そなたが落としたのは、
「そなたが落としたのは、見目麗しく慈悲深く理知的で王家の血も継ぐ公爵家の嫡男か。それとも、美男子かつ老若男女に好かれる性格で領地の豊かさに甘んずることなく領地改革を進める器量の広い侯爵家の嫡男か」
湖に、婚約者が落ちた。
その湖から、湖の精霊と思しき美丈夫が現れた。
そしてわたしに、そう問うた。
彼が示したどちらにも思い当たる方はいるものの、どちらも婚約者と騙るのも大層恐れ多い御仁で、更にどちらにも仲睦まじい婚約者がいらっしゃる。わたしが湖に落とした(正確には、勝手に落ちた)のは、見目、性格、家柄、才能、あらゆる点において平々凡々ながら、爵位を笠にきて鼻息荒くのけぞり返る男爵家三男だ。最近は婚約しているわたしよりも優先すべき方が現れたらしく、人目のないところでその方の腰を抱いて、不適切な行為をしている様も散見された。
隠すことなくそう答えると、美丈夫は「そなたは正直な者である。見目麗しく慈悲深く理知的で王家の血も継ぐ公爵家の嫡男、美男子かつ老若男女に好かれる性格で領地の豊かさに甘んずることなく領地改革を進める器量のある侯爵家の嫡男、両方を授けよう」などと言う。
「いえいえ、わたしはしがない商家の娘です。どちらの方に嫁いでも幸せにはなれないと思います故、謹んでご遠慮申し上げます」と答えると、彼は「ふむ」と暫し考えた。
それから美丈夫はその後私の前に跪き、「心の美しき正直な乙女よ。その心の美しさに我は惹かれた。貴女と共に生きる許しを」とわたしの指に口づけた。
その瞳の熱さに、わたしは彼に身を委ね湖の住人となった。彼の見た目が好みだったことも大きいけれど、それはまだ内緒にしている。
そして、わたし達はいつまでも幸せにくらしましたとさ。
~めでたし めでたし~