神社
次の日になって、学校が終わるとみんなでファミレスに集合した。
奥にある窓際の六人がけのテーブルに、先に来ていた敏樹先輩達が座っていた。
「沙耶」
店内に入ってきたアタシ達を見つけて、敏樹先輩が立ち上がって声をかける。
手を軽く振って応えると、杏と彩と一緒に陽射しが差し込むテーブル席に着いた。
久しぶりに見る直也先輩の様子は、どこかぐったりして顔色もよくなく、目の下にもくまが……
明るい直也先輩が別人みたいだ。
アタシ達は壁側のソファーにカバンを置くと、ドリンクバーから飲み物を取ってきて座った。
「先輩、今日はどうしたの?」
女子を代表するように、まずはアタシが敏樹先輩に質問した。
「昨日も言ったけど直也が話があるみたいなんだ」
そう言うと、直也先輩に促す。
ぐったりしていた直也先輩はイスに預けていた体を起こすと口を開いた。
「あの……あの神社は……やばい神社だったんだよ……やっぱ入ったらいけなかったんだ……祟りはあったんだよ」
「えっ」
アタシと杏、彩は顔を見合わせる。
そして敏樹先輩と佳祐先輩の顔を見た。
二人とも初めて聞くらしく、眉を寄せたり首をかしげている。
「なあ?神社って夏休みの海で行った、あの神社か?」
敏樹先輩が聞くと直也先輩は無言でうなずいた。
「やばいって?どういうこと?祟りって?」
手に持ってるコーラのグラスを置くと、直也先輩に聞いた。
直也先輩は無言で胸ポケからスマホを出すと、画面を操作してからテーブルの中央に置く。
私達は身を乗り出して画面を見た。
「見にくいなら手に取って見てくれ」
そう言われて、敏樹先輩から時計回りに順番に見ていく。
それは何年も前のニュースだった。
ある住宅街で起きた事件。
110番通報があって警察官が来てみると、六人が死んでいた。
しかも犯人はその家の息子で、二、三日前に親を殺してバラバラにして浴槽に放り込んでた。
「それ、当日死んだ三人……犯人含めて四人か。お互いに殺しあったらしい」
直也先輩は虚ろな目をスマホを見るみんなに向けて言った。
「これと俺らが行った神社が、なんか関係あんのかよ?」
敏樹先輩が聞くと、直也先輩はスマホを操作して違う画面を映した。
「このサイト見てみな」
またテーブルの真ん中にスマホを置く。
今度は個人がこの事件についてまとめてるサイトみたいだ。
「これこれ」
直也先輩は画面を少しスクロールさせると、ある画像のところで止めた。
全員が目を見張った。
男女四人が写ってる画像が数枚。
男三人、女一人。
一人を覗いて目の部分にモザイクがかかっている。
白い歯を見せて笑っているところを見ると楽しそうな様子に見える。
その後ろには私達が行った神社が写っていた。
「これ、もしかして?」
彩が画像を指さしながらアタシと杏の顔を見る。
杏がカバンからスマホを取り出して、アタシ達が神社で撮った画像と見比べた。
「同じだ」
杏が画像を凝視しながら言う。
二台のスマホを並べると、写っている神社が同じものだということは間違いなかった。
だからなんなんだろう?
口にこそ出さなかったが、アタシは内心では首を傾げていた。
こんなのたまたまじゃん?
杏と彩は怖がってる感じがするが、敏樹先輩と佳祐先輩の顔はアタシと同じように懐疑的だった。
「こいつら、SNSで仲良くなったんだよ。たしか心霊スポットとか好きっていうんで」
直也先輩が画像の四人を指さして言う。
「いろんなスポット回ってたらしいよ。で、最後に行ったのがこの神社。死んだのはそれから半月以内らしい」
「なんで神社に行くと死ぬんだよ?」
佳祐先輩が聞いた。
「何かがいるんだってよ。この拝殿の中に」
「なにかって...?」
杏が不安げに眉をよせて尋ねる。
「さあ...それは誰もわからないみたいだ」
わからないんじゃあ話しにならない。
だって、誰にもわからないのにどうして拝殿の中に、何かがいるってわかるのよ?
結局は誰かが悪ふざけで無理やり結び付けてるのかと思う。
「沙耶、変な石拾ってきたじゃん?大丈夫なの?」
「ああ、これ?今もしてるけど全然平気」
心配そうに聞く杏に、ブラウスから出して見せた。
「私、金縛りとかあったんだけど」
アタシの腕をつかんで彩が訴える。
「それ疲れてるんだよ。由佳のこともあったし。私だって変な夢見たし。でも誰でもあるんじゃない?」
もし幽霊だとしたら、なんの祟りなんだろう?
だってアタシ達、なにも悪いことしてないし。
だから祟りとか、そういうのは由佳の事件に関係ないと思った。
でも直也先輩は祟り説を主張し続ける。
「それから、このサイトの管理人も記事を書いたあとに神社に行ってる。帰ってきてから自殺したけどな」
自殺という言葉が嫌な空気を作った。
「わかんねえよ。それがどう関係するのか」
敏樹先輩が困惑気味に言う。
「管理人のブログ、最後の方を読んでみ」
言われて画面を見る。
そこには、強烈に人を殺したい衝動に駆られることに対する怯えが何度も書かれていた。
原因は神社に行ったときに、何かをそのまま持って来てしまったからのようだ。
その何かが自分の中にいて話しかけてくるらしい。
だんだんと自分の意識が薄れて記憶がとぶ。
その間は自分が何をしているかわからない。
その何かは自分の体を使って人を殺したいようだ。
頭痛の頻度が上がったのは関係あるのか?
そんなことが繰り返し書かれていた。
そして最後に、もう抗えない、自我を保つ自信がない。
と、書かれていて、その日付を見るとそれが管理人の最後の記事だった。
神社から戻って、わずか三日だ。
「私、最近頭痛とかする」
「頭くらい俺だって痛くなるさ」
心配そうに言う彩に敏樹先輩が言った。
「アタシなんて帰ってきてから頭痛とか感じたことないよ」
「そうなの?」
アタシが言うと、杏が聞き返した。
ってことは杏も頭痛あるんだ。
考えすぎだよみんな。
そんなアタシ達のやり取りを無視するかのように、直也先輩が言う。
「ガソリンをかぶって自殺したんだよ。この管理人。ニュースにもなった。もちろん神社がどうとかは誰も扱わなかったけどな」
凄惨な話に私達の辺りだけ、周りの喧騒から切り離されたみたいな空気になった。
「この神社、オカルト好きの間ではわりと有名なんだよ。いろいろ言われてる」
言いながら直也先輩は別の画面を見せる。
今度は心霊やらが好きな人が集まるサイトだ。
そこには神社に行った人に起こった現象について、いろいろなことが書いてあった。中でも多く見かけたのは、
「人に取り憑いて殺人を繰り返す」
「家族でも友達でも殺しあう」
という内容。
殺し合う?どういうことだろう?
「助かるためには殺すしかない」
「取り憑かれた人間を殺せば助かる」
それって……。
杏や彩に加えて、佳祐先輩まで神妙な顔つきになった。
「俺は由佳を殺したのは、奈美なんじゃないかと思ってる」
「ええっ!なんでそうなっちゃうのよ!」
アタシは思わず大きな声を出してしまった。
周りの視線がチラチラ集まって恥ずかしい......
「なんでそうなっちゃうのよ?」
もう一度小さめの声で言った。
ここで、奈美のせいにするとか正直引く。
「正確に言うと、奈美に取り憑いてるやつだよ」
アタシが納得いかないような顔をすると、
「あるいはこの中の誰か......かもな」
直也先輩はみんなの顔を見回して静かに言った。
「わ、私はそんなことしてないし!」
「私も」
彩と杏が即座に否定した。
もちろんアタシも二人に続いて否定する。
だいたい幽霊が取り憑いて人を殺すとか、作り話ならまだしも、現実にあると言われたら「はあ?」としか言えない。
「身に覚えがなくても寝てる時の記憶なんてないからな。それに――」
「直也、とりあえず止めようぜ」
敏樹先輩がやんわりと途中で遮った。
「おまえが気に病むのはわかるけど、いきなり幽霊だ祟りだと言われても、ピンとこねえよ」
アタシも敏樹先輩に続いた。
「やっぱ犯人がさっさと捕まんないからさ。気になっちゃうのよ。ねえ?」
「そうだよね」
アタシが振ると、杏が少し安心したようにうなずく。
彩も、ちょっとホッとしたような顔をした。
「そうか...まあいいや...悪かったな。変な話をして」
「じゃあ、話題でも変えるか!」
佳祐先輩が雰囲気を和らげるように提案するとアタシも「賛成!」と言って別の話題を振った。
それから一時間くらい話して解散した。
アタシと敏樹先輩はみんなと分かれて二人きりになる。
「直也先輩、どうしちゃったんだろうね?普段は明るくて楽しい人なのに」
「あいつって、ああ見えてオカルト好きなんだよな」
言われてみれば、海のとき何げに神社の噂を知ってたな。
「たまたま同じ神社に行ったやつが変な死に方してるから気にしちゃったんじゃね?別に怖がらせようとかじゃなくて」
「そうだよね。悪い人じゃないもんね......」
ただ、一つ納得できないことがあった。
「でも、奈美を犯人扱いしたのはアタシとしてはちょっと引いたよ」
いくらなんでもあれはない。
「あ~、あれな。ほんとごめんな」
「別に敏樹先輩悪くないし」
「いや、友達だから」
敏樹先輩は苦笑いして言った。
イイ男じゃん!
「そういうとこ好き」
アタシはそう言うと敏樹先輩の腕にしがみついた。
「由佳を殺ったのは、頭がイカレた変質者だよ。幽霊とかありえねーって」
「うん!アタシもそう思う!」
「そうだ。俺の家いこうぜ。今日は誰もいないし」
「ん~家~?」
誰もいないのか。
ちょっと考えるふりしてからOKした。
「いいよ♪途中コンビニある?」
「ああ」
「よし!行こー!」
敏樹先輩の家はじめてだな。
どんな感じだろう?
歩いてる途中でスマホをチェックした。
奈美からはなんの連絡も来てなかった。