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第27話 妹





 家に帰り、何か食べるものがないかなと冷蔵庫を物色していたら、お母さんがリビングにやって来た。どうやら今日は休みのようで、一日中寝ていたらしい。


 板川さんとのことがあって気まずかったけど、「おはよう」と声をかけた。お母さんからも「おはよう」と返ってくる。


「昨日はごめんね。疲れたでしょ」


 昨日、お母さんは板川さんを庇うような行動を取った。だけど、冷静になった今、しっかり謝ってくれる。嫌な人ではないのだ。


「ううん。こっちこそごめんね」


 そう言ってから、冷蔵庫をパタンと閉めた。めぼしいものは何もなかった。


「龍二から聞いた。三莉の部屋に勝手に入ったんだってね」


「うん」


「私の部屋だと思って入ったって言ってたけど、信じられないわよね。こっぴどく叱っておいたから」


「……別にもういいよ」


 お母さんがそう言ってくれたから、気持ちの落とし所がついた気がした。正直、まだ胸はムカムカしていたけど、時間が解決してくれると思った。


「三莉、何か困っていることはない?」


 うーん。困っていることかぁ。あっ。


「私、かわいいパジャマがほしい」


「パジャマ?」


「うん。駄目かな?」


「もちろんいいわよ。どんなのが欲しいの?」


「えっとね」


 私はスマホを取り出して、前に見た通販サイトをお母さんの前で開いた。


 南雲さんと会う時に着られるような、かわいいパジャマが欲しかった。


「へぇ。いろんなデザインのものがあるのね」


 パジャマの項目でヒットしたものを、端から順番に見せる。


「うん。新作が次々に出るんだ」


「……今度、一緒に買いに行く?」


 私の目を見ながら、優しくそう言った。


「うん!!」


 嬉しい。まさか、お母さんから誘ってくれるなんて。


 昨日は絶望するくらい嫌なことがあったけど、こんな風に思いがけず良いことがある。そんな毎日の繰り返しで傷も癒えていくのかな。 


 お母さんに彼氏ができてもいい。だけど、私を一番に見てほしかった。そんなことを板川さんと会って、気づくことができた。


 私は人の気持ちを読もうとするくせがある。それなのに、自分のこととなると時間をかけて本当の気持ちを知ることになる。


 それはまだ私が子どもだからだろうか。大人はすぐに自分の気持ちに気付くことができるのだろうか。早く大人になりたいな。そんなことを、ふと思った。





「三莉、それってFURILのパジャマだよね? かわいい」


「うん! わかるの?」


 日曜日。22時ちょうどに、南雲さんが私の部屋にやってきた。今日は、お母さんと出かけた時に買った、おろしたてのパジャマを着ていた。パープルカラーのリボンがついたシャツとショートパンツ。デザインがかわいくて一目惚れしたパジャマだった。


 お母さんとは昨日、朝から晩まで出掛けていた。ランチに、コース料理を奢ってくれて嬉しかった。メインの牛フィレ肉のステーキが美味しかった。


 南雲さんがFURILのブランドを知っているのは意外だった。彼女はいつもシンプルなTシャツにジャージを着ている。


「わかるよ! だって、妹が好きなブランドだったから」


 えっ?


「……確か南雲さん、前に一人っ子って言ってましたよね」


 前に兄弟がいるか聞いたとき、彼女は「いない」と言っていたはずだ。だから、てっきり私と同じ一人っ子だと思っていた。


「うん。正確には"いた"んだけどね」


 ゾクっと鳥肌が立った。目がこちらを捉えていても、私自身を見ているわけじゃないと感じたからだ。


「——わたしの妹、自殺したの」


 その言葉を聞いたとき、世界が一瞬、凍りついたような気がした。頭で何も考えられなくなる。

 何か言おうとしても、言葉が出てこない。


「……年は、三莉と同じだったなぁ。わたしの一つ下」


 南雲さんが私に向き直る。


「……自分語りしても良い?」


 私に配慮なんてしなくて良いのに。

 無言で頷いた。


「私の妹の名前はナノカ。しっかり者で、わたしのたった一人の妹だった。これは言っちゃいけないことなのかもしれないけど、三莉に似ていた気がする」


 南雲さんは目を伏せ、床を見つめながら口を開いた。


「ナノカは嫌なことがあっても一人で耐えるタイプだった。ナノカが何に悩んでいたのか知ったのは、亡くなった後だった。高校で仲良しの友達から仲間外れにされていたことだった。わたしは何もしてあげることができなかった」


 南雲さんは表情を変えずに淡々と続ける。目に溜まった涙がツーと頬を伝った。私は側にあったティッシュを渡す。


「信じられなかった。ナノカが死ぬなんて。耐えられなかった。夢じゃないかと思っていた。今も夢を見ているように感じる」


 私は南雲さんを抱きしめた。床にぺたんと座った彼女の肩が寂しそうで、居ても立っても居られなかった。


「三莉……」


「南雲さん?」


「こんな風にクローゼットを通じて、三莉に会えるのも魔法のようだよね。まるで夢のよう。だけどね、亡くなった人間を生き返らせたり、会ったりすることはできないんだ——」


 南雲さんは嗚咽を漏らしながら涙を流した。震える肩を見ていると、胸が締めつけられる思いがした。

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