪が積もっていた。屋根の上なんて普段昇る機会がないから怖かったが、楽しいような不思議な感覚がないかと言われれば嘘だ。私は普段できない非日常的な感覚を少しだけ楽しんでいた。

「リアさ・・・」

そう名前を呼ぼうとした時だった。リア様の背後を真っ赤な光が照らした。これは精霊の光ではない。日の出の光だった。その生まれ持っての高貴さを表すかのように神々しい。そうだ。私の主様はこんなにも美しかったのだ。その緑色の髪色に茜色が射し、黒くも白くも見せる。

気づけば見惚れていた。

私が見とれているとリア様は横笛を取り出した。

「&#%'」

それが曲名を言ったのか、それとも全く別のことを言ったのかわからない。それを考えようと思う心は、その後流れる音にかき消された。

その笛の音色は、まるでリア様の真後ろの茜色の地平線のように、暖かさと力強さを持った不思議な音色だった。

その暖かな太陽の音色とは反対にに冬の寒さを表すような音色が始まる。精細とはこのことを言うのであろう。厳しい冬だ。肌から寒さが染み込む様に、冷たい音が私を刺す。

私に音楽はわからない。

上手いとか下手とかそんな陳腐な言葉しか出てこない。

でも、リア様が生み出した音は「本物」だ。

その「本物」という言葉が自分にとって何を意味するかもわからない。私の語彙にはこれ以上を表す言葉もない。

そして曲調が変わるとこの曲名がわかった。

油断してしまえば落ちてしまうかと思うくらいの強烈な風が吹く。私はこの風を知っている。それは冬を終わらせる風だ。

まだ冬を思わせる冷たさが残るけど、直にその寒さも何処かに行ってしまうだろう。

陽気で力強い音色がこの風を教えてくれる。

「春一番」

精霊様はリア様の頭上を舞い踊る。その数は先程は十もいなかったのに、今は百を超えている。下手したら千まで行くのかもしれない

どうして私にも見える形で精霊様があつまったのかわかる。精霊様はこれを見に来たのだ。

ガヤガヤと下で話し声が聞こえる。みんな起きてきたのだ。みんなもリア様の笛の音色と精霊様の舞に見惚れていた。

私は一番近いんだぞと少しだけ得意げになる。

さしてみんなと変わるわけじゃない。

でも、この人が何を見て、何を感じているのかを間近で見れることが幸せなのだ。


精霊は春を告げる音楽と共に舞う。

春は始まりの季節。

私とリア様のお話はまだ始まったばかりであった。

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