6-5 ルーの杞憂
ティーが外出から戻ってしばらくした頃。
薫り高い紅茶に鼻をくすぐられ、セレスティンが手元の書類から顔を上げた。
「セレン様、お茶を淹れましたのでこちらへどうぞ」
「ああ…」
そう言って席を立ちながらも、いつもと少し異なる紅茶の香りに、心の内で首を傾げる。
用意された紅茶を一口すすると、まろやかな甘みとスパイシーな喉越し。
「これは…」
目の前のティーを見ると、こちらへ向けていたずらっぽく微笑んでいた。
「ハニージンジャーティーです。蜂蜜には喉に良い成分が入ってますし、生姜は身体を温めて、風邪を予防してくれますよ」
そう、ティーは商店街で、蜂蜜と生姜を調達してきたのだ。
「…折角の給金を、俺のために使わなくても」
セレスティンは言うが、ティーは相変わらず笑顔のまま。
「いいえ!私が、セレン様と一緒に、飲みたかったんです」
そんなティーを前に、セレスティンもつられて、微笑んで。
「…そうか。ありがとう」
もう一口、紅茶をすすった。
…やはり、そうだ。
紅茶を味わいながら、セレスティンが微かに頷く。
ティーは驚くほど優秀だ。だがそれは、根底に人を思いやる優しさがあるからこそ。
セレスティンはこれまで、その優しさに幾度助けられてきたか知れない。
貴族のマナーも、侍女としての配慮も全て、元を辿れば相手への思いやりから始まったものだ。そのことを知ってか知らずか――いずれにせよ彼女の所作は、上辺だけの知識で実践できるものではない。
相手を思う、温かな心が無ければ。
(…やはり、ティーが間者のはずがない。ルーの考え過ぎだろう)
黙って紅茶を飲み進めるセレスティンに、ティーが不安げに口を開く。
「…あの、セレン様…お口に合いませんでしたか?」
「え?…ああ、いや」
ハッと我に返ったセレスティンが、微笑みながら首を横に振った。
「気に入ったよ。午後のティータイムも、この紅茶にしてくれないか」
「…はい!」
ティーが嬉しそうに頷くのを見て、セレスティンも笑みを深める。
それから一週間ほどで、ルーはティーに関する調査結果を、セルジオとセレスティンに報告してきた。
セレスティンの思った通り、ティーは間者ではなかったが――それ以上に、予想もしなかった事実が告げられたのだった。
 




