#12 食事会での事件(5)
精霊憑きという言葉がある。精霊に血肉を分け与え、精霊が持つ魔法の一端を思い通りに使うことができる者だ。この国の3割が加入する精霊教では、特別の人として扱われ、ある閉鎖的な街では神として扱われる。その存在になる手段は偶然や秘匿された方法などあるが、アーサーは精霊憑きであり、代々受け継いだ秘匿された方法によって、精霊憑きになったものである。
「はあ、はあ」
息も絶え絶えで周りの物がよく見えない。だからこそ純然たる気持ちが湧いてきた。
あれはなんだ?
精霊魔術は対人戦に強いかと言えば、そうではない。発動に時間が掛かりすぎるし、【第四術式 創重壁】を超えるような攻撃ができない。土に埋めたのにあそこまで耐えられたのもそのせいだ。しかし、集団戦なら滅法強い。自分達に有利な地形を作り出し、相手に不利な状態を押し付けられる。時間が掛かっても仲間がカバーしてくれる。そういった意味で精霊憑きは非常に優遇されている。
そのはずなのにだ。
どうして1人であそこまで耐えきれる。
どうしてあの有利な状態からこっちは5人が死亡して、まだ3人程起き上がれてもいない状態なのだ。
「よくやったアーサー」
「⋯隊長」
これを首謀したのはこの人だ。だけど参加したのは俺だし、この作戦前まで俺はイスカ様が当主として相応しいと信じ切っていた。
「隊長これからどうするのですか」
「当然、旦那様にリア様の死をお伝えする。その時私の首で赦してもらわないといけない。だからお前たちは心配するな」
そうじゃない。
「リア様を殺して、貴方はその責任で死んで、一体何がやりたかったんだ?」
それは隊長に向けた言葉であり、自分に向けた言葉だった。
「では、お前はあの口が喋れぬ方が当主をするべきだったと?」
「そうじゃない。そういうことが言いたいんじゃない。ただ殺す必要はなかったんじゃないか」
俺はリア様のことを全く知らなかった。だが、この戦いで知ってしまった。あのお方は強い。もし仲間として戦っていたらあのお方よりも心強い方はいないだろう。もしかしたら蛮族だって討ち滅ぼせるかもしれない。
「別にあの人は政治に興味がなかったでしょう」
仮にイスカ様がなったとしても止めはしないだろうと思った。
「俺みたいな奸臣がいたらどうするんだ?」
思わず聞き返した。
「だから俺みたいな奸臣がいたらどうするんだ? あのお方の強さはお前も感じただろう」
「感じたけど⋯」
一瞬理解が及ばなかった。
「あのお方に奸臣がつき、唆されてでもしたら、一体誰が止められる?」
その懸念はわかる。それはきっと止められないだろう。
「私達が勝った理由を偶然以外に挙げるならば、あの方に空を飛ばせなかったという一点のみだ。しかもそれすらもラッキーショットが当たったに過ぎない」
隊長は俺以上にリア様の強さを知っている。だとすれば。
「リア様に奸臣がつかないためというならイスカ様の奸臣を自称するお前はなんだ?」
相手の矛盾を指摘するつもりで言ったことに俺は何故か優越感を感じていた。しかし、それも直ぐに消えた。
「ああ、だから俺は首を落とすのだろう」
その瞬間ゾクリとした。もしかしたら俺は兄弟間の権力闘争ではなく、こいつの個人的な妄想に巻き込まれたのでは? そう思わざるを得ない。
俺達はもしかして勘違いによってこの国に必要な人を殺したのでは?
本当にリア様は死ぬべき人だったのか?
「お前は実際に竜と戦ったことがあるか?」
「⋯ないが?」
急な質問にびっくりした。
「竜は死なない」
「⋯何を言ってるんだ?」
リア様は強さのあまり他国からは『西国の竜』と呼ばれている。流石に竜は言い過ぎだと思ったこともあるが、今ではそう思わない。それにしても話の切り替わりが急すぎて、何故こんなことを言い出したのだろうか?
「俺は帰って暗殺者が殺したことにして、代わりに自らの首を斬る。お前たちはリア様を探していたふりでもしろ」
そう言って馬に乗ってエドガーは馬に乗って森から去っていった。
「⋯そうか」
もうこの狂気的な犯行に終止符を打つならそれしかない。こいつの命一つで済むならそれでもいい。だが旦那様の怒りが収まらなければ、俺達の首が切られるだろう。そこに後悔はない。だが、旦那様は実際どう思っているのだろうか? 俺達は旦那様にリア様が好かれていないと思っているが、実際どうしてリア様を好いていないのだろう。当主にしないという判断も当主にするという判断どちらも理解できる。あのお方は有能で、そして何よりも危険だ。そして、何よりも言葉が喋れない。喋れないということはメリットにもデメリットにもなり得る。あの人を神輿として担ぐのなら、あのお方を当主にして後ろで操ればいい。あのお方を危険だと思うのなら、幽閉すればいい。だが、旦那様がやっていることは放置だ。最近素性のよくわからない者を御付きのメイドを1人付けただけだ。あの娘も馬鹿だ。知っていれば一緒に死ぬこともなかった。いや、そもそもどうしてメイドがあそこにいたんだ?
「⋯⋯」
今考えればおかしなことしかないが、普通に考えれば、土で圧殺されるか、酸欠で死ぬ。
埋めたはずの地中を見た。
「⋯⋯」
おかしい、 さっきからあそこから目が離せない。
その時、相反する自分自身に気付いた。俺は心の底から死んでくれて良かったと感じている。だが、その反面何処か生きていて欲しいと思っている。
これは憧れだ。
最強の魔術師をこんな正攻法以外で突破できてしまったという事実にがっかりしているのだ。
もちろん空を飛んでいれば俺達はただの的に過ぎないだろうが。
男の子なら最強の魔術師という称号に憧れるだろう。
その時、突如真顔になった。何が男の子だ。俺はただの不意打ちかつ多数で1人を打ちのめした卑怯者に過ぎない。
倒したのはどちらかと言えば⋯
「来い。アウデゥク」
「————」
今回の勝因はこのアウデゥクだ。思えば魔術の戦いなら俺らは負けていた。こいつがいたから勝てた。こいつはリア様と違い、喋らない。地鳴りのような振動を発するのみだ。それでも機嫌の良し悪しはわかる。アウデゥクは家宝とされている何かの宝石に憑依した精霊だ。みだりに見せるなと言われているからそれが入った巾着から出すことも少ない。家宝とは言うものの、綺麗なものではなく石ころみたいなものだ。父上から受け継いだ時は、それこそたからものの様に扱っていたが、今では子供を扱うように一緒にいる。
「よくやった。アウデゥク」
撫でると喜んでいる⋯気がする。
本当かはわからない。自己満足だが、こうしていると落ち着く。
「どうしたアウデゥク」
アウデゥクが地中を指差した気がする。
気がするというのは、アウデゥクは泥団子を繋げたような見た目なので、よくわからないのだ。
その時、地中から小精霊が勢いよく出てきた。まるで流星が逆流するように、地上から空へと勢いよく上がった。小精霊は身体を持たないため、物をすり抜けるからおかしくはないのだが、そこがリア様を埋めた場所となれば話が変わる。
「もしかして、土の精霊を呼ぶつもりか?」
しかし、リア様は精霊魔術を使えない筈だ。確か魔術陣が書けないと言っていたし、精霊魔術で重要とされる精霊門の詠唱も、検索句も言えない。
アウデゥクは中位の精霊だ。大精霊でも呼ばれなきゃこっちの方が有利だ。
「大精霊⋯」
実力的にリア様が呼べないとは思えない。
「いや、それはない」
詠唱もできないのだ。だが、もし呼べたとしたら?
一つだけ可能性を思いついた。
「あのメイドか」
あのメイドは確かリンゴォ氏に気にいられていた。もし、精霊魔術を覚えていたら?
いや、それはない。別にリンゴォ氏は精霊魔術得意という訳では無い。
精霊魔術は才能がないと使えないのだ。
出れるはずがない。
だが、全身が警戒していた。
「アウデゥク。地面を更に固めろ」
了承したとばかりに地鳴りの様な声が聞こえる。
「全軍集合」
「「「はい」」
残った数は負傷者引いて十二人。
「地中に埋まったリア様が動き出した。全員警戒しろ」
「はっ」
声だけは良いが皆の顔は青ざめていた。
手指は冷たく感覚が少し鈍っている。隊長もいなければ最初より人数少ない。もし、また対峙すれば勝てない。そう俺含めて思っているのだ。
「安心しろ。地中から出さなければいい。アウデゥク信じろ。お前らはアウデゥクを守れ」
「はっ」
その言葉で気持ち顔色がよくなった気がする。
例え同じ中位の精霊が出たとしてもアウデゥクの方が有利だ。
さて、何をする。どう出てくる?
俺は絶対勝てる。
アウデゥクがいれば絶対勝てる。
その時、小精霊が地中から異様な程出てきた。流星群が地上から湧いて出るかのように。こんな現象見たことがない。どうやってやったかわからないが、少なくとも精霊門の開門に成功したみたいだ。しかし、検索句の存在は知らないのだろう。そんなでたらめに小精霊を呼び出して何になるというのか。
その時一瞬、目の前で異様な光景が見えた。小精霊の前に小さな精霊門現れた。そこに吸い込まれる様に小精霊が消えていった。
やっぱり精霊の召喚をしている。それもでたらめにだ。精霊の召喚術式はその場にいない精霊を呼べるが、呼びたい精霊を呼べるとは限らない。検索句と呼ばれる詠唱を行わなければならない。前にリンゴォ氏の実験か何かでアウデゥクとリア様を喋らせたことがあるが、一切喋れなかった。リンゴォ氏は何か難しいことを言っていたが、俺にはわかった。リア様は少なくとも呼び出すなんてことはできない。
「ハッ」
あの「リア様」が考えたにしてはお粗末な作戦だ。そう、検索句によって呼べないから手当たり次第に呼び出して土精霊を呼ぶ気か。
「アウデゥク、墓標でも立ててやれ」
「⋯⋯」
しかし、地鳴りの様な声は帰って来なかった。
「アウデゥク?」
振り返るとアウデゥクの前に精霊門があった。アウデゥクは今にも精霊門に呑み込まれそうになっていた。
「アウデゥク!」
そんなはずはない。検索句の無い精霊召喚は近くの精霊が召喚される。精霊は見えないが地中や空中を彷徨っている。普通そういった小精霊が召喚される筈だ。アウデゥクの様な中精霊、しかも憑依している精霊がでたらめに召喚されるはずが無い。
「あっ」
だったら小精霊を何処か遠くへ全てやってしまったら?
でたらめに召喚されるならそのランダム要素を排除してしまえば?
さっきの小精霊を外に飛ばしていたのはこのため?
まさかこれを狙って?
あり得ない。まずい。アウデゥクがもし奪われでもすれば、取り返しのつかないことになる。普通、精霊憑きの精霊を召喚することなどできない。しかし、相手は普通じゃない。
「お願いだ。行かないでくれ」
アウデゥクの手を咄嗟に握った。泥団子で作ったみたいな手を。
「———ッ!」
アウデゥクも叫ぶが、どんどんと身体が精霊門に吸い込まれていく。
やめろ、止めてくれ。
————————————ブツッ
何かが身体から切れるような音がした。
それと同じくしてアウデゥクの地鳴りのような叫びは途中に途切れた。
代わりに地面から地鳴りがした。
「アーサーさん。まずいです。何か地面から音が! 土の精霊でどうにかできないんですか!?」
「———今どうにもできなくなった」
「え!?」
無茶苦茶だ。小精霊は森の中にいる虫ほどに大量にいる。それらを全て召喚し、遠ざけたと言うのか。
地面がまるで一つの怪物かのように雄たけびを上げた。それと同じくして怪物が目を覚める。地面が雄たけびをあげたと思えば、今度は大気が揺れた。
「西国の竜」
エドガーが言っていたことがフラッシュバックした。
竜と戦ったことがあるか?
竜は空を飛ぶためこちらの魔術は当たらず、あちらの攻撃はいとも簡単にこちらを貫く。一流の魔術師が4,5人ほど死んでやっと殺すことができる。
「これが竜か」
飛行魔術で浮かぶリア様を兵士たちは必死に攻撃していた。その様を攻撃するでもなく俺はどこか冷静に見ていた。だが、飛行魔術でただ旋回しているだけで避けられている。当たりそうなものだけが、迎撃されている。
突如曇り空が晴れて綺麗な星が見えたのかと思った。
違う。あれは【第三術式 射葡萄弾】。
星と勘違いしたのは、ただ単に目が悪いわけではない。常識的に考えてありえないのだ。普通の人が同時に魔弾を生成できるのは、三つか四つ。一流の魔術師が十個ほどだ。しかし、それが星の輝きと勘違いしてしまうということは、数百、下手したら千に近いような魔弾が空中に浮いているということになる。
それが流星群のように降ってきた。
「全員第四術式を空に放て!」
言えたのはそれだけだった。
咄嗟に【第四術式 創重壁】を空に向けるよう斜めに生成した。
雨のように降る魔弾を避けるために必死に壁に体を寄せた。
【第四術式 創重壁】は高度な術式だ。うちの隊でも全ての人ができるが、苦手な者だと咄嗟に作ることができない。そうなると魔弾の雨を食らうことになる。
「アルモンド!」
咄嗟に木の後ろに隠れたようだが、防げたのは一瞬で、魔弾が木に当たり続けると木が折れた。そしてアルモンドは木に押しつぶされてしまった。
しかし、不思議なことはあれだけの物量作戦ができるのに、どうして【第四術式 擲廻転槍】を使わなかったのかわからなかった。空を飛びながら使うだけで、我々をなぶり殺しにできただろう。それにこれだけの規模の第三術式ができるなら、それができないとは思わない。
ガガガガガガガ
その時、【第四術式 創重壁】が軋んだ。
おかしい。
いくら【第三術式 射葡萄弾】の数が規格外だとしても、その威力までは上がるわけがない。威力が上がったとしても【第三術式 射葡萄弾】の構造上、【第四術式 創重壁】を貫通できない。【第四術式 擲廻転槍】でないと貫通できない。
「あっ」
そういうことなのか。
【第四術式 創重壁】が崩れ去った。
【第四術式 擲廻転槍】によって砕かれたのだ。
壁が無くなったのだから、【第三術式 射葡萄弾】が襲ってくる。
どうして【第三術式 射葡萄弾】を最初に使ったのかわかった。【第四術式 創重壁】を張らせるためだ。一度【第四術式 創重壁】を張らせれば、そこから動けなくなる。俺たち全員を【第四術式 創重壁】に縛り付けるためだ。そして、【第四術式 創重壁】に隠れたら、後は【第四術式 擲廻転槍】で【第四術式 創重壁】を破れば、その後【第三術式 射葡萄弾】で仕留めればいい。
【第三術式 射葡萄弾】を全身に食らいながら、悪態をつく。
魔力量に物を言わせた物量作戦だ。それがやれるのなら誰でもやれる。だが誰もそれができないからこそ想像すらできない選択なのだ。何よりもムカつくのが、ただ時間を短縮するためにこれをやっているということなのだ。魔力の消費を少しでも気にするなら、空を飛んだまま【第四術式 擲廻転槍】を当てたほうが絶対的に良いのだ。
「ぐえっ」
内臓が傷ついたのか、口から大量の血を吐いた。
最後の力をふり絞って上を見ると上空に『西国の竜』がいた。
周りを見ると立っているのは俺だけだった。
ああ、畜生。
どうして俺はこれに手を出してしまったんだ。
上を見上げたのは、本当に最後の力を振り絞っただけだ。空を見上げながら後ろに倒れる。空を見上げるとやはり曇り空だ。星なんてない。
ああ、死にたくなかったな。
せめて死ぬときは苦しくないといいな。
そう思いながら薄っすらと意識が消えた。




