4-6 セレスティンの憂鬱
ロイズ伯爵の言うように、ティーが侍女として半人前で仕事がろくに出来ない、という事であれば、多少の減給は頷ける。しかし朝の仕事振りを見ていても、ティーは最早熟練者と言っていい。その上税務にも明るいとなれば、減給どころかむしろ…
「セレン様の補佐をするとなれば、やはりエマ同様、手当てを上乗せしたうえで、給金は満額支給すべきではないでしょうか?」
ルーの提案に、セレスティンも大きく頷く。
「そうしてくれ。その方が俺も心置きなく仕事を頼める」
セルジオも頷いたのを確認してから、ルーは小さく一礼し、承知いたしました、と呟いた。
さて、とフォークを握り直して、セルジオは食事の手を再び動かし始める。
「しかし、セレンが自分からティー君に仕事を頼みたい、なんてねぇ。これで、君の“娘アレルギー”も少しは良くなるといいんだが」
「何ですか、人を病人みたいに…」
セレスティンは一瞬、呆れ顔で父親を見やったが、すぐに食事に意識を戻した。どうせ、反論しても喧嘩に無駄な体力を費やすだけだ。
それに、父の言葉も一理ある。セレスティンにとって若い娘というものは、生理的に合わない天敵のような存在なのだから。
とは言え、そう感じるようになった最たる原因は、他ならぬ父が企てる“お見合い大作戦”なのだが。
セレスティンが成人するや、セルジオは人づてに年頃の娘の噂を聞いてきては、次々屋敷に招いてセレスティンと面会させた。
セレスティンとて、この家の後継ぎとして生まれたからには、いつかは伴侶を持たねばならないと頭では分かっている。しかし、これまでやって来た貴族の娘たちを、セレスティンはとてもではないが受け入れる気にはなれなかった。
彼女たちは見かけこそ美しく着飾って、判で押したかのような清楚な笑みでセレスティンに語り掛ける。その笑顔の下の本心が、セレスティンには透けて見えていたが。
だからセレスティンは敢えて、彼女たちに対して開口一番、こう告げてきた。「俺と結婚すれば、君は一緒にこの辺境伯領を治めることになる。広大な領地を毎日のように歩いて回るから、嫁入り道具としてブーツを数足持って来てくれ」、と。
すると決まって、彼女たちは蒼白になりながら家に逃げ帰っていくのだった。
彼女たちの真の目的が、この家の財産だと――優雅で贅の限りを尽くした結婚生活を思い描き、セレスティンに微笑みかけてくることなど、嫌というほど分かっていた。
身分の高い娘ほど、その高慢さや身勝手さは顕著だ。甘やかされて育ったせいで、仕事はおろか、家事すらもまともにしたことが無い者がほとんど。何もせずとも、好きなように金を使えるのが当たり前だと思っている。
辺境伯家の一員になること。それが何を意味するか、夢見がちな少女たちには想像もできないのだろう。
この広大な領地の隅々まで管理するため、男も女も関係なく、家族全員が協力して家業に携わるのが、この家のしきたりだ。亡くなったセレスティンの母も勿論、そうやってこの家を支えていた。
であれば、最初からその現実を教えてやるべきだ。セレスティンは決して意地悪を言っているわけではないのだが、いつの間にかそれが風の噂で、「クライン辺境伯の息子は冷酷で女嫌いだ」、などと囁かれるようになってしまった。
まあ、セレスティンにとっては、煩わしいお見合いが激減してかえって好都合だったが。
「ティー君がこれから、どれだけお前を支えてくれるか…楽しみだねぇ」
父の声に顔を上げると、その口許が不敵に吊り上がっている。
その様子に、ふと背中に悪寒が走った。
「父上…また何か、良からぬことを企んでいますか?」
「いいや、何も」
半眼で見つめるセレスティンの前で、セルジオはナプキンで口周りを拭うと、ほくほくと微笑みながら席を立つ。
悠然とダイニングから立ち去る父の背中を見送り、セレスティンは小さく嘆息してから、後は黙々と朝食を済ませるのであった。




