7-4 6年前の真実
「キース様、お水を」
苦しむキースを居間のソファに誘導した後、ティーが台所から水を汲んでくる。ティーが手伝いながら、キースはゆっくりと飲み干した。
「キースさん、いつもの侍女の方は?姿が見えませんが」
セレスティンは1階の廊下から家の中をぐるりと見渡し、キースに尋ねた。
「…市場へ遣いを頼んでいてな。まだ帰って来ておらんのだ」
キースに付いてこの家にやって来た侍女は、若い頃王都で看護師をしていたらしく、医療の知識に詳しい。侍女としての経験も豊富で、キースが発作を起こした時には真っ先に処置してくれるのだが…不在と聞いて、セレスティンは思わず眉間を押さえた。
一方でキースの方は、幸い水を飲んだことで咳が落ち着いてきたらしい。冷え切った身体に、ティーがそっとストールを掛けた。
「…ありがとう、ティーさん。お陰で、随分楽になった」
「いえ…」
キースの顔には笑みが戻ったが、ティーはまだ不安そうに、セレスティンを見つめてきた。
「…キースさん。やはり、王都のご家族のもとに戻った方が良いのでは?先日より、咳の症状が悪化しているように感じます」
キースの隣にゆっくりと腰掛けながら、セレスティンがそう語り掛ける。
対してキースは、力なく肩を竦めながら。
「心配かけて面目ない。だが私は、自然に囲まれたこの場所が、性に合ってるんだ。人はいいし、空も美しい。私はここを、終の棲家にするつもりだよ」
「うちの領地をお褒めいただき光栄ですが…残念ながらここには、王都のように大きな病院はない。向こうで一度、きちんと検査を受けてください。万が一、悪い病気が隠れていたらどうするんです?」
セレスティンの言葉に、キースはぶるぶると首を振って。
「いやいや、病院に行くほどではない。今日はたまたま調子が悪かっただけで、昨日は全然咳は出なかったんだよ」
物腰は柔らかいが、やはりセレスティンが言うように、意志の強いご老人のようだ。
だが、ティーはふと、キースの言葉に引っ掛かりを覚える。
「…あの、キース様。昨日は咳が出なかったって、本当ですか?」
「ああ。普段から、咳が出る日もあれば、出ない日もある。咳が出たとしても、少しすればこんな風に収まるしね。その繰り返しで、別に病気というわけじゃないと思うが」
ティーを見上げてにこやかに話す、その様子にも、ティーは首を傾げる。さっきまであんなに酷く咳き込んでいたのに、水を飲んだだけでこんなにすんなりと収まってしまうとは、一体…
「…キース様。咳が出る日と、出ない日って、何か違いがあるのでしょうか」
「違い…?」
怪訝そうに見つめ返してくるキースに、ティーは。
「もしかして、何か発作が起こるきっかけがあるのではないかと思って」
「…ふむ。なるほど…それは考えたことが無かったな」
キースは徐に立ち上がると、奥の机から手帳のようなものを持って戻ってきた。




