第9話 不意打ちのキス
南雲さんは面白い。不覚にも、もっといろんな顔を見てみたいと思ってしまった。
私なりに核心をついたことを言っても良いのかな?
「……私と会いたくて仕方がなかったってことですよね?」
「……」
結構、勇気を出して言ったのに。南雲さんは黙って、うつむいてしまう。
「……アイドルの曲でさ、『会いたかった』って繰り返す歌あったよね」
話逸らすんかい! まぁ、妙な空気になるのも嫌なので、今回はスルーしてあげることにする。
「そうですね。それで、私たちは何故、クローゼットを通じて会うことができたと思いますか?」
「うーん。そこなんだよね。本当にわからない。でも何かあるはずだと思うんだよね。何もなくて三莉と出会っているなら、もっと面白いんだけど!」
「……」
ポジティブで陽気。ふざけているの?と思いそうなところ、彼女は本気で言っているように感じる。
だけど、この謎の状況を深刻に考えてしまうのは怖かった。明るく話をしてくれるのはありがたいと思った。
「私たちに何か共通点はあるんですかね?」
「その着眼点いいね!」
「そうですか?」
「うん。今のところ、わたしと三莉、性別が同じってことしか共通点がないよね。性格は真逆な気がするし。歳も違うよね」
「……はい。ちなみに南雲さんは、今まで、誰かとクローゼットがつながった経験ってあるんですか?」
「ないよ」
「そうですか。私もないです」
ヒントが少なすぎて、手探りでしか会話ができない。
「だけどさ、初めて三莉を見た時、なんか既視感があったんだよね」
「えっ?」
彼女が興味深いことを言った。
「初めて出会った気がしないというか。なんか懐かしさを感じたんだー」
「そうですか。なんでだろう……。私の方は、既視感?みたいなものはなかったんですが」
「まぁ、それよりさ」
彼女はポケットからスマホを取り出す。
「LINE交換しない?」
「……はい!」
初めて南雲さんに会った時に私も考えていたことだった。その時はインスタの方が良いかなと思っていたけど、彼女から"LINE“と指定されてしまった今、別な案を提案するのも野暮だと思った。
南雲さんがLINEのQRコードを出して、私が読み込む形となる。友達とも、いつも交換している手順だ。慣れているはずなのに……あれ。QRコードを読み込むことができず、エラーになってしまった。
「おかしいな」
「変ですね」
今度は私がQRコードを出す側に回ったけど、駄目だった。他にも、インスタを教えてもらおうとしたり、メールアドレスを言ったりするなど、さまざまな方法を試したけど連絡先交換は上手くいかなかった。
南雲さんと初めて会った時、お互いに住んでいる場所を伝えることができなかった。まさか、連絡先も交換できないようになっているのだろうか。
気付いたら時刻は22時55分だった。この前と同じだったら、あと5分で南雲さんとお別れすることになる。
なんだか切ない雰囲気になった。
「あー。1時間ってあっという間だね!」
「本当に。一瞬にして過ぎますね……」
「……もしさ、わたしたち、このまま二度と会うことができなかったらどうする?」
「えっ……」
彼女が意味深なことを言う。私はなんとなく、また来週会える予感がしていた。
そっか。ルールを明確に知っているわけではないから、また会えるという保証はないんだ。
考えていることが、顔に出ていたからだろうか。
「しょんぼりするなよ!」
彼女に突っ込まれてしまった。
「だって……」
なんだか泣きたくなってしまって、彼女から目を逸らす。
「……三莉、握手してくれる?」
「? はい」
南雲さんが私に向かって、そっと右手を差し出す。
私は寂しさが込み上げてくるのを堪えて、彼女の手を優しく握った。ひやっとした感触がやけに印象に残った。
「ありがとう」
「……」
「最初の方、グイグイ近寄ってごめんね」
「……」
「もうしないから」
「……」
「なんか、言ってよ」
「……」
「……部屋の隅、まだちょっと汚いね!」
「!!」
そんなわけはないはずだ。南雲さんと初めて会った次の日、隅から隅まで部屋をきれいにしたはずだった。
南雲さんの目線の先を追うと、スマホやパソコンの充電器が雑に置かれたエリアがあった。……あれは汚いところに入らないはず!
こんな別れ間際で、デリカシーがないことを言うなんて……。
私は抗議のつもりで、彼女の手を離し、軽く睨んだ。
そんな私の一挙一動をニヤニヤした顔で見ている南雲さん。
「三莉、かわいい!」
そう言うと、私のほっぺたに顔を近づけて——キスをした。
一瞬、何が起こったかわからなかった。シャンプーの香りだけが、私を現実に戻してくれる。
「……なななっ」
何か言いたかった。しかし、次の瞬間、目の前が真っ白に光った。
えっ。何これ。
戸惑いの中、次に目を開けたら、南雲さんがいなかった。見慣れた自室に、一人、突っ立っていた。