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#1 西の国の王子様は精霊語を喋るぞ

th estw plisn spek spiri lang

西の国の王子様は精霊語を喋るぞ

th win ejld spiris ho linke

風の大精霊様は彼を好きになった

‘jou ivte je spiri lang’

「精霊の国に招待しましょう」

th estw lans plisn vo liyng,

西の国の王子様は騙されて

kate ho th spiri lang

精霊様の国に連れてかれた

th estw plisn spek spiri lang

西の国の王子様は精霊語を喋るぞ


 吟遊詩人の流行歌だとお母さんは言っていた。街道沿いにいたら、街に行く荷馬車から聞こえてきたそうだ。そして、これはお母さんが歌ってくれた最後の歌でもあった。今でもこの歌を思い出すときは、幸せと悲痛を思い出す。


 その頃の私は自分がどんな立場の人間か知らなかった。多くの平民は城壁の外を見たことがない。広大な地平線を見ることもできず、城壁の外に出ることはなく、町の中でその一生を過ごす。むしろ城壁の中に住むためにずっとお金を払い続ける。払えなければ町から出されてしまうから。だから、平民は朝早く起き、夜遅くまで働かなければならない。どうしてそんな不便な町に住んでいるかと言えば、魔獣がいるからだ。大木ほどに大きく、槍や矢などでは歯が立たない。それにそこらの馬よりも速い。平民がもし魔獣を見るようなことがあれば、すなわち死を意味する。そんな魔獣から守るために城壁は存在する。だから夢見がちな若者を除いて城壁の外に出ようとは思わないのだ。だが、一部の人間は自分から望んだ訳でもなく、城壁から追い出される。

例えば犯罪者とか。

多くの人間にとってそれは実質的な死刑だった。だって魔獣に見つかれば食べられてしまうし、広大な外は誰も助けてくれる人がいない。

ただ、ほんの一握りの人間が運良く生き残る場合がある。運良く生き残った人間は運良く家を作り、運良く家庭を作り、運良く子供を作る。

 その子供こそが私だ。

 犯罪者の子供と揶揄する人もいない。そもそも人がいないのだ。さっきも言ったけど、私はこの時、自分が何者か知らなかったのだ。だからこそ、この時の私は幸せだった。私が生きていることこそが、幸運の連続によって偶発的に発生した奇跡と呼ぶべきものだった。それに気付かないで生きてこれたということは幸せ以外の何物でもない。友達もいなければ親戚もいない。父と母と私だけ。たまに寂しくはなるけど、それでもいい。私達は仲睦まじく必死に生きていた。毎日が忙しかったけどそれを幸せと呼んでいた。今でもこの時に戻りたいと思う時がある。

 しかし、奇跡は、そう長々と続かなかった。コインを何連続表を出したとて、いつかは裏が出てしまう。それは自然の摂理だと言えるだろう。

 私は父と母以外の人を知らなかった。だって人目を隠れて人里離れた場所にいたのだから。だからこそ、人が悪意を持つということも知らなかった。人里離れた場所にいるということは、犯罪が起こったってわからないということも、誰かの目が無ければどんな非道な行いもできる人間がいることも知らなかった。


 日常は前触れなく崩れた。

 強盗と父が揉み合って小さな花瓶が落ちた。

朝に摘んだばかりのスミレが無残に踏みつぶされた。

「お父さん!」

母が叫んだ。

「この!」

父と強盗が組み合って、椅子や机にぶつかり、そのたびに何かが起こる。

皿が割れ、家が揺れ、椅子が壊れる。

「てめえ!」

強盗が父に怒声浴びせながら揉み合っている。父の背後からもう一人の強盗がやってきた。

「お父さん! 危ない!」

母が叫んだからと言って避けられるはずもない。もう一人の強盗が鈍器を後頭部に直撃させた。

お父さんはそれを食らって頭を抑えながら前屈みになる。そのお父さんに対して、更に鈍器で追撃をいれる。

二度、三度、四度。

もしかしたらこの時点で死んでいたかもしれない。お父さんは動かなかった。

それでも倒れたお父さんの上に馬乗りになり、鈍器で顔を叩いた。強盗は必死になってお父さんを叩いた。下手したら、私やお母さんよりも必死だったかもしれない。

「やめろ!」

お父さんと揉み合っていた方の強盗が鈍器で叩く太っちょの強盗を止めた。馬乗りから解放されたお父さんを見ると私は「お父さんが死んだ」ではなく、「お父さんが壊れた」と思った。お父さんの顔を見ると赤黒く染まっていて、笑っていたお父さんと同じかどうかもわからない。これがお父さんではなく、精巧な人形と言われたほうが納得できる。

「馬鹿、何殺してるんだ!」

その声で目の前の現象を理解した。

お父さんは殺された。

残されたのは、お母さんと私の二人。

強盗の怒声が鳴り響く。

「いや、今助けなければ危なかったって」

気弱そうな太っちょな強盗が言い訳をした。

 強盗たちが話し合っている間に、お母さんと目が合った。

お母さんは何も言わない。

それは一瞬にも、数時間にも思えるような長さで見つめ合った。

それは私にとって意味をなさなかったけど、お母さんにとっては何か意味があったようだ。

「あああああ!」

獣のような声がお母さんから出たとは思えなかった。

止めて。

お母さんは台所に走り、包丁を取った。

それはいつも使い慣れている小さなナイフに過ぎない。果物や野菜を切るような小さなナイフだ。肉切り包丁ですらない。もちろん人を刺すことに使ったことはない。

「危ねえ」

お母さんの決死の突進は簡単に避けられた。太っちょの強盗はお母さんのナイフを取ろうとした。お母さんも必死に取られるまいと必死に抵抗する。

「あっ」

太っちょの強盗の間抜けな声とともにお母さんと強盗が倒れた。太っちょの強盗がびっくりした様にお母さんから離れ、お母さんの姿がはっきりと見えた。

お母さんはピクピクと動きながら横たわっていた。ナイフが首に刺さっていた。体を痙攣させながら、まるで息ができないかのように喘いでいた。口から出た血が泡になって消えた。まるで生き物みたいに泡ができては消える。強盗たちは虫が死ぬ様を観察する子供のように見ていた。

「わ、わざとじゃねえ。今のは襲われたから」

喋りだしたかと思うと太っちょの強盗は人を刺したことよりも自分が悪くないと言い出した。私はそれに怒ることすらできず、ただ見ていることしかできなかった。私もまたこの強盗を虫を見るような目で見ていた。

「うるせえ、馬鹿が。こんなガキを売るより父親を鉱山奴隷にしたほうが金が手に入るんだよ。母親だってまだ娼館に売れた。だが、こんなガキ買い叩かれるに決まってるだろうが。」

「今までも子供売ってきたじゃないか」

「誘拐してたから二束三文だって売れたさ。でも今回はちゃんと目星をつけて荷車まで持ってきたんだぞ。魔獣でも出たら丸損だ。家中ひっくり返せ! 何か金目のもの探すんだよ!」

「うう、ごめんよ」

母と父の死体の前で何か虫のようなものが喋っていたが、何も頭に入ってこない。

ただ心にぽっかりと穴が空いた。

ただ呆然と突っ立っている。

「くそ、何もねえ。急いで城壁に戻るぞ。」

「ああ、でも、売っちゃう前にこいつの味見していいかな」

気弱そうな男は、太った気持ち悪い手で私の髪を撫でた。

「商品をぶっ壊しておいて、更に商品価値を下げるってか? その場合は今すぐお前をバラバラにして魔獣の餌にしちまうぞ」

「ご、ごめん、って」

そう言って名残惜しそうな目で私を見た。気色が悪いと理性では思っているのに、身体がまるで動かない。精神と肉体が分離されているかのようだった。

「良いから来い。逃げたらそのままバラバラにして魔獣の餌にしてやるぞ」

細身の男は、悲鳴を上げるでも、怖がるでもない私に調子が狂った様子だった。私は手を縛られて、麻袋を被せられた後、荷台の上に叩きつけられた。

痛い。

そう、痛かったのだ。ああ、お母さんもお父さんも痛かったのだろうか?

「ひぐっ、うう、ああ」

心にぽっかりと空いた穴から涙が流れてきた。

「へん、今頃泣くなんて馬鹿な女だ。父親と母親が殺されたことに今更気付くなんて」

違う。気づいていた。

「こんな馬鹿だと使用人も厳しいな。余計金が取れない。テメエのせいだぞ。この薄鈍」

「ごめんって」

強盗共は荷車を押した。そこで私の意識は途切れてしまった。強烈な現実に意識が耐えきれなかった。


 荷車が石を踏んだのだろう。その衝撃で目が覚めた。これからどうなるんだろうか。奴隷として売られるとか、しょーかんという場所に売られるとか言っていた。禄でも無いことは確かだろう。

 今まで街に行ってみたいということはあった。それを父と母に我儘を言ってみたりしたことはあった。しかし、こんな形で街に行くことは一切予想していなかったし、こんなことなら町に行ってみたいとも思わなかっただろう。

 重苦しい様な音で異変に気付いた。

「やばいって兄貴!」

「うるせえ静かにしろ」

騒ぐ太っちょの声と潜めるような細身の声。

当然だが、麻袋を被せられて何も見ることが出来ない。しかし、緊急事態であることは容易に想像できる。重苦しい様な音は、足音の様に連続する。否、足音の様にではない。これは、足音なのだ。魔獣以外にこんな音は、あり得ない。

「おい、聞け」

まるで私に聞かれないように囁くのだが、丸聞こえだった。

「これから俺たちが、もし魔獣に見つかった場合、こいつを囮に置いていく」

「ええ! せっかく捕まえたのに」

「うるせえ! 殺すぞ。こんなガキよりも荷車の方が高い。こいつが壊されたら金が払えない。そうなったら俺等も城壁の外で暮らすんだぞ」

「わ、わかったよ」

「車輪は命よりも高いんだ」

この言葉の意味は全く知らなかったが、何故だが記憶に残った。

「こいつを置いていっても荷車は持ち帰れ、絶対にだ」

「う、うん」

そうして荷車が草むらに入った音がした。その後荷車が止まったからおそらく魔獣をやり過ごすつもりなのだろう。

お腹に響く音がどんどんと近付いてくる。

「神様、助けてくれ」

太っちょの情けない声が聞こえる。それが何となく笑えた。笑わなかったけど。どうせ私を殺すならついでにこの強盗を殺してくれないだろうか。そんな期待さえ湧いてくる。

どうか私ごとコイツラを食い殺して。

GAAAAAAAA

魔獣が叫ぶと縛ってもない麻袋は吹っ飛んでいった。魔獣の咆哮が生む風圧で麻袋が飛んだのだ。

巨大な野犬のような、熊のようなそんな印象を受ける怪物が目の前に現れた。

魔獣が目の前に現れてから、最初に思ったことは死にたくないということだった。

さっきまで死んでもいいなんて思っていたくせに死にたくなかった。

この瞬間だけは強盗のことなんて忘れていた。

「おい、逃げるぞ」

荷車から蹴落とされてただ座りつくす。そうなってやっと強盗のことを思い出す。ガラガラと音を立てながら、男たちは逃げ出す。そう、私だけが置いてかれたのだ。

魔獣が適当に腕を振るえば、私は簡単に死ぬ。

逃げ出そうにも手を縄で縛られていてどうしようもない。仮に縛られていなかったとしても逃げられはしないだろう。

だというのに魔獣は何故か躊躇していた。

GAAAAAAAAAAAA

魔獣がもう一度叫んだ。まるで戦いを避ける獣が威嚇するかのようだった。

身長が5メートルは超えそうな魔獣がどうして戦いを避けるというのか。私が座り尽くしていると魔獣は飛びかかってきた。当然私は死ぬ。むしろどうしてさっきの一瞬でも猶予があったのか理解に苦しむ。

早く私の苦しみを解き放ってくれ。嫌だ。死にたくない。

両親を殺した強盗を恨む思いも中途半端に、ただ生きたいという感情が溢れる。

そう思っても、私は死ぬだろう。 

嫌だ。死にたくない。

それ以上でもそれ以下でもない。死にたくないという感情の前に、神に祈りを捧げるという行為は存在しなかった。

「キャウ」

まるで子犬が驚いた様な声が魔獣から発せられた。しかし、目の前の光景はそんなかわいらしいものではない。魔獣の腕が切り落とされ、宙を舞っていたのだ。そんなこと私の常識ではあり得ない。

 私が人生で見た中で一番強い生き物は魔獣だった。もちろん私の見識が狭いというのはあるだろうけど、多くの町の人にとっても一番強い生き物は魔獣なのだ。一番多くの人を殺している。しかし、そんな魔獣を一番狩る生き物がいる。

それもまた人間なのだ。

「####」

人が発したとは思えないような声がその人間からした。その声に導かれるように風がうねり、刃となって魔獣を襲う。包丁で肉を切るよりも簡単そうに魔獣はバラバラの死体となった。


 その日から私が知る最も強い生き物は目の前の人となった。まるで風の精霊に祝福でも受けたかのような緑色の髪の毛と瞳。私は最初こんなに髪が長い男の人を見たことがなかったので、美しい女の人だと思った。人ではないと思うような美しい美貌を持っている。私はこの人が私と同じ人間だとは考えなかった。この人はもしかして風の上位精霊様だったりするのだろうか? 下位の精霊は形を持たないが、上位の精霊になると人間の姿になって遊んだりするという。しかし、同じ人間だとすぐにわかった。

「も、もしかしてお貴族様ですか?」

口を開いたのは私ではなかった。どうやら先ほど魔獣から逃げた強盗どもは戻ってきたようだった。

「いやあ、ありがとうございました。私たちの娘、いやあ、妻をなくして一人になるところでした。ありがとうございます」

土下座をしながらすらすらと嘘をつくその様は関心さえしてしまいそうだった。

「いや、ちが……がっ」

強盗は急いで近づいてきて私の頭を地面にこすりつけた。泥が口に入って喋れない。

「お前、お貴族様で前でなんだ! すいません。まだ世間知らずの娘なんです。許してください」

喋ったら殺される。というよりお貴族様が私を救ってくれる保証なんてない。ここで喋っても信じてもらえなかったら、強盗からもっとひどい扱いを受けるかもしれない。

それだったらここはこの強盗に合わせたほうがいいのか?

「##%#?」

目の前のお方は、先ほど魔獣を殺し時と同じような音を発した。

「え? なんとおっしゃりました?」

強盗は難しい言葉でも言われたように聞き返す。

「##%#?」

それはどう考えても人が発せるような音には思えない。しかし、直感的に思った。これは言葉なのだと。

私の頭のなかで唄が流れる。


th estw plisn spek spiri lang

西の国の王子様は精霊語を喋るぞ


もしかしたらこれは精霊語を喋っているのかもしれない。根拠はない。外国の言葉なのかもしれないし、もしかしたらお貴族様ってこんな感じで喋るのかもしれない。

何を喋っているのかなんて全くわからなかった。

しかし、こう言っているのだと信じたい言葉があった。

「本当か?」

そう言っていればいいな。そう言ってもらえたら私の人生はここで変わる。

でも、そうじゃなかったら?

もし、信じてもらえなかったら?

何を言っているかわからないお貴族様を私は信じるのか?

それだったらこの強盗の言うことを一つでも聞いて、この後少しでも殴られないようにした方がマシなのでは? 自分でもわかる。目の前のお方が王子様なんてのは都合のいい願望だ。そんな都合のいい希望があるわけがない。

でも。


 気づけば口に入ってくる泥なぞ気にせず口を開いていた。

「この強盗は嘘を言っています。私の父と母はこいつに殺されました。こいつは人攫いです」

「な、何を言っているんだ!」

打たれる。細身の強盗が手をあげると反射的に身を屈めた。

「っ———?」

しかし、いつまで経っても打たれたりしない。おかしいと思って顔を上げてみると強盗達は5m先で転んでいた。

「いってえ! お、お貴族様、こいつは嘘を言っています」

必死に強盗が弁解をしようとするとまるで自分から転がるようにさらに後ろに5mほど転んだ。強盗に対し突風が吹き、まるで魔法でも見ているみたいに吹っ飛ぶ。耐えかねたのか逃げる様にして走り去っていった。

「#&##」

大丈夫か。そういっているように聞こえた。

気が付けば、涙が流れていた。嗚咽が止まらず、泣きじゃくる。

すると目の前のお方は胸を貸してくれた。この時、お父さんみたいながっしりとした身体で男の人だと気付いた。

「お、おきぞ、く、さまの、およう、ふくがよ、よごれて、しまいます」

そうは言うものの私は離そうとしなかった。泥だらけの私をそっと抱きしめてくれる目の前のお方が、まるで母のように感じたのだ。その抱擁を引きはがせるほど私は強くない。

しばらくの間ずっとそうしていた。

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