天井裏の友人
初めて敏樹先輩の家に行った。
久しぶりにイチャイチャしちゃったな……
思い出すと恥ずかしいけどニヤけてきちゃうよ。
家に帰ると杏から電話が来た。
「はいはい~」
『沙耶、今って大丈夫?』
「うん」
どうしたのかな?
『今日はちょっと言いそびれたことあって』
「なによ?」
『実はね……浩一先輩と付き合うことになっちゃった!』
「ええっ!うっそ!やったじゃん!」
おいおい、なんだその急展開は?
「すごいじゃん!どうしたのよ一体?」
浩一先輩と杏はほとんだお話したこともなければ面識だってなかったと思ったけど。
『前に練習や試合見てたの覚えてたんだって』
へ~…たしかに学校だと私達はギャル系で目立つからな。
しかも杏はクールビューティーだし。
『今朝、学校に来るときに声かけられてさ……ちょっと話があるとか言われて。そうしたら私のこと好きって言われて……最近になってすごい気になって仕方なかったって言われた』
「最近?」
『うん。夏休みの練習一度見に行ってるから……旅行から帰ってきてからの頃だと思う』
杏の声からはここ最近、聞いたことのないくらいの嬉しさが伝わって来る。
アタシも聞いていて嬉しくなった。
でも、浩一先輩ってそんなタイプに見えなかったけどな……その、積極的に女子に声かけるような。
そのことを疑問に感じたけど、好きになったら声かけるのは普通か。
「良かったね!杏!」
『うん……でも不謹慎かな?』
急に杏の声が暗くなった。
理由はきっと、奈美が行方不明になっているからだ。
『奈美がいないときに……なんかフェアじゃないっていうか、私もこんな喜んじゃって』
杏の言葉を聞いていて気にしすぎだと思った。
「それはそれだよ。だって浩一先輩は前から杏のこと気になってて好きになったわけでしょ?仮に、今奈美がいても結果は同じだったんだよ。それに――」
アタシは一旦言葉を区切ってから付け加えた。
「奈美だって喜んでくれると思うよ。だから嬉しいときは遠慮しないで喜びなよ」
『ありがとう沙耶』
杏の声が明るさを取り戻した。
由佳が死んで、奈美が行方不明。
でもアタシ達の周りでは時間は止まらず進んでいる。
こういう喜ばしい出来事も起きる。
これは仕方ないことなんだと思った。
『ところでさあ、沙耶』
「ん?」
『直也先輩の話ってどう思う?今日のやつ』
「神社の祟りがどうのってやつ?」
『うん』
杏もまだ気にしてたのか。
アタシが鈍いのかな?
「私はありえないっていうか、ちょっと信じられない」
そして敏樹先輩と話したことも教えた。
アタシ達二人とも、そんなオカルトじゃないって。
犯人はきっと神社とは関係のない、頭のイカレた変質者かストーカーだと思ってるって。
『でも帰ってから検索するとけっこうあるんだよね……あの神社絡みじゃないかって噂されてるの』
「そりゃあ気にしたら、一つや二つあてはまる事はあるかもよ?でも当てはまらない事のほうが多いじゃん」
『そうかな?』
「そうだって」
『私はなんか信じちゃうっていうか、ああいうの見ちゃうと……沙耶、あの拾ってきたの捨てちゃいなよ。絶対何かありそうだって』
「ないって。それにこれ気に入ってるから」
アタシは笑いながら言って、胸元の勾玉を指でつまんで見た。
蛍光灯の明かりを反射しててキラキラ光ってる。
『沙耶はいいよね~、そういうの気にしないで強くって。私なんかテレビの怖い話とか心霊特集見ちゃうと夜中にトイレも怖くて行けないもん』
「アハハ、それはアタシも同じだって。ただ信じてないから実際には関係ないと思ってるだけ。テレビの映像とかは怖いって思うよー」
『そっかあ……私もそうなりたいよ』
「杏ちゃんは繊細だから、ちょっと無理かもね~」
アタシがふざけて言うと、杏は電話の向こうで笑った。
しばらく話してから、電話をそろそろ切ろうという時に杏が言った。
『奈美、帰ってくるといいね』
「そうだね……戻ったらみんなで遊びに行こう」
『うん』
「じゃあ、また明日……って、ちょっとまって」
『どうしたの?沙耶』
「杏、恋愛成就おめでとう!アタシも嬉しいよ!」
『ありがとう!また明日ね!』
「うん!」
いい気分で電話を切ると、少ししてから彩から電話が来た。
内容は、直也先輩が話したことについてだった。
彩も半ば信じてるみたいだ。
アタシは、ついさっき杏に話したようなことを彩にも話した。
一時間くらい話すと、彩も少し安心したふうに電話を切った。
やれやれ……
お風呂に入ったあとにドライヤーで髪を乾かしながら、ファミレスで聞いた話を思い出してみる。
たしかに気持ち悪い話しだ。
アタシ達と同じ神社に行った人が死んでるんだから。
しかも最終的には二件とも自殺だからね……
あーあ、嫌だ嫌だ。
アタシは激しく地面を叩く雨の中を一件の家目指して歩いていた。
辺りは暗く、おまけに雨のせいですれ違う人の顔もよく見えない。
目的地に着いたけど犬がやかましく吠えている。
燗に障ったので黙らせてからインターホンを押すと玄関の扉が開いた。
「どうしたの?」
「ちょっと近くまで来たから」
「雨すごいね!まだお父さんもお母さんも帰ってきてないから入ってよ」
由佳に勧められるまま家に入ると、アタシは持っていた紙袋からナタを取り出して振りかぶった。
「そうだ!あっ――」
振り向いた由佳の脳天にナタを一撃。
ぱっくり割れた額から真っ赤な血が噴水のように噴出した。
バタンと倒れた由佳はまだ死んでない。
何が起こったのか理解できないという目をこちらに向ける。
いつも気前よくペラペラ喋る口も、恐怖と混乱でパクパクするだけで声すら出てこない。
アタシは由佳に馬乗りになると、ナタを振り上げて何度も何度も振り下ろした。
耳に響く、由佳の悲鳴。
痛い?痛い?
ナタで切り裂く度に血が噴き出し、アタシの顔や髪を濡らす。
廊下も壁も血みどろ。
アタシはズタズタに切り裂いた由佳の死骸を見下ろすと、さっき黙らせた犬の死骸を持ってきて横に並べてやった。
一仕事終わると疲れたので帰ろうと玄関まで歩いていこうとした時に、ふと横にあった姿見を見てみる。
あれ?
血だらけになった自分の顔。
これは誰だろう?
アタシはこんな顔だったかな?
誰あんた?
返り血を浴びた髪、顔、目が爛々と輝いてニタニタと笑っている。
「うわあっ!!」
大きな声とともに目が覚めた。
なんだっていうの?今の夢は?
由佳を殺す夢を見るなんて……
部屋着が汗でぐっしょりと湿っているのを感じた。
やばいなこの夢は……
アタシも直也先輩の話をどっかで気にしてたってことか。
電気を消した部屋の中で壁にかかった時計の音だけが規則正しく聞こえる。
カチッ……
あれ?止まった?
けっこう古いからなこの時計。
スマホを見ると午前2時。
中途半端な時間に目が覚めたもんだ。
喉がカラカラに渇いてる。
下に行って飲み物でも持ってこよう。
ふと直也先輩の言った言葉を思い出した。
「寝ているときは記憶なんてないか……」
短く息をふっと吐くと、立ち上がって電気を点ける。
カチッ…カチッ…
止まっていた時計が動き出した。
ちらっと古くなった時計を見てから、部屋の中をなんの気なしに見回す。
異常なし……あるわけないね。
飲み物を取りに行くために部屋を出るとアタシはドアを閉めた。
朝になっていつものように、電車に揺られながらあくびをする。
あれから変に頭が冴えて二時間は寝れなかった。
しょうがないからスマホで遊んでて、ようやくうとうとしたと思えば4時。
時計を見た時の絶望感ときたらない。
こうなったら学校で寝るしかないか。
一限、二限はうるさい先生じゃなかったから寝れるのが幸いだ。
学校に着くと、杏と彩が先に来ていた。
「おはよう沙耶!」
「おはよう!どうしたの?超眠そうじゃん?」
二人が交互に話しかけてきた。
「おはよう。昨日変な時間に目が覚めちゃってさ」
話してるそばからあくびが出てくる。
「結局、寝たの四時だよ」
「あ~わかる。そういうときってあるよね」
杏が顔をしかめながら同情的に言うと、彩もうなずいた。
「とりあえず様子みて寝るわ」
言ってから杏の顔をチラッと見る。
「あれ彩には話した?」
「ううん。まだ……」
ちょっと恥ずかしそうに答える杏。
「なになに?なんかあるの?」
「あるんだよね~」
アタシは言いながら杏の顔を見てニヤニヤする。
杏も苦笑すると彩が焦れたようにアタシ達二人に言った。
「ちょっと教えてよ~!」
「わかったって!はい、杏さんどうぞ」
と、杏に振る。
「ウウン!実はね……」
杏はかしこまって咳払いしてから浩一先輩と付き合うことになった話をした。
「マジで!?やったじゃん!おめでとう杏!!」
飛び上がって喜ぶ彩。
「サンキュー」
照れながらお礼を言う杏。
昨日もあれから電話で話したらしい。
アタシと彩で冷やかしていると始業のチャイムが鳴った。
「じゃあ続きはまた後でね♪」
杏はそう言うと手を振って自分の席に戻っていった。
なんかいきなり綺麗になったよな、杏。
もともと大人っぽくて綺麗だけど、今朝は輝いてるね。
これが恋の力ってやつか。
「いいな~杏」
彩が羨ましそうに言う。
「さあさあ、アタシは寝るから彩も席に行きなさい」
「は~い…」
ちょっと不満そうに席に戻る彩。
さて、授業が始まったらゆっくり寝るかな。
一限目が始まったらソッコーでうとうとした。
ボタ……
ん?なんか机に落ちた?
目をぼんやり開けると机に黒い液体が二滴落ちている、しかもとても臭い。
なにこれ?
いきなり目が覚めるほどの、なにか腐ったみたいな臭いだ。
教室がざわざわしてる。
見るとアタシだけじゃなくって周りの席の子の机にも滴り落ちていた。
見上げると、いつの間にか私の上の天井ボード四枚ほどにどす黒い染みが広がっていている。
そこからボタっと黒い雫が滴り落ちているのがわかった。
なんだこれ?
こんな染み、朝気がつかなかったぞ。
しかも凄い異臭。
先生が窓を開けるように窓際の子達に指示してる。
ミシッ……
ボードが軋む音がした。
「危ないから席から離れて」
先生がアタシ達に言うと、みんな二、三歩さがった。
ミシミシッ!!
天井ボードはさらに軋んだ音を立てたかと思うといきなり割れて、そこから黒い塊がドサドサッと落ちてきた。
「ぎゃあああ―――!!」
「きゃああ――!!」
教室中に悲鳴が響いた。
アタシもあらん限りの声で悲鳴を上げた。
落ちてきたのはバラバラになった人だった。
しかも腐りかけている。
胴体と両手足、頭と六個に切断された死体。
その顔は……
「いやああ―――っ!!奈美!!」
叫ぶアタシの肩を晴海がつかんだ。
「沙耶!」
振り向いて晴海の顔を見るが、震えるばかりで言葉が出てこない。
「うえっ……げぇ!!」
あまりのことと、強烈な腐臭にアタシは思わず嘔吐して、杏は失神、彩は失禁してしまった。
行方不明になっていた奈美は、バラバラにされて教室の天井裏に捨てられていた……