第8話 また会えたね
開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うんだろう。まさかまた南雲さんに会えるなんて……。
私は咄嗟に髪を触った。確かに、まだ濡れている。今日会えるとわかっていたら、きちんと髪を乾かしておいたのに。
私は素直になれずに「余計なお世話!」と言い返した。南雲さんは口元を緩ませている。
「また会えたね」
「……」
「あれ、嬉しくない?」
南雲さんは私に駆け寄り、首を傾げる。
突然のことに驚き固まる。「嬉しい」と感じる心の余裕を持つことができなかった。
「おーい」
私が何も答えないからか、南雲さんはグイッと顔を寄せてくる。
「ち、近いですよ!」
「へへーん。いいじゃん!」
「離れてください!」
「嫌だね〜」
あまのじゃくな彼女は、私を見てニヤニヤしている。
気持ちがいっぱいいっぱいになってしまい、私は掛け布団の中に隠れた。まるで子どもみたいと笑うだろうか。
だけど、急に南雲さんが現れて、髪が濡れてるとまた言われて、グイグイ距離を縮められたら、とたんにどうして良いかわからなくなった。これは、私の防御策だった。
突然のことに南雲さんは驚いただろうか。でも、少しだけ距離を取ってほしい。
視界が真っ暗な分、人が離れる気配がわかりやすい。南雲さんは私の側から、きっと離れた。
あれ? どうしたのかな。
何が起きているかわからない状況は怖い。確認のために、そっと掛け布団から顔を出して彼女を見る。
南雲さんは私の部屋の隅にいた。両手で丸を作り、——まるでメガネのようにして、私を見ていた。
「な、何しているんですか?」
謎の行動に気を取られてしまい、つい質問してしまった。
「三莉が嫌そうにしてたから離れた。……でも、三莉に興味があるから、部屋の隅からじっくり観察させてもらってた」
「ええっ!?」
意味がわからなくて吹き出してしまった。どうやら彼女はふざけているのではなく、本気のようだった。
「……そんな、遠くにいたら落ち着かないので、もうちょっと近くにきても良いですよ」
「やった! これくらい?」
南雲さんが私に向かって一歩踏み出す。
「うーん。もうちょっと良いですよ」
「じゃあ、これくらい?」
もう一歩、前へ進む。焦れったい気持ちになる。
「……南雲さんの好きな場所にいて良いですよ」
「じゃあ、こんな感じ!!」
そう言うと、彼女はダンダンダンと前へ進んで、ベッドの近くまで来る。目がキラキラ輝いていて、まるで無邪気な子どものよう。そのまま、私の掛け布団に突っ込んできて、引っ付いて離れなかった。
「わあああああ!!」
「っあはははは!!」
彼女は嬉しそうに笑った。近寄っていいなんて許可は取っていない!
私は掛け布団の中に、じっとこもったままだった。
「……出ておいでよ」
「南雲さんが上にいるので出られません」
「確かにそうだね! はい」
そう言った後、私の机の前にある椅子に座った。
「座っても良い?」
「……もう、座っているじゃないですか」
「確かに」
「……」
「ってか、三莉と話したい! とりあえずミノムシになるのはやめてよ」
「……ミノムシ」
「また会えた感動の再会はさておき。今の状況について整理したいからさ、出ておいでよ」
もしかして、今のは彼女なりの歓喜のリアクションだったのだろうか。わかりやすいようでわかりにくい……。
南雲さんと前回会った時、たしか1時間くらいで、クローゼットを行き来することができなくなっていた。こうして自分の殻に閉じこもっている時間こそ、もったいないのかもしれない。
私は、のそりと掛け布団から出た。
「おっ。顔赤い」
「……そりゃ、予想外の行動を取られたら、誰だってテンパってこうなりますよ!」
「ふふーん」
む、ムカつく!
ベッドから降りて立ち上がる。彼女の視線が、静かに私を見上げていた。
「前回、三莉と会ったのは日曜日で……今日も日曜日じゃん? きっと、わたしたちは日曜日の22時から23時まで、クローゼットを通じて会うことができる仲なんだと思う」
南雲さんは、先ほどとは打って変わって、冷静に分析し出す。ギャップがあり、面食らってしまった。
「……確かにそうかもしれないですね。この一週間、南雲さんのクローゼットとつながる気配はまったくなかったし」
「あれ? もしかして三莉待ってたりしたの? かわいい」
「……待ってないです」
「そ、そっか」
ぴしゃりと言ったら、南雲さんの調子が狂った。あれ? これは……。
「それじゃあ、南雲さんは私のことを待っていたということですか?」
少し攻めたことを言ってみる。
「どうだと思う?」
……調子を崩すことはできなかった。
「え、えーっと、待ってはいないと思います……はい」
「ええっ!? そこは『私と会いたかったんでしょ? ふふっ。素直になりなよ。南雲さんかわいい』っていうところでしょ!!」
彼女は熱弁する。なんなんだこの人。