1-4 ロイズ伯爵の葛藤
そんな伯爵の苦悩をよそに、アリーシアは。
「そんな田舎の家の息子なんて、どうせごつごつしたむさ苦しい男でしょ!」
「いや、確かあちらの令息は、そんな容姿ではなかったはずだが…」
機嫌が悪くなる一方の娘を前に、ロイズ伯爵がもごもごと口ごもる。その横からは、エレノアが不安げな顔で。
「それに、辺境伯家のご令息には、あまり良くない噂がありますわよね。『冷酷で女嫌いで、これまで何人もの令嬢が婚約者候補としてやって来たものの、尽く逃げ出してしまった』、とか」
「やだ、何それ!そんな最低男が結婚相手なんて絶対嫌!…そうだ、ねぇお父様、私の身代わりにティーを送ってやればいいんじゃない?ねぇ、そうしましょう!」
アリーシアが蒼白になって悲鳴を上げるのを見て、伯爵は慌てて首を横に振った。
「落ち着きなさい、アリー。そんなものは単なる噂だ。それにティーは薄汚い使用人で、お前の身代わりなど務められるわけがないだろう?あちらが求めているのは…」
ここに来て、伯爵ははたと話を止め。
「使用人…?ん、いや、待てよ…」
伯爵は何かに気が付いたようで、再び手紙をまじまじと読み返す。
「そうか、これなら…穏便に断れるだけでなく、辺境伯家に恩を売れるかも知れんぞ」
そう言って、ニヤリと口元を吊り上げた伯爵に、アリーとエレノアは揃って目をぱちくりさせた。
「決まりだ。アリーの言う通り、辺境伯家にはティーを行かせよう」
言うなり伯爵はソファーから立ち上がり、悠々と居間から出て行く。
その背中を見送ってから、母娘は互いに顔を見合わせるのだった。
☪︎⋆。˚✩*✯☪︎⋆。˚✩☪︎⋆。˚✩*✯☪︎⋆。˚✩☪︎⋆。˚✩*✯☪︎⋆。˚✩☪︎⋆
「――と、いう訳で今、クライン辺境伯家では人手が足らず、大変お困りのようだ。そこでお前はこれから辺境伯家へ出向き、使用人として奉公してきなさい」
「…かしこまりました」
ロイズ伯爵は書斎の椅子にゆったりともたれかかりながら、従順に頭を下げるティーを前に、満足げに笑みを深めた。
「あちらの家で産休に入った侍女は、気立ても良く皆から頼りにされていたそうだ。お前など遠く及ばないだろうが、くれぐれも辺境伯家に失礼のないようにな」
ロイズ伯爵が言う。そう、確かにクライン辺境伯からの手紙には、こんな言葉があったのだ。『これまで良く息子の世話をしてくれた侍女が産休に入り、息子も随分と苦労しているようだ。父親としては、これを機に息子とクライン家を生涯支えてくれる、良き伴侶を見つけてやりたいと思っている』、と。
それに目を付けたロイズ伯爵は使用人のティーを呼び出し、産休に入った侍女に代わり、辺境伯の息子の世話をするよう命じた。
アリーシアを辺境伯家にやるわけにはいかないが、代わりに使用人を一人差し出しておけば、あちらも文句は言えないだろう。
「明日の朝一番で向かいなさい。特別に馬車を用意してやろう。…それと、この手紙を辺境伯に届けるように」
「…かしこまりました」
ロイズ伯爵から手紙を受け取り、ティーはもう一度頭を下げてから、書斎を後にした。