第96話 任務完了
アンジュがバッジャキラに来て十二日が経過した。
レイフォナーはバラックの転移を使って、昼間メアソーグに戻っていることもあった。執務や用事を済ませて夜には戻ってきて、いつも一緒にベッドに入って眠りに就いている。
毎日、午後の決まった時間に砂漠に足を運んでるが、それ以外は基本的に自由に過ごすことができている。街や観光地にも行き、王宮内にある書庫への立ち入りも許可された。
初日の宴以外にも、国王や王妃との晩餐に何度か招待されたが、ラハリルとはあれ以来一度も顔を合わせていない。会うなと言われたのか、避けられているのかはわからない。
さらに、砂漠だった場所で緑を絶やさないために、魔法士や多方面の学者たちとの協議にも参加させてもらった。と言ってもほとんど話しを聴いているだけだったが。現地を視察したどの学者も、砂漠の原因である闇の魔力が光魔法によって取り除かれた、と見解を示した。つまり他の土地と変わらず、緑も育つし人も住めるだろうという考えだ。
初日に光魔法を使った場所では、四日目に土が乾燥してひび割れを起こした。芽吹いた植物は若干しなっていたが枯れてはおらず、水魔法士たちが上空から水を撒くと元気を取り戻した。その三日後にはやはり乾燥が確認されたが、同じように対処した結果、植物はアンジュの太もものあたりまで成長している。
三日目に、試験的に野菜の種を撒いてみた。キュウリやトマトといった暑さに強い野菜に、バッジャキラでしか育たないと言われているペリュマという野菜。それは用途が多彩で、実が若ければ食用に、加工すれば食器洗いや掃除用品にもなる。バッジャキラはそれを周辺諸国に卸しており、メアソーグの一般家庭でもお馴染みだ。
アンジュはそれらの葉や茎を触ってみた。
「どれも順調に育っていますね!」
笑顔のアンジュに、ザラハイムも笑みがこぼれた。
「ええ、嬉しい限りです」
「ペリュマの加工品が、体を洗うときにも使えるなんて知りませんでした!」
「使われてみて、いかがですか?」
「バッジャキラに来てから毎日使わせていただいてるのですが、お肌がなめらかになってきた気がします!」
ザラハイムはアンジュに手を伸ばそうとしたところ、すかさずレイフォナーが止めに入った。
「アンジュに触るな」
「おや、義弟よ」
「やめろ」
「俺の妹はお前の妻になるんだ。そう呼んでもおかしくないだろう?」
アンジュの前でこの話しをしたくないレイフォナーは表情が険しくなった。
「アンジュ、残りの砂漠地へ行こう」
「はい・・・」
アンジュの周囲だけ曇天のような空気が流れた。
こんなにも天気が良いのに、つい先程まで成長した野菜の苗を見て気分が上がっていたはずなのに、ラハリルとの婚姻の話を聞くと心が落ち着かなかった。単に二人の婚姻から目を背けたいだけでなく、ラハリルの本当の気持ちーーー誤魔化されたが、きっと好きな人がいるのだろうと思うと、やるせない気持ちに包まれた。
レイフォナーが水魔法でつくった龍に乗り、落ちないよう後ろから腰に手を回してくれているが、互いに終始無言だった。そんな雰囲気が伝染したのか、後方で飛行しているショールやチェザライ、キュリバトも口を開こうとはしなかった。
残りの砂漠の上空に到着し、確認すると光魔法を二回も使えば潤いを与えることができそうな広さだ。いや、全力で挑めば一度で可能かもしれない。つまり今日が最終日だ。
地上に降りたアンジュは気持ちを切り替え、すべての光の魔力を注ぎ込むように祈りを捧げた。
(この土地に潤いを・・・二度と砂漠化が起きないよう・・・バッジャキラが緑豊かな大地へと育ちますように・・・)
地面に当てていたアンジュの手のひらから黄金の光があふれ、それは残りの砂漠へと広がっていった。
光りが消え、砂は水分を含んだ土へと変わり、たくさんの小さな芽が顔を出した。それを見届けたアンジュは「一つ目の条件達成ね・・・」と呟いて立ち上がると、身体の違和感に気づいた。
ゆっくりと小さくだが、体が揺れているような感覚だ。まっすぐ立っているはずなのに、頭がくらくらして視界が動いているような。それは次第に激しくなってきた。レイフォナーやザラハイムたちが笑顔で話しかけてくるが、なんとなく労いや感謝の言葉を感じ取れる程度で、答える余裕もない。
「・・・アンジュ?大丈夫か?」
異変に気づいたレイフォナーにもたれかかったアンジュは、そこで意識が途切れた。
「アンジュ!?しっかりしろ!アンジュ!!」




