第1話 クローゼットから出てきた女の子
日曜日の21時55分。私は自室のクローゼットの前で人を待っている。本来なら、明日が月曜日であることを意識して、「学校があるの憂鬱だな」と思う時間だけど、私はいつも胸の鼓動が高鳴っている。動揺していると思われたくなくて、深く息を吸って吐いて、気持ちを落ち着かせる。
あと5分。本当に今日も会えるのかな。数えてみると8回目だというのに、私は、まだ半信半疑でいた。
目の前には何の変哲もない茶色いクローゼットがある。中からは何も音がしない。今、この瞬間、クローゼットを開けたらどうなるのかなと思いつつも、大人しくしていた。
1分ごとに時間が進むにつれて、私の心臓は速くなってくる。いいや。もう仕方ない。鼓動の速さは、自分の意思で調節なんてできないのかもしれない。
22時ちょうど。クローゼットの取っ手に手をかけて、恐る恐るゆっくりと引く。私がこれまでに集めた、数々の服がハンガーにかけてあった。
その向こう側に、南雲さんの姿があった。
しゃがんでいて、私と目が合うと、「三莉!」と嬉しげな声を上げた。ひょいと境目を身軽に飛び越えて、こちらの部屋にやってきたところ、ギュッと抱きしめられた。
「会いたかった!」
「な、南雲さん……」
0距離だから、私の心臓の音が聞こえるだろう。ガチガチに固まっていて、変に思われないかな。いろいろな雑念が浮かんできて、咄嗟に素直な嬉しいリアクションを取ることができなかった。
南雲さんからはボタニカル系のシャンプーの香りと、少し汗ばんだ肌の感触を感じた。お風呂上がりなのかなと意識した瞬間、カッと体温が上がった。
「……は、離れてください!」
「えぇー、いいじゃん! 一週間ぶりに会えたんだからさぁ」
うりゃうりゃと先ほどよりも、熱い抱擁を繰り返す。私はバランスを取れずに、よろけてしまった。尻餅をついた先にはベッドがあって、私は南雲さんから押し倒される形になる。
南雲さんの頭の裏にある、無機質な光がまぶしい。私に向かってまっすぐに影を作る。彼女は、ぽかんとした顔をした後、口元を軽く上にあげた。
「三莉、かわいいね。わたしに任せて。優しくするから……」
「!?」
そう言うと、ゆっくりと私に覆い被さってくる。南雲さんの唇がすぐ近くにある。お風呂上がり、ベッドの上。そんなシチュエーションも相まって、どうしても意識してしまう。
何でこうなっちゃうの!?
ああ……。そういう私も、とっくにお風呂を済ませていた。今日はシトラス系のシャンプーで髪を洗っていた。私が南雲さんの香りを良いと思うように、南雲さんも私の香りを良いと思うだろうか。
南雲さんは年上の余裕と言ったように、何でも見透かした瞳を向けてくる。
あと南雲さんと一緒にいられる時間は多分、55分くらいしかない。なのに、初っ端から、押し倒されるなんて。……ああーー、もーー!
クローゼットの向こうには、南雲さんの部屋がある。私の部屋よりも広いはずなのに、彼女はこちらに来ようとする。
私の部屋の本棚にはフィギュアが飾られてある。赤髪ツインテールの女の子、"槇原ネイル"ちゃんと奇しくも目が合った。アニメ『アイドガール!』のキャラクター。高校生でアイドルをしていて、目立つことも臆せず、天真爛漫な女の子。表舞台では愛想が良いけど、仲の良い子には毒舌。常識にとらわれず、みんなを引っ張っていくようなカリスマ性もある。そんな彼女の見下ろすような視線にハッとする。