第2話 髪、濡れてるね
私、辻井三莉は、ひょんなことから南雲ヨウカさんと知り合いになった。というのも、毎週日曜の22時に、部屋のクローゼット同士がつながってしまい、こんな風に行き来することができてしまう。
初めて南雲さんと会った日。それは偶然だったようにも思う。何気なくクローゼットを開けたことからすべては始まった。
私はスマホで通販サイトを見ていて、花柄のかわいいスカートに惹かれた。「そういえば、私ってスカート何着持ってたっけ」と確認のために何気なくクローゼットを開けたつもりだった。
すぐに、チェック柄のスカートが目に入った。しかし、その奥には見慣れない空間が広がっていた。いつもの白い壁が無かった。私の頭の中は「?」でいっぱいだった。
しゃがんで向こう側を見た時に、同じようにかがみ込む南雲さんと目が合った。黒髪ロングの女の子。くりくりと大きな目の彼女と視線がぶつかった時、心臓が跳ねた。
南雲さんは面食らったような顔をした後、一瞬にして、子どものようにキラキラと弾けた表情を見せた。
そんな私はというと、ビクついていた。
だって、私のクローゼットの中、——正確には向こう側に、女の子がいたんだよ?
服を置いたり、使わないものの保管場所にしているクローゼットの中に、女の子がいるなんて思ってもみなかった。最初は、何かのドッキリなんじゃないかと思った。現実で起きていることなんて信じることができなかった。
「……髪!」
「へっ?」
「髪、濡れてるね! きちんと乾かさないと傷むから気をつけたほうが良いよ!」
彼女はにっこり笑顔で言う。
初対面で、今の状況がパニックで、聞きたいことは山ほどあるはずなのに、先制パンチを食らってしまった。
私は家にいる時は気を抜いている方で、お風呂上がりに髪を丁寧に乾かしたりはしない。その手抜き具合を指摘されてしまい、恥ずかしくてたまらなかった。普段なら、初対面の人に反発することがないのに、動揺しているからだろうか。
「っうるさい!」
なんてことを言ってしまった。
南雲さんは、ワンクッション置いた後、弾けたようにケラケラと笑った。
ここで笑う!? なんか腹立たしい……。正直、第一印象は最悪だった。
「そっち行っていい?」
「えっ、ちょっ……」
私の返事を聞く前に、南雲さんは四つん這いになりながら勇敢に私の部屋にやって来た。
「ふー。来れたー!! って、部屋汚いね!」
「うっ……」
余計なお世話と言いたいところだけど、図星だったから何も言い返すことはできなかった。私のメンタルはボロボロだった。彼女の言う通り、部屋には物が溢れかえっていた。本や使った物が出しっぱなしになっていて、ゴミ屋敷ほどではないけど、汚かった。
私は自分で言うのも何だけど、学校では真面目な性格で通っている。友達の岸ちゃんと、雛ちゃんといる時は変に思われないように、細心の注意を払っている。失言しないように、言葉を選んでいつも話している。
家に帰ってくる頃にはどっと疲れていて、部屋の掃除をする気力もなくなっているほどだった。高校に入ってから、私は家に友達を呼んだことがない。二人から話の流れで「家に行きたい」と言われたことがあるけど、その都度さりげなく話を逸らしていた。
家にいる時くらい、肩の力を抜いていたい。友達を連れてくるとなったら、気を張らなくてはならない。疲れる。言うなれば、自分の部屋はサンクチュアリだ。誰にも踏み込んでほしくなかった。
それなのに、この目の前にいる女の子は、いとも容易く、境界線を飛び越えてきた。「部屋汚いね」とまで言われてしまった。心のバリアを張る隙も与えてくれない。私は俯いて、とりあえず今の状況を理解することに努めた。
「……ごめん! ちょっと考えなしに言っちゃった。わたしの悪いクセだね。マジで申し訳ない」
素直に謝る黒髪の彼女。軽いノリが、空気を重いものにしないでくれる。真正面から謝られることに私は弱い。
「こちらこそ……。むしろ、そう言ってもらえたから、部屋を片付ける良い機会になりそうだよ!」
「そうかぁ?」
「うん!」
「……ってか、こっちにおいでよ! わたしの部屋の方が汚いからさ」
私の右手を優しく掴むと、クローゼットの中に入り、あちらの世界に連れて行こうとする。えっ。これって大丈夫なのかなと考える隙も与えないほど、彼女は軽々しく境界線を飛び越えた。