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第一話 憧れの勇者様



「母さん、読んで読んで。」

輝夜は目をキラキラさせ、少しよれた絵本を母親に差し出した。「はいはい、ちょっと待ってね。」母親は微笑みながらそれを受け取ると、表紙を見て目を丸くした。

「あら、『勇者ケインの大冒険』?輝ちゃん、本当にこの本が好きねぇ。」

「うん!」

力強く頷いた。ページを食い入るように見つめ、挿絵の勇者ケインの凛々しい姿に、幼い胸は熱くなる。「この勇者様が、一番かっこいいんだ!」

「そうねぇ。輝にはまだ少し早いかもしれないけど、本当にこの本が好きなのね。」

母親はそう言いながらも、優しく輝夜の頭を撫でた。僕の名前は天空輝夜(あまぞらてるや)僕には、何よりも大好きな本があった。それは──



『勇者ケインの大冒険』


ある国のある村に、ケインという名の少年がいました。ケインは誰よりも力持ちで、毎日、牛の世話や薪割りの手伝いをこなし、幼い妹の世話まで焼いて、両親を助ける働き者でした。優しく、温かい家族に囲まれたケインは、とても幸せな日々を送っていました。

「おーい!魔物が出たぞー!」

ケインの村は、時折、恐ろしい魔物に襲われていました。鋭い牙を持つ魔物は、暴れ出すと手がつけられず、人や家畜を襲う、村人にとって最大の脅威でした。

「行かなきゃ!」

ケインは、手にしていた薪割りの斧を握りしめ、勢いよく家の外へ飛び出しました。一緒に薪割りをしていた父が、心配そうにケインに声をかけます。

「ケイン、すまないな。だが、いつもの約束を忘れるな。もし、どうしても敵わないと思ったら──。」 「うん、わかってるよ、父さん。もし、倒せない魔物だったら、父さんと母さんを置いて、イオと一緒に必ず逃げる。大丈夫。約束する。」

ケインは真剣な眼差しで頷いた。


<グルルルルルル……!>


魔物は、大人の背丈の二倍はあろうかという巨体で、その咆哮は大地を震わせるほどでした。石造りの壁も、頑丈な家も、魔物の爪にかかれば紙のように引き裂かれ、村人たちの悲鳴が響き渡ります。

「やめろおお!」

ケインは、魔物に向かって渾身の力を込めて斧を振り下ろしました。すると、信じられないことに、魔物は一撃でぐらりと崩れ落ち、絶命してしまったのです。ケインは、村の誰よりも、何よりも強い少年でした。

「いつも本当にありがとうな、ケイン」

「ケイン君がいれば、村はいつも安心だ」

村人たちは、幼いケインを心から頼りにしていました。その強さと勇気に、深い尊敬の念を抱いていたのです。照れたように、けれどどこか誇らしげに、ケインは嬉しそうに笑いました。

「ケイン、さすがじゃな?」

その時、村長の後に、見慣れない鎧を身につけた二人の騎士が現れました。騎士たちはケインの元まで近づくと、一人が恭しく片膝をつき、深々と頭を下げて言いました。


「勇者ケイン様。はるばるお迎えに上がりました。」

「勇者……?」

突然のことに、ケインはそれ以上の言葉が見つかりませんでした。


「今、王都では、恐ろしい魔物が大量に出現し、大変な事態となっております。どうか、勇者様のお力をお貸しください!」

「ケイン、いや、勇者ケインよ。ワシからも頼む。」

村長は、村の宝物であるという美しい宝石を、騎士は大切そうに抱えていた、神々しい光を放つ剣を、それぞれケインに差し出しました。まだ状況を理解できないまま、ケインがそれを受け取ると、二つの宝は眩い光を放ち、一つになったのです。


「おお……!まさに、勇者様の証にございます!」

不思議な輝きを宿した剣を手に取り、村人たちの期待に満ちた眼差しを受けたケインは、静かに、しかし力強く言いました。

「わかりました。僕が、皆を守ります。」


 ケインはこれから、数々の苦難を乗り越え、世界を救う壮大な冒険へと旅立つことになるのです。これは、その物語の、始まりの章──



「わあぁ……やっぱり勇者様はかっこいいなぁ。僕もいつか、勇者様と一緒に旅をしたり、魔物と戦ったりしたいな!」

「あら、輝ちゃんは勇者にならなくていいの?」

母親がくすくす笑いながら尋ねた。

「ええ!?だって、勇者様はすごく強くないとダメなんでしょう?僕には、絶対になれっこないよ。」輝夜は慌てて首を横に振った。

「ただ強いだけじゃ、本当の勇者じゃないのよ。本当に大切なのは、みんなを守るために戦える勇気を持つことなの。」

「そっか……勇気か。僕も、勇気を持てるように頑張る!」

強くて、勇気があって、みんなを護るために戦う。僕は、そんな勇者に心から憧れていた。


◇◇



「なぁ輝!この新刊、マジで面白いぜ!魔王が人間に転生して、チート能力で無双するっていう物語なんだけどよ!」

友人が興奮気味に話すのを、輝夜は少し複雑な表情で聞いていた。

「……それは、勇者が出てくるのかい?」

「おう!『天山剣』っていう、大地を切り裂けるって言われる超チート武器を持っててな!こいつの凄いところは、敵の大きさを無視して斬れるから、どんな巨大な相手でも一振りで……」

「それは、武器の話だろう?勇者は、どんな人なんだい?」

輝夜は友人の言葉を遮って尋ねた。

「えーと……チート能力をこれ幸いとばかりに、女の子と遊び歩いてて、それを転生した魔王にボコボコにされるんだよ!それがまた、スカッとして最高なんだ!」

「それは……勇者じゃない。」輝夜はきっぱりと言い切った。

「え?でも、タイトルに『勇者』って書いてあるけど?」

「それは、ただ『勇者』って名前をつけているだけだ。真の勇者は……」

「だから!その、真の勇者?ではない、偽物の勇者を懲らしめる話だって言ってんだよ!」

友人は呆れたように言った。

「……あー、ごめん。僕の理解力がなさ過ぎた。そういうことか。」

輝夜は納得したように頷いたが、内心では釈然としないものを感じていた。

「輝は、昔から勇者マニアだからなぁ。」

「僕は、ただ勇者が好きなだけだ。」

「毎月、勇者物の小説を十作品以上読んでるんだって?もはやマニア通り越して変態だよ、お前は!」

今でも僕は、あの絵本に出てくるような、真の勇者が大好きだった。


「ん?輝、その手に持っているものはなんだ?」友人がふと、輝夜の手元を見て不思議そうに尋ねた。 「え?」 言われて自分の手を見ると、小さな、けれどどこか神秘的な輝きを放つ石を握りしめていた。輝きは淡い緋色で、まるで高価な宝石のようだった。

「なんで、こんなものが……て、うわっ!」

その瞬間、石から信じられないほどの眩い閃光が放たれ、視界が真っ白に染まった。一瞬、失明したのではないかと思うほどの強烈な光を浴び、輝夜の意識は途絶えた。



◇◇



「ん……ここは……」

意識が戻ると、輝夜は見慣れない場所にいた。目の前には、見たことのない景色が広がり、聞いたことのない鳥の鳴き声が聞こえる。見慣れない建物、見慣れない服装の人々……ついさっきまで、いつもの教室にいたはずなのに。ここは一体……?けれど、不思議なことに、この異質な光景の中に、どこか懐かしさを覚える自分がいた。

「どうなってるんだ。ここはどこだ。僕は、一体どうしてこんなところに……?」

心臓がドキドキと高鳴った。まさか本当に、異世界に転生してしまったのか?


「勇者ケインよ。すまぬ…よろしく頼むぞ。」

「はい、村長様。」

「勇者ケイン……?」

その言葉と、目の前に広がる風景に、輝夜は息を呑んだ。あの絵本で見た光景と、瓜二つだったのだ。舞台のセット?いや、そんな話は聞いたことがない。ケインが腰に佩いている、眩い光を放つ剣も、作り物には見えない。これは、夢でも見ているのだろうか?試しに頬を抓ってみると、はっきりと痛みが走った。夢ではない。つまりは──



「『勇者ケインの大冒険』の世界に、本当に転生してしまったのか……?」



突飛な事態ではあったが、今まで数えきれないほどの物語を読んできた僕にとって、異世界への転生は、いつかはあるかもしれないと心のどこかで信じていたことの一つだった。だからだろうか、恐怖心よりも、これから何が起こるのだろうというワクワク感が、胸の中で大きく膨らんでいた。


「異世界に転生……?じゃあ、僕にも何か特別な力が?」

期待に胸を膨らませ、自分の身体中を触ってみるが、特に変わった様子はない……違う、強いて言うなら、脳内にふと、二つの文字が浮かんできた。


『奪略』


 まるで何かに導かれるように、その言葉を心の中で唱えてみた。すると、次の瞬間、掌に近くにあった木の枝が握られていることに気づいた。ただ握っているだけではない。この枝の材質、形状、重さ、そして、武器としての潜在的な有用性まで、あらゆる情報が洪水のように脳内に流れ込んできたのだ。この瞬間、僕は少なくとも、元々の世界とは完全に隔絶された空間にいることを確信した。ここは、地球のどこかではない。間違いなく、異世界のどこかなのだろう。しかし、驚きよりも先に湧き上がってきたのは、落胆だった。


「何これ?僕の能力?なんだか、悪役みたいな力だな。こんな力、使いたくもない……」

一瞬で、自分の得た能力への興味は薄れてしまった。それよりも、今はもっと大切なことがある。

「憧れのケインが、あそこに……!」

夢にまで見た光景が、今、目の前で繰り広げられている。ケインは、これから王都へ旅立つための支度をしに、一度家に戻っていく。その途中で、話を聞きつけて駆けつけた家族に、決意表明をする場面だ。


「確か、この後のセリフは……」

『王都に行き、国を護ってきます。』

「ああ、このシーンは本当に、何度読んでも胸が熱くなるんだよなぁ……!」

ケインは、爽やかな笑顔でそう宣言するはずだ。僕は胸を高鳴らせながら、ケインの口から発せられるであろう、感動的なセリフを今か今かと待ち構えていた。しかし、ケインは家族と固く抱き合ったまま、一向に言葉を発する様子がない。どうなっているんだろう?少し心配になり、そっと近づいてみると、複数のすすり泣くような声が聞こえてきた。


「行きたくないよ……!いやだ、死にたくない……!」

「ケイン……ケイン……私のケイン……!どうして、こんなことに……!」

「行かないで、お兄ちゃん……!」

「ケイン……すまない……」

しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したのか、ケインの父は、悲痛な面持ちで家族一人一人を見つめ、そして、何かを決意したように顔を上げた。


「皆、逃げるんだ!今すぐ、この村を出るんだ!」

「なんだこれは……?こんなシーン、あの本のどこにも書いていなかったぞ……!」

衝撃が全身を駆け巡ると同時に、僕は、もしかしたら……という考えが頭をよぎった。

「描かれていないだけで、ケインだって、本当は色々な葛藤を抱えていたのかもしれない……?」

「させぬぞ。」

その低い声と共に、突如として、複数の屈強な兵士たちがケイン親子を取り囲んだ。そして、抵抗する間もなく、父、母、妹は捕縛されてしまう。

「父さん!母さん!イオ!!」ケインは必死に叫んだ。

「王都へ行き、魔物を倒せ。さもなければ、この者たちの命はない。」

冷酷な声が響く。その声の主である騎士の目は、焦点が定まらず、どこか遠い場所を見ているようであった。


「行くな、ケイン!」

父が叫んだ瞬間、その騎士は躊躇なく剣の柄で父の腹部を突く。父は苦悶の表情を浮かべ、地面に倒れ伏した。

「やめろ!やめてくれ!!」

ケインの悲痛な叫びは、虚しく空気を震わせる。

「次はこいつらだ。」

騎士はそう言い放ち、母親と妹を前に引きずり出す。

「頼む!やめてくれ!行くから!僕が……僕が犠牲になればいいんだろ!?」

ケインは、絶望の淵で叫んだ。

「ようやく決心したか。ならば、その宝剣に魂を注ぐのだ。そうすればお前は先代の勇者の力を引き継ぎ上回る最強の剣士となれる。闘いが終わればお前の魂は、次世代の勇者の力へと受け継がれる。」

騎士の声は淡々としているが、その声は震え、何かを我慢しているようにも聞こえた。


「ケイン……お前は、こんなところで……人生を終わらせるな……!」

父は、苦しみながらも必死に言葉を絞り出した。

「黙れと言っている!次は…次は見せしめに殺すぞ!」

騎士はそう言い放つと、剣を妹の首筋に当てる。その手は酷く震え、顔は赤面し今にも泣きそうな顔をし、まるで、恐ろしい何かに怯えているかのようだ。


────僕はいったい、何を見せられているんだ?

「なんで、ケインがあんな目に……?王都の騎士たちは、ケインを慕って、この後村を護りながら修行に明け暮れるはずなのに……!」

なんで、憧れの勇者が、こんなにも不幸な目に遭っているんだ? なんで、勇者の剣には、こんなにも重い代償があるんだ? なんで、誰も、一人も笑っていないんだ?

ぷつり、と、僕の中で何かが途切れた。これまで信じてきた、馬鹿げた幻想が、音を立てて崩れ落ちていく。


「なんで……なんで……」

──ただ強いだけじゃだめだ。勇者は皆を護る為に戦える勇気が必要なんだ。

「勇気…」



「僕が、勇者になる。」

突然の言葉に、兵士たちが一斉にこちらを向いた。

「誰だ、お前は!」

「僕が勇者になることで、この呪縛から解放されるのなら、勇者様が苦しまないで済む世界にできるのなら。僕が、なる!」

「何を言う。勇者は選ばれしものにしか」

「なれるよ!僕は、誰よりも勇者のことを知っている!そして、誰よりも勇者の本当の想いを……知らない。知りたいんだ、もっと、勇者のことを!」

地面に落ちていたケインの剣を掴む。すると、剣が眩い光を放ち始めた。


「ここに、僕の魂を……!」

それでケインは助かる。

「やめろっ!!!!」

ケインが信じられない力で僕を引き離した。

「君は、何だ!?死にたがりか!?」

「僕は、勇者様を護りたいんだ!だから、僕が勇者になる!」

「……何を言っているのか、さっぱりわからない。君は俺の代わりに戦って、傷ついて、死んでくれるってことか?僕は、そんなことを望まない。それに、もう、決心はついたんだ。」

「どけろ、村人!勇者様の邪魔になる!」

「ケイン様……先ほどは、申し訳ございませんでした。どうか、お許しください。実は、私たちにも家族が……」

騎士達は頭を垂れ、目に涙を浮かべながら震える声で言った。

「恨まれ殺される覚悟はできています。……どうか、国を救ってくだ──」

「それ以上言わなくてもいい。君たちの目を、見ていたらわかった。俺と同じ目をしている……俺は、自分のことしか見えていなかった。勇者として…半人前だ。だれかがやらなければならない。そんなことは分かっていたが恐れがあった。でも彼を見て、自分を見つめなおせた。逃げたところで元凶を滅ぼさねば家族は護れない。そのためであれば、喜んで王都に行き、国を護ってきます。」

ケインは強い眼差しで言った。


──ケインの身体から、目に見えない何かが剣に吸い込まれていく。

彼の表情は苦悶に歪み、額には汗が滲んでいる。「…2割…3割…5割…」と、絞り出すような声が聞こえる。


何もできないのか?そりゃそうだ。僕には、何の力もない。こんな場所にきて、何の意味もなく人生を終えていくのか?憧れの存在の犠牲が、目の前で傷ついていくのを見るだけなのか?それで、本当に笑顔で、勇者様の死を迎えられるのか?そして、兵士たちだって、本当はこんなことをしたくないんだ……!

胸につかえていた熱い思いが、喉を突き破って噴き出した。そして、確信めいた強い想いがあふれる。


「『奪略(プランダー)!」

その瞬間、ケインの手を握っていた。

「勇者様!全部が無理なら、その”呪い”、半分こしましょう!」




これは始まり。

いずれは全ての勇者を、勇者という呪いを滅ぼすまでの物語だ。



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