11-9 アリーシアの心変わり
「…っと。ごめん、僕はそろそろお暇しないと。これから役人たちと鉱山に行くことになってて」
ふと時計を見やったレアンドルが、慌てて席を立った。
「役人と鉱山に?…ああ、ひょっとして例の、盗掘の件か?」
外套に袖を通しながら振り返り、レアンドルはひとつ頷く。
レアンドル達研究者が、精霊石の調査のために発掘している鉱山。近頃その発掘現場に、盗掘されたような痕跡が見つかったというのだ。
精霊石は、国内各地に点在する鉱山から、ごく稀に産出する。
実を言うと、精霊石研究が飛躍的に進んで来たのは、ここ十数年の間だ。精霊石が発掘されるのは、その大部分が鉱山の最深部。コルベンヌ国の発掘技術が進歩してきたお陰で、精霊石が存在する深層まで到達できるようになったのだ。
コルベンヌ国の豊かさの源泉とも言われる精霊石は、地中の奥深くで生成され、加護の力を得るまでに、途方もない時間を要すると言われている。そのためコルベンヌ国の鉱山は全て国の管理下にあり、精霊石の発掘は国によって厳格に管理されていた。
精霊石の発掘現場は、辿り着くだけで危険が伴う。熟練の発掘技術が無ければ命に関わるし、何より精霊石が乱獲されるようになれば、加護の力は減退し、国全体が傾きかねない。
そのような理由から、精霊石の発掘に携われるのは、国が認めた一握りの研究者のみ。最深部は他の発掘現場とは区分され、免許状が無ければ入ることができない。
コルベンヌ国の法律で、精霊石を商業目的で発掘することは重罪に当たる。そのため精霊石が市場に出回ることは無いが、ごく稀に一般の宝石の結晶に、わずかに精霊石が混在していることがある。
そのような稀少な精霊石は、有力貴族たちの間で破格の値で取引されていた。
「神聖な大地の恵みである精霊石で私腹を肥やそうとするなんて…奴らは、事の重大さを全く理解していない。この国を守護する精霊達への冒涜だよ」
これまでも、各地の鉱山の浅い部分――一般的な宝石や貴金属が発掘される場所から、盗掘の被害が出たことは度々あった。しかし、一部の盗掘者はとうとう、聖域である精霊石の発掘現場にまで、足を踏み入れるようになったのだ。
幸い、見つかった盗掘の跡はごくごく小さなもの。これ以上被害を広げないためにも、ならず者は早急に見つけ出し、対策を講じなければ。
セレスティンも、レアンドルに同調して頷き。
「そっちも、色々と大変そうだな。俺に何か出来ることがあれば、遠慮なく言ってくれ」
セレスティンの言葉に、険しかったレアンドルの顔にも、微笑みが戻る。
「ありがと。セレンもまた何かあったら、いつでも僕を頼ってよ。必ず力になるから」
「分かった。そうさせてもらうよ」
こうして、2人は揃って部屋を後にし、王宮の門の前で別れたのだった。
 




