5-4 アリーシアの誤算
一方のアリーシアは特に気に留めるでもなく、さっさと自分の部屋に向かおうとしたのだが。
「ねぇ、ちょっと、あなた」
後ろから、別の少女に呼び止められた。
振り返ると、他の少女たちは皆、奇異な瞳でこちらを見つめている。
「まさかとは思うけど、その格好でセレモニーに出るつもり?」
「ええ、そうよ。それがどうかした?」
アリーシアが聞き返すと、少女たちは互いに顔を見合わせてから。
「あなた、『受講者の心得』を読まなかったの?リリー・プログラムの期間中、受講者は王宮が用意したこの“制服”を着用しなければならないのよ」
「…え!?」
思わず大声を出してから、アリーシアが目と口を見開いた。
そう、言われてみればアリーシア以外の少女たちは皆、お揃いのグレーのドレスを身に着けている。
胸元にはリリー・プログラムの紋章が刺繍された、シンプルでシックなドレス。…そうだ、このドレスには確かに、見覚えがあった。
出発前、アリーシアはティーに言って、プログラム受講のための旅支度をさせた。服やアクセサリーは自分で用意するからと言っておいたのに、何故か荷物の中には一着のドレスが。
アリーシアには全く似合いそうもない、地味な灰色のドレス。アリーシアはすぐさまそのドレスを放り投げ、自分好みの美しいドレスを次々詰め込んだのだった。
王宮から送られてきた、分厚くて細かな文字がびっしり書かれた文書など、ティーに渡したきり一度も目を通さぬまま――
アリーシアは、血の気が引くのを感じながら。
少女たちを押しのけ、慌てて別館から飛び出していった。
アリーシアは荷物持ちとして連れてきた従者に言って、大急ぎでリリー・プログラムの制服を取りに行かせた。
しかしセレモニーの開始に間に合うはずもなく、困り果てて先ほどの女性職員に事情を説明したものの、『制服が無ければセレモニーには参加させられない』の一点張りだった。
「本来王宮は、関係者以外の人間が立ち入れる場ではありません。だからこそリリー・プログラムの受講者は、制服が王宮における身分証明になるのです。その証明を持たない人間を、王族の皆様の前に出すことは出来ません」
金縁の眼鏡の向こうから、厳しい瞳でアリーシアを見つめ返す女性職員――もとい、彼女こそが、リリー・プログラムの主任教官である、マクレイン女史であるのだが。
必死の懇願も虚しく、結局アリーシアは、セレモニーに出席することは叶わなかった。




