終-3 灰色少女のその後
「ありがとうございます…!お姉様、その際にはまた、お勧めの本をお持ちしますね!」
「えっ…!?き、昨日の本以外に、まだあるの?」
「もちろん!昨日のものは、近代文学のほんの一部です。まだまだ紹介しきれていない“推し本”が、沢山あるんです!」
今、ティーの目の前にいるのは、木苺の宝石のような紅い瞳にキラキラと光を宿す、純粋無垢な16歳の少女。それが、リリー・プログラムを最優秀の成績で修了した公爵令嬢・コーネリスの、知られざる素顔だった。
レアンドルが“精霊石オタク”だとすれば、コーネリスは差し詰め“文学オタク”。彼女は子供の頃から、時代やジャンルを問わず様々な物語に魅了され、今では自分の手でも長編小説を紡いでしまうほど。
コーネリスが描く物語は、流麗で時に軽妙で、王宮の知識人たちをも唸らせる傑作だった。続きが気になって仕方のない役人が、「正妃教育のペースを緩めて、彼女にもっと執筆の時間を与えるべきだ」と、マクレイン女史に意見するという珍事まで巻き起こった。
「次はもっと、古い時代の作品も集めてみますね。それに、異国文学も外せません…!ああ、荷物用の馬車一台で足りるでしょうか…」
「ま、待って、コニー!そんなにたくさん読み切れない!昨日借りただけでもう、お腹いっぱい…!」
事の発端は昨日、部屋で寛ぐティーたちのもとに、これでもかというほど本を積み上げたワゴンを押して、コーネリスがやって来たことから始まった。コーネリスは、王宮での優雅な滞在のお供にと、それら一冊一冊の魅力を熱く語り始めたのだ。
ノエラは早々にギブアップして、「王都の街に用事があるから」と、そそくさと部屋を出てしまった。ティーはというと、妹になったばかりのコーネリスが懸命に話しかけてくれるのが嬉しくて、その“推し本”を何冊か借りて読んでみることにしたのだった。
「おや、レティーシア嬢、朝食はもういらないのかい?まだ料理が大分残っているけど」
「あ、いえ、朝食のことではなくて…」
「まぁお姉様、いくら何でも小食すぎます。もっと召し上がらないと駄目ですよ。ほら、このパン・オ・ショコラ、とっても美味しいんです」
レアンドルはそんな姉妹のやり取りを、面白そうに眺めている。その横で、ノエラはこっそり、セレスティンに囁いた。
「セレン様のお陰で、ティー様はこんなに素敵なご家族とのご縁で結ばれて…本当に、ありがとうございました」
「いや、俺は何も。ティーの人柄があったからこそ、公爵家も養子として受け入れたんだろう」
オルレアン公爵家では、当主を始め全員がティーを歓迎した。ティーが身に着けている教養は公爵家でも十分通用するものであったし、その思いやり深さに、使用人たちもすぐに心を許した。
しかしどうやら、気の置けない姉が出来たことで一番喜んでいるのは、他ならぬコーネリスだったようだ。
「…そう言えば、キースさんの様子はどうだったんだ?昨日、本家に会いに行ったんだろう」
「ええ。治療が順調なようで、すっかり顔色も良くなって、お元気そうでしたよ」
セレスティンに聞かれて、ノエラは笑顔で頷く。
「『早くクライン辺境伯領に帰りたい』と、何度も仰っていました。…あの様子ではすぐに、病気の方が根負けして逃げ出してしまいますよ」
「ほっほ。新しい家族に、帰って来る家族。これは我が家も、賑やかになりそうだねぇ」
穏やかな陽光が差し込む中、セルジオが目を細めながら、そう呟いた。




