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ざんばらら  作者: 秦江湖
9/19

狂ってくる

次の日の朝、敏樹先輩からグループにメッセージが届いた。

今日の三時に学校のそばのファミレスにみんな来てくれって。

とても大事な話しがあるみたい。

こんなときにどうしたんだろう?

敏樹先輩に電話してみた。

「先輩……どうしたの?」

『明日のこと?』

「うん。大事な話しってなに?」

『悪い。まだ言えないんだ』

「どうして?なんのことかくらい教えてよ」

『とにかく、明日来てくれよ。じゃあな』

ブツッ……

電話はあっけなく切れた。

こういうときこそ優しい言葉をかけて欲しかったのに……

でも敏樹先輩だって当事者というか……

関係者なんだから普通じゃないのも当然か。

アタシだけがショックってわけじゃないだろうし。

危うく他の人に感情をぶつけるところだった。

ちょっと自己嫌悪だな。

昨日感じた、いろいろな怖いこと。

全部しまっておこう。

あんなこと口にしたらいけない。


三時。

アタシ達はこの前集まったファミレスにいた。

彩も杏もどことなく憔悴してるように見える。

敏樹先輩たちはなんか張り詰めたような表情をしていた。

特に直也先輩の憔悴ぶりがすごい。

席についても誰も口を開かない。

そのことが雰囲気をよけいに重苦しくしている。

「この前、俺が話したこと……ちょっとは真実味が出てきただろう?」

直也先輩がみんなを見回して言った。

「由佳と奈美の殺され方を考えたら、とても人間にできる犯行じゃねえよ」

「だから……祟りとか?」

アタシは直也先輩に尋ねた。

「ああ」

昨日の嫌な予感が的中した。

「それってこの中に、由佳と奈美を殺した犯人がいるってことでしょう?」

アタシが言うと、杏も彩も顔を曇らせた。

「私じゃ……ない」

「私もやってない……」

二人は消え入りそうな声で自分の無実を口にした。

「あたりまえじゃん!誰も二人を疑ってなんかないって、もちろん先輩達だってアタシだって事件に関係なんかないよ」

「そうじゃないかもな……」

佳祐先輩がボソッと言う。

「あんな天井裏に、なんの形跡も残さないで死体を置けるのかよ?誰にも見られないでそんなことができるのか?」

佳祐先輩の言葉に直也先輩がうなずく。

たしかにそこを考えたら非常にハードルが高い。

「敏樹先輩は?どう思ってるの?」

まだ敏樹先輩は何も言っていない。

この前話したときは私と同じで「幽霊なんてありえない」って言っていた。

「俺は……正直分かんねえ」

「えっ」

「最初は幽霊なんて、祟りなんて馬鹿げてると思ってたけど、どう考えても今回のは異常だ。まともじゃない」

「だから変質者の仕業なんじゃないの?」

「なんで俺達のグループの中から立て続けに二人も狙われて殺されるんだよ?由佳も奈美も、なんか殺されるようなトラブル抱えてたのか?」

「それは……ないと思う……でも――」

私がなにか言おうとしたときに直也先輩が口を挟んだ。

「俺達、あの二人に共通してるのは、あの神社に行ったことだ」

「ちょっとどうしちゃったの?止めてよ……この中の誰かが犯人とか勘弁してよ、そういう話し」

もう気持ちが押しつぶされそうだよ。

「犯人が誰かわからなくても手はあるんだ」

直也先輩がアタシ達、女子の顔を見ながら話しだした。

「今後、このメンバーは会わないほうがいい。特に一対一で会うのは止めよう。で、互いに連絡を取り合ってアリバイを確認するんだ」

「どういうこと?アリバイの確認って?」

杏が恐る恐る聞く。

「グループLINEがあっただろう?あれで夜、夜だな……みんながどこにいるのか送信するんだよ。お互いに監視して、そうすれば大丈夫だ」

「ほんとうに大丈夫なの?」

彩が身を乗り出して尋ねる。

「ちょっと彩!」

あまりにも馬鹿げた話に賛同しかける彩に、つい口調を強めてしまった。

「でも沙耶、不安じゃん?私、怖いよ」

「アタシだって怖いけどさあ、それとこれは違うと思うの」

これはまずい流れだと思った。

みんながみんなを疑うとかおかしすぎる。

「ちょっと待ってよ、直也先輩!もし……嘘の情報をLINEで流したらどうするの?そんな監視してもあてにならないよ」

「おまえ、いちいちなんで反対するんだよ?」

直也先輩が下から睨むように私を見た。

「いや、だっておかしいよ!みんなを疑うとか」

しかも理由が祟り?幽霊?

私と直也先輩の間に流れる空気が一気に悪くなった。

「敏樹、沙耶をなんとかしてくれよ。これじゃあまとまる話しもまとまらねえよ」

佳祐先輩が困ったように敏樹先輩に言う。

「昨日、俺らみんなで話して納得済みだろう?」

佳祐先輩の言葉に敏樹先輩は眉根をよせた。

「沙耶、ここは直也の顔を立ててやってくれよ。こいつが悪気があってこういうことを言ってるわけじゃないってことは、おまえだってわかるだろう?」

「いや、それはわかるんだけど……」

これ以上話してると、攻撃的なことを言っちゃいそう。

でもこの方向は絶対に間違ってる。

アタシは自分が思ってることを、どうやんわりと言おうか考えた。

そういうの慣れてないからな~…自分にイラつく。

「監視って言い方は悪かったかもしれない、ただ万が一何かあったときはメッセージをくれれば助けに行けたりするだろう?そのためにも誰がどこにいるのかはみんなで把握しておいたほうがいい」

敏樹先輩は私を宥めるように、杏と彩に言い聞かせるように言った。

「マジでみんな助けに来てくれるの?」

彩が敏樹先輩に聞く。

「ああ。なあ?」

敏樹先輩が佳祐先輩に振る。

「そ、そうだよ。そのときはみんな一緒だ」

「良かった!」

杏がホッとしたように胸に手を当てる。

みんなで常にやり取りしてれば、いざというときに役に立つっていうのはその通りだろう。

でも、なんか納得いかないな~……

「直也も沙耶をそんな目で見るなよ」

「ああ……ごめん、悪かった。つい……」

「沙耶もいいよな」

「うん……」

アタシがここでグダグダ意地張っても、敏樹先輩に恥かかせるだけだしな……

ここは納得しておこう。

でも二人っきりで会えないっていうことは、私も敏樹先輩も会えないんだけどな。

そのへん分かってるのかな?

まあいいや。

アタシはアタシで、この変な流れを断ち切る方法を考えよう。

とりあえずここは納得したふりをした。

結局みんなで集まって、二時間近くはいたけど、話した内容は各自個人では会わないこと。

連絡をグループで取り合うことってだけだった。

そして解散ということになった。

こんなの最悪……


家に帰るとLINEに帰宅したことを送信した。

写メも添付してやれば満足するでしょう。

時間を置いて、みんなの報告が着信されてくる。

こんなこといつまで続けるんだろう?

アタシはベッドに横になって考えた。

なにがこういう状況をおこしているのか?

いろいろ考えてもやっぱり原因は神社にある。

それは祟りとか、そういうもんじゃなくって、神社に行ったせいだと、みんながいつの間にか強烈に思い込んでいるせいだ。

少なくとも直也先輩の言葉で、杏や彩は影響を受けている。

佳祐先輩も、残念なことに敏樹先輩も。

そして、こうやって否定しているアタシも昨日のように否定しきれない妄想を抱いている。

そんなの関係ないって証明できればいいんだ。

そのためには、あの神社がなんなのか?ほんとうは何のためにあるのか?祟りっていったい何なのか?

それがはっきりすれば、みんなおかしな妄想にとり憑かれなくなる。

我ながら名案だと思った。

だったらどうしたらいい?

彩だ!

あの神社のことを知っているのは、アタシらの中では彩だけっていうか彩のお婆さんだし。

ネットで検索なんかしても何がほんとうだかわからない。

アタシは思い立つと彩に電話していた。

「もしもし、彩」

『どうしたの?沙耶』

彩の声は怯えを含んでいるように感じた。

「怖がらないで聞いて欲しいの」

『なに……?』

「彩にお願いがあるんだ」

『なんだろう……?』

「あの神社のことをあ婆さんとお爺さんに、もう一回聞いて欲しいの」

『えっ……何を聞けばいいの?』

「あの神社がなんであるのか?なにを祀っていて、祟りってなんなのか?それを聞いて欲しいんだ」

『どうしたの急に……』

「だって、今日の話を覚えてるでしょう?あんなの絶対おかしいって。そう思わない?」

彩はしばらく沈黙していた。

『沙耶の言いたいことはわかるけど……でも……』

「そこらへんがはっきりすれば、直也先輩やみんなも考え変わると思うの。仲がいい同士で疑うとか嫌でしょう?」

『そうだね……』

「でしょう?」

彩は少し考えているかのように黙った。

アタシは彩の返事を待った。

『わかった。聞いてみる』

「OK!じゃあ明日会おうよ」

『電話とかじゃダメなの……?』

「できれば会ったほうがいいと思うんだよね」

話の内容によっては、彩が深刻にならないように励まさないといけない。

それを考えたら直に会ったほうがいいと思った。

『でも二人ではダメって今日みんなで決めたじゃん』

「そうだけどさ……」

じれったいな……

そのときいいアイデアが浮かんだ。

「じゃあ晴海を呼ぶから。それなら二人っきりじゃないし、晴海は神社に行ってないから大丈夫でしょう?」

『そっか!そうだよね!』

ようやく彩が納得した。

アタシと彩は、みんなには内緒で明日会うことにした。

『杏はどうしよう?呼ぶ?』

「もちろん。アタシから連絡しとくから」

そう言ってから付け加えた。

「ねえ、彩。今ってわけわかんないことでみんなバラバラじゃない?でもアタシ達は少なくとも信じ合っていたいじゃん?友達なんだし」

『そうだよね……友達だもんね』

明日の時間を決めて電話を切った。

次は晴海に明日付き合ってくれるようにお願いしないと。

「もしもし晴海」

『おお。どうした?』

「明日付き合ってよ」

『なんだよ急に?』

「ちょっと彩と杏に会うから一緒に来て」

『なんで俺が?』

「実はちょっと変なことになってさ……」

アタシは昼に話したことを晴海に説明した。

みんなが疑心暗鬼になりかかっていること。

このままではよくないと思っていることを話した。

『わかった。そういうことならいいよ。俺も行くから』

「さっすが晴海!頼りになるね」

『よせよ』

電話の向こうで苦笑いしているのが目に浮かぶ。

そこで晴海に、ちょっと聞いてみたくなった。

「晴海的にさあ、アタシって嫌な奴だと思う?」

『なんだよ?まだなにかあったのか?』

「ちがくてさあ」

自分でもいきなり話題と関係ない質問をあいてしまったので苦笑してしまう。

「彼氏の敏樹先輩や友達に隠れて、こうやってコソコソしててってこと」

アタシが聞くと晴海は即答だった。

『いや。俺は沙耶の考えていること、やっていること。間違ってないと思う』

「ほんとに?」

『ああ』

アタシは笑顔になった。

自分の考えが肯定されたことが嬉しかった。

「晴海は祟りとか信じる方?」

『俺か……うーん』

晴海は少し考えてから言った。

『俺、前にも言ったけど、その手の話は信じるほうだから』

「じゃあ今回のことはどう思う?変な霊がとり憑いて、その人に人殺しとかさせるのがあると思う?」

『それはどうだろう……ただ……』

「ただ?」

『不思議なことってあるだろう?例えば、事故の多い踏切とか、自殺者が多い自殺の名所って言われるところとか』

「そういうのは聞くよね」

だから心霊スポットとかあるわけだし。

アタシみたいに全く信じていない人間も、そういう情報を見てイベント気分で行くわけだし。

『でも偶然ってことも当然あるだろうしな』

「晴海は霊感とかあるの?」

『いや。そういうのは全然ないよ』

「アタシも」

『それは知ってるって』

言われて笑った。

それから少し、関係のない話をして晴海との電話を切った。

次は杏にかけなきゃ。

あんな話の後だし、彩みたいに出てくれるといいけど。

一回、二回とコール音が鳴る。

『はい……』

「杏、ちょっと話しがあるんだ」

『どうしたの?』

やっぱり杏の声も暗い。

「昼間話した件なんだけど、どう思う?」

『どうって……』

「直也先輩みたいに杏も、アタシ達の中に犯人がいると思う?」

少し間を置いてから杏は答えた。

『わからない……でも怖い』

怖い。

それはアタシだって同じだ。

アタシ達の中で誰かが犯人だから怖いとかいうのじゃなくって、わけわからないけど、友達が二人も殺されたということが。

どっかの知らない奴が、アタシ達には理解できない理由で狙ってるってこともあり得る。

それが怖いんだよ。

頭のおかしい奴には、こっちがなにを話したって通用しない。

「アタシは、正直こういうのなんだかなって思うの。こういうときに友達同士信用できないって辛くない?」

アタシは彩に言ったことと同じことを杏にも話した。

『でも先輩たちにバレないかな?』

杏も、勝手に個人で会うなと言われてことを気にしている。

「バレないよ。誰にも言わなければ」

『そっか……』

「とにかく、神社のリアルな情報持ってるのって彩のお婆さんしかいないわけじゃん?そこに聞くのが一番確実でしょう?」

『そうだよね……』

「それに、もし杏が心配してるなら晴海も来るから安心してよ」

アタシは少しでも杏の不安を取り除くために、二人きりで会うのではないことを強調した。

『わかった。先輩達には内緒で私も明日行くから』

「ありがとう杏!」

こういうときこそ一緒にいないといけないと思った。

お互いを信じ合わないと。

杏との電話を切ったあと、少し考えてから敏樹先輩に電話した。

「今って大丈夫?」

まさかとは思うけど、もしも他の先輩がいたらいろいろ言われそうだと思った。

『大丈夫だよ』

そう言ってから敏樹先輩は、

『もしかして今日のこと?』

と、聞いてきた。

「うん。先輩どうしちゃったの?とても不安そうだったし」

これは今日の敏樹先輩の雰囲気を見て思ったことだ。

この前、幽霊なんてと笑い飛ばしていたときとは明らかに違っていた。

『あんな事件があればな……少しは考えるさ。それに直也のやつはかなりまいってる』

「それはアタシも見て思った」

直也先輩が今回のことで神経質になっているのはわかる。

だからあんなオカルトを信じてしまうのだと。

『沙耶が納得いかないのもわかるよ。だから待って欲しい』

「なにを?」

『犯人がわかるのを』

「それって警察が犯人を逮捕するってこと?」

『違うよ。とにかく、犯人が分かるまでは今日決めた通りにしておいてくれよ』

敏樹先輩の言い方はどこかハッキリしなかった。

逮捕でなくて、犯人がわかるまでってどういう意味だろう?

アタシがつまんないこと気にしすぎかな?

「アタシはこういの嫌だし、みんなで会いたいし、敏樹先輩とも二人きりで会いたいよ」

『わかってるよ』

敏樹先輩は力なく言うだけだった。

その後は会話も続かずに電話を切った。

ふう……

これじゃあどうにかなっちゃうよ。

とりあえず明日の彩が持ってくる情報に期待するしかないな。

ベッドに寝転がり、天井を見る。

そういえば……

この前、天井から変な音がしたよな……

奈美の死体があったのも天井……

アタシは急に怖くなった。

そんなの関係ないと思っていても、一度感じた不気味さは消えない。

音楽でもかけよう。

静か過ぎるといらないことまで考えてしまう。

寝る前に、敏樹先輩へおやすみのメッセージを送っておこう。

ああ、あとグループの方へも今から寝るって送信しなきゃ。

あ~めんどくさいなもう!

なんかスッキリしないからお風呂でもはいろう。

まさか一々、お風呂に入るのも報せないといけないとか?

まあ、報せないけどね。


部屋を出ると廊下は真っ暗だった。

こんな暗かったかな?

階段の下からは明かりが見える。

今日は土曜日だから、お母さんたちが起きてるのか。

リビングで昔の映画を観ている、お母さんとお父さんに声をかけてからバスルームに向かう。

着けっぱなしだった勾玉のチョーカーを外すと、革紐の跡が首のあたりに黒く跡ついてる。

そういえば最近お風呂に入るときもずっと着けっぱなしだったからな。

ちょうどいいから全部綺麗にしておこう。

バスルームに入って、スイッチを押すと熱いお湯が勢いよくでてきた。

シャワーを浴びると気持ちいいや。

くさくさした気持ちも洗い流してくれたら助かるのに。

湯船に浸かって、万が一祟りだったらということを考えてみた。

幽霊があの神社にはいて、アタシ達を祟っている。

今までの話だと誰かにとり憑いて、周りの人を殺させてるらしい。

なんでそんなことするの?

全然無関係の人を殺して、その幽霊になんかいいことあるのかな?

見当もつかない。


ピチョン……


天井から湯気が水滴になって落ちてくる。

嫌な光景を思い出した。

目を閉じると、だんだんと温かいお湯のせいで気持ちよくなってきた。

だけど目を閉じても、水滴が滴り落ちる音は聞こえる。


ピチョン……

ピチョン……


たくさんの明かりが見える。

真っ暗な中で目の前に松明をもった人が大勢こちらを見ている。

みんな頬がこけていて、目は落ち込んでいる。

来ている服とか見ると、かなり昔の人?

なにかを口々に言っているが、よく聞こえない。

だんだんと聞こえてくる。

アタシはなんでこんな夢を見ているんだ?

そうだ……

これは夢なんだ。

「ぎゃあああ――っ!!」

背中に焼け付く様な痛みが走った。

刃物を突き立てられて引き裂かれた感覚。

痛い!痛い!!

「助けてえー!!」

アタシが言っても周りの人達は口々に罵るだけだった。

でも、これアタシの声か?

おかしい。

「人間のふりをするな!」

そんな言葉が耳に入った。

人間のふり?どういうことなの?

「そうだ!人間のふりをするな!」

「騙されないぞ!!」

「この化物!!」

何を言ってるのこの人たちは?

救いを求めるように伸ばした手に、鎌が突き刺さり、そのまま地面に縫い付けられた。

「あぎいいいい―――!!」

目の前で自分の手首が、腕が切り落とされる。

片方の足首も。

自分の悲鳴が絶え間なく耳に入る。

それでもまだ生きている。

なんでこんな目に……

痛いよ……

もう体も元に戻らない。

このまま死んじゃうなんて嫌だ!

こんなことをして……

許さない!!

絶対に許さない!!

呪ってやる!!

祟ってやる!!

心の底から湧き上がる怨嗟が爆発して言葉になった。

「祟れるもんなら祟ってみろ!!」

そういう声が聞こえたかと思うと、体の数カ所に激痛が走った。

尖った棒のようなものが何本も突き刺さる感覚がした。

痛みは一瞬で、もうなにも感じない。

血が口まで上がってきて苦しい……

息ができない……

死にたくない……

やがて木の幹に縛られて、足元に藁を積まれると火が点けられた。

ほとんど動かない体を、必死に動かしてもがいても火はアタシの足を焼き始める。

「ぎゃっ!!熱い!!熱い!!」

痛覚が呼び覚まされたように、激しい痛みと熱さを感じた。

すぐに藁の煙が口や鼻から入ってきて、息もできなくなる。

大勢の目が、アタシがもがき苦しむさまをじっと見つめている。

足元から這い上がる激痛と、自分の体が焼ける異臭。

目と鼻と口を塞ぐ煙。

ちくしょう!!

ちくしょう!!ちくしょう!!

殺してやる!!

絶対に殺してやる!!

言葉にならない声を最後の力で絶叫した。


「ぎゃああああ――っ!!」


目を開くとアタシはお風呂に浸かっていた。

あんまりにも気持ちよくて寝てしまったんだ……

それにしてもなんだ今の夢?

自分の右手をかざして見つめる。

夢の中で地面に縫い付けられた右手。

まだ感触が残ってる。

それにあの悲鳴…… どっかで聞いたことがある。

どこだろう?


そうだ……

あの声だ。

新学期初日に、電車の中で杏といるときにヘッドホンから流れてきた気持ちわるい声。

あのまんまだ!



ピチョン……



目の前に水滴が落ちた。

お湯の中に赤黒い綿のようなものがもわもわと広がる。

「ええっ?」

驚いて上を見ると赤黒い水滴がぼたぼたと落ちてきてアタシは引きつった。

これって血じゃない!?

赤黒い血が湯船の中で広がっていく。

湯船から出ようと立ち上がろうとした瞬間、強い力で足を引っ張られた。

「きゃあっ!!」

ガボボボボ……

お湯の底は真っ暗でなにがアタシの足を掴んでいるのか全く見えない。

苦しい……!!

お湯の中でもがくアタシの手を誰かが力強く引き上げた。

「ぶはあっ!!」

お湯から顔を出したアタシは必死にバスタブを掴むと、思い切り酸素を吸い込んだ。

「なにやってるの?」

「えっ」

バスルームのドアを開けてお母さんが目を丸くして立っている。

「お母さんが引き上げてくれたの?」

「何言ってるのよ?大きな声出してバタバタ騒ぐ音がしたから来たんじゃない」

「違うの!いきなりお風呂が、アタシ溺れそうになって――」

あれ?お湯は普通に綺麗なまんまだ……

さっきまで赤黒く濁っていたのに、そんな形跡はどこにもない。

バスタブの底だってちゃんと見える。

「あんた、湯船に浸かってて寝ちゃったんでしょう?それで体勢崩したんじゃないの?危ないから気をつけなさい。あんたになにかあったらお母さん、どうするのよ?」

「ごめん」

「気をつけてね」

そう言うと、お母さんはドアを閉めた。

「なにこれ!?廊下が濡れてるじゃない!」

お母さんの声が聞こえる。

アタシは湯船から出ると、シャワーを浴びてお風呂から出た。

脱衣所で部屋着を着て、チョーカーを着ける。

廊下に出ると、お母さんが床を拭いた跡があった。

バスルームから玄関の方へ続いている。

なんで……?


結局は、あの気持ち悪い夢だけじゃなくって血の風呂までが夢だったのか……

でも、足にはあのとき掴まれた感触が今でもリアルに残ってる。

さすがに手形なんてついてないけど。

それからアタシの手を掴んで引き上げてくれたときの感触も。

アタシはドライヤーで髪を乾かしながら、自分の手をまじまじと見つめた。





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