4-4 セレスティンの憂鬱
「…失礼ですが、若旦那様。今作成されている書類は、税務管理表ですよね?」
その言葉に、セレスティンがティーを見上げる。
これまで無表情だった瞳には初めて、驚きが滲み出ていた。
「この様式なら、私にも分かります。ロイズ家でも作ったことがありますので」
「税務の書類を…?君は、あちらの家でも、侍女だったんだろう?」
「ええ、それはそうなんですが…何というか、私は、便利屋のようなもので。人手が足りないからと、家中色々な仕事を手伝っていました」
これまでセレスティンに対し、侍女として完璧な受け答えをこなしていたティーだったが、ここに来て思わず苦笑を零す。
元々亡き母から貴族教育を受けていたティーは、ロイズ家を勘当された時には既に、社交界で必要な作法や知識は一通り身に着けていた。それが、侍女の仕事にも大いに生かされることになる。
常に貴族たちの接待をする侍女にとって、貴族文化への見識の深さはまさに、実力そのものと言っても過言ではない。
ロイズ家の他の侍女たちの中には、親切に仕事を教えてくれる先輩など誰もいなかった。それでもティーが、これまで侍女として様々な仕事をこなせたのは、やはり母の教えがあってこそ。ティーは今でも母に感謝するとともに、心から尊敬している。
誰に教わるでもなく、手際よく仕事をこなすティーの姿を目の当たりにしたロイズ家の使用人たちは、こぞって様々な仕事を押し付け始めた。しかし、子供の頃から知識欲が旺盛だったティーは、新しい仕事に出会う度、自分で資料を引っ張り出して調べては、すぐにやり方を覚えてしまうのだった。
その実、多くの仕事でこれまでのやり方よりも効率的な方法を編み出し、元の担当者よりずっと早く済ませてしまっていたことは、ティー本人も知らないことだが。
そんなティーの実情を知る由もないセレスティンは、まだ驚きに支配されつつも。
(…『便利屋』、か。それで今度は、うちの助っ人に出されたわけか)
父が気まぐれに出した手紙のせいで、この少女の身にもとんだ災難が降りかかってしまったようだ。
同じく父に振り回されている身として、目の前の健気なティーの笑顔に、何だか同情の念が湧いてきた。
そんなことを考えていると、ティーは。
「若旦那様、こちらの書類なら、この後私もお手伝いさせていただきますので…先に、朝食をお召し上がりください。朝にきちんと栄養をとらないと、お身体に悪いので」
そう言って微笑むティーに、セレスティンも。
「…そうだな」
頷いて、立ち上がった。
部屋を出る際、後ろのティーを振り返り。
「朝の仕事が一段落したら、もう一度この部屋に来てくれ。書類の説明はその時に」
「かしこまりました、若旦那様」
ドアノブに手を掛けたセレスティンが、その言葉に一瞬、動きを止めて。
「…セレンでいい。皆、そう呼んでいるだろう」
顔を背けて、そっけなく放たれた言葉に、ティーは一瞬、瞬きしてから。
「…かしこまりました。セレン様」
そう言ってもう一度、微笑んだ。
 




