4-3 セレスティンの憂鬱
とは言え。
(彼女に、エマの代わりは務まらないだろうな…)
心の内でセレスティンはそう独り言ち、溜息を吐く。
以前までセレスティンに付いていたエマは、三十代半ばの穏やかでしっかり者の女性だった。
エマは元々、王都に店を構える商家の娘だったが、クライン辺境伯領に住む商人との縁談で移り住んできたという。この家に侍女としてやって来た時、エマには既に2人の子供がいて、育児が落ち着いてきたので働き口を探していた、とのことだった。
商人のエマは貴族の儀礼やマナーにはやや疎い部分があり、侍女として最初は苦労していたようだが――有難かったのは、彼女が実家や嫁ぎ先で経理の仕事を手伝っていた経験から、税金の扱いや計算に手慣れていたことだ。
そこでエマには、セレスティン専属の侍女として、領地内の税務計算を手伝ってもらうことにした。
コルベンヌでは一般的に、女性が財務管理に携わることは珍しい。そのため貴族の令嬢でも、教養と言えば語学や音楽、裁縫などが主で、計算は簡単な足し算や引き算が出来れば十分暮らしていけるのだ。
セレスティンの税務の補助を任せられる令嬢など、余程教養の高い一握りの者だけだろう。それこそ、リリー・プログラムに選出されるような。
それだけ、エマが有していた計算能力は貴重だったのだ。
エマが3人目の子を授かったのは喜ばしい限りだが、セレスティンには内心かなりの痛手だった。
「若旦那様、紅茶はそちらにお持ちいたしますか?」
思考の海に沈んでいたセレスティンだったが、ティーの声に顔を上げる。ダイニングテーブルの前で、湯気の立つカップを手にこちらを見つめていた。
「…ああ、ここに」
言いながらセレスティンは、右手側の書類を避けて場所を作る。ティーは静かに歩み寄って来ると、カップを置いて一歩下がった。
セレスティンは紅茶を一口すすり、再び仕事の手を動かす。
エマがいなくなった分、財務処理はたまる一方だ。最近では夜中や早朝にも仕事に手を付けないと、期限に間に合わない。
そんなセレスティンの横顔に、ティーはおずおずと。
「…あの、若旦那様。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
手は止めないまま、セレスティンが聞き返す。
「エマさんは、若旦那様のお仕事の補佐をしていたとお聞きしましたが…私は今日から、何をお手伝いすればよろしいでしょう?」
「…いや、俺のことは気にしなくていい。君は侍女の仕事に専念してくれ」
羊皮紙に数字を書き込みながら、セレスティンは淡々と、そう答えた。
「エマに頼んでいた仕事は少々特殊でな。普通は、侍女がやるような仕事ではないんだ。君はもう下がっていい」
…実を言うとセレスティンは、若い娘がどうも苦手だった。
おしゃべりで噂好きで、それでいて世間知らずで――こちらが辟易していようとお構いなしに、黄色い声で延々と中身のない話を聞かされるので、気が散って仕方がない。
これまでの経験上、そんな娘たちは最初に冷たくあしらっておけば、自ずとセレスティンから距離を置くようになる。このティーという少女も、てっきりそうだと思ったのだが。
 




