7-6 6年前の真実
詳しく読んでいくと、この『キノコによる感染症』は、コルベンヌ国内に自生するキノコの一種が、原因菌に感染することで起こるという。感染したキノコは菌を含む胞子を飛ばし、それを人間が吸い込むことで肺が炎症を起こし、悪化すると強い咳の発作を起こすことがある。
原因菌自体はそれほど強い感染力を持たないが、免疫が弱い小さな子供や高齢者には感染しやすく、稀に重症化することがある、とのことだった。
「キノコの胞子は、雨が降った後の晴れの日に飛びやすいんです。コルベンヌの気候では、春と秋には晴れの日と雨の日が交互にやって来ることが多く、キノコには好条件です。だから、咳の発作が春と秋に集中していたんです」
「…そうか、確かに昨日も、雨が降っていた。そして今日は、良く晴れて風もある。この辺りの森にはキノコが多く自生しているだろうし、胞子が飛びやすい条件が揃っているな」
ティーとセレスティンが互いに頷き合い、そしてキースも。
「なるほど…家の中に入ると胞子が遮断されるから、発作が自然と収まったんだね」
納得した表情で、唸るようにそう言った。
そんなキースの肩に、セレスティンがそっと右手を乗せて。
「キースさん。これで、咳の症状が病気であるとはっきりしました。それにこの記事によれば、感染症が悪化すると肺炎を起こし、重症化するとも書かれている。王都に戻って、治療を受けると約束してくれますね?」
「うむ…」
苦々しく俯くキースは、この期に及んでまだこの家を離れることを渋っているようだったが、ティーはそんなキースの顔を覗き込む。
「キース様は、とても幸運ですね。だってもう、病気を治すお薬は出来ているんですから。きっとすぐに元気になって、またここに戻ってこられますよ」
「…うむ、確かに、そうかもしれんな」
ようやく、決心がついたらしいキースに、ティーとセレスティンは顔を見合わせて、くすりと微笑んだ。
と、そこに。
玄関から物音がしたかと思うと、足音と共に響く高い声。
「ただいま戻りました。いつものお店で茶葉が品切れで…あちこち回っていたら、すっかり遅くなってしまいました」
市場に出掛けたという、この家の侍女が帰ってきたらしい。リビングにひょっこり顔を出すなり、彼女は――
「…レティーシア様?」
真っ直ぐに、ティーの方を見つめて、ぽかんと口を開けながら呟いた。
一方のティーの方も、侍女の顔を見るなり。
「もしかして、ノエラさん?」
「ええ、そうです、ノエラです!ああ、何てことかしら、またレティーシアお嬢様とお会いできるなんて…!」
ノエラはティーのもとに駆け寄ってくると、ふくよかな顔を輝かせながらぎゅっと手を握ってくる。ティーも弾けるような笑顔で、その手を握り返した。
その横で、事態を飲み込めていないセレスティンは。
「ティー、こちらの侍女と、知り合いなのか?」
「あ、はい…ノエラさんは以前、ロイズ家で侍女長をされていたんです」
思わぬ再会をノエラと共に喜び合っていたティーだが、セレスティンの声に慌てて我に返った。するとノエラも、セレスティンに目を向けて。
「まあ、セレン様!いやだわ、私ったらお客様の前ですっかり興奮してしまって…失礼いたしました」
そう言って頭を下げるノエラ。
齢は50代半ばといったところだろうか。少し癖のあるアッシュブラウンのボブ・ヘアが、優しい面差しをふんわりと包んでいる。
「…ところで、どうしてお嬢様とセレン様が、ご一緒に?」
頭を上げるや、淡い翡翠色の瞳をぱちくりさせながら、セレスティンとティーを交互に見やるノエラ。対する2人は、さてどこから説明すべきかと、困った顔を見合わせる。




