第十二章 ロイズ家の来訪
玄関の呼び鈴が鳴った時、クライン家は夕食準備の真っ最中だった。1日で最も慌ただしい時間帯の1つだ。
厨房周りで忙しく動き回る侍女たちに代わり、玄関の扉を開けたのは、ティーだった。
目の前に並ぶ3つの人影に、ティーの背筋が凍り付く。
「おや、ティー。久しぶりだな」
ティーを見下ろして、ロイズ伯爵がにやりと口の端を吊り上げる。その後ろには、いつにも増して絢爛なドレスを身に纏った、アリーシアとエレノアの姿。
「あら、ティー、あなたまだこちらのお屋敷に居たの?とっくの昔にクビになったかと思ってたわ!」
「ほんと。辺境伯様って、余程御心の広い方なのね」
ティーに流し目をくれてから、可笑しそうにくすくすと笑いを零す。するとアリーシアは、当たり前のように手にしていた鞄と外套をティーに押し付けてきた。
「これ、部屋に運んでおいて。馬車の中の荷物もよ。セレスティン様はどこ?早く案内なさい」
「…若旦那様に?一体、どういったご用件でしょうか」
ティーが怪訝そうに聞き返す。
勿論、ロイズ家から面会のアポイントなど入っていない。それも、わざわざ一家3人揃って、こんな遠方の地に訪れるとは。それに当主のセルジオではなく、セレスティンに会わせろとは、一体…
「用件は、辺境伯とご令息に直接話す。お前は妙な詮索などせず、黙って案内すればいいんだ」
「…では、大旦那様と若旦那様に確認いたします。ロビーで少々お待ちください」
警戒を強めつつ、ティーはそう言って一礼し、踵を返そうとするが。
「ちょっと、お客様を待たせる気?相変わらずどんくさいわね!早く案内しなさいって言ってるでしょう!」
背中に掛けられた荒々しい声音に振り返る。その先では苛立ちを露わにティーを睨み付ける、アリーシアたちの姿。
夕食時に何の連絡もなく押しかけてくるなど、明らかに礼を欠いた行為だ。このままセルジオたちのもとに通すわけにはいかないが、ロイズ家の面々の性格はティーもよくよく分かっている。止めたところで、無理やり部屋へ押しかけていってしまうだろう。
案の定、ロイズ伯爵は。
「全く、お前は本当に役に立たないな…もういい。おい!この家には他に使用人はいないのか!」
ロイズ伯爵は舌打ちと共に吐き捨て、そう怒鳴り散らした。すると、そこへ――
「ティー、一体何事だ?」
「セレン様…!」
騒ぎを聞きつけてやって来たのは、夕食をとるために降りてきたばかりのセレスティンだった。




