第一章 ロイズ伯爵の葛藤
「参ったなぁ…」
今朝、郵便屋が持ってきた上質な羊皮紙の手紙を片手に、ロイズ伯爵は大きな溜息を吐いた。
「あなた、どうなさったんですの?」
伯爵夫人のエレノアが、頭を抱えて俯いてしまった主人の傍らに腰掛ける。
「…この手紙を見てくれ。クライン辺境伯からだ」
手紙を手渡されたエレノア夫人は、早速目を通し始める。
「…まぁ。うちのアリーシアを、辺境伯家の花嫁に、ですって…?」
渋い顔で、伯爵も頷く。
「クライン辺境伯家と言えば、言わずと知れた国内屈指の名門だ。我がロイズ家も、随分と援助を受けている」
「そう、ですわねぇ…」
夫人も口元に手を当てながら、複雑な思いで手紙を見つめていた。
ここは、自然豊かな美しい山々に囲まれた小さな国、コルベンヌ王国。
クライン辺境伯家は国の最奥、険しい山々との境界に広大な領地を有しており、コルベンヌ国内では王家に次ぐ権力を持つとも言われている。
そんな超有力貴族から、ロイズ家の一人娘・アリーシアに、突如縁談が舞い込んだのである。
普通なら諸手を振って喜ぶところだが――夫妻が揃って苦悩の表情を浮かべるには、理由があった。
と、そこへ。




