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王子に恋をした村娘  作者: 悠木菓子
◇2章◇

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第92話 二つの条件



 一つ目の条件は、バッジャキラ王国の砂漠化問題に関してだった。


 砂漠となった場所はもともと緑豊かな森や街があったが、二十年ほど前に突然植物が枯れ始めた。新たに植栽して水や栄養を与えても育たず、その場の住人たちは移住を余儀なくされた。

 さらに砂漠は別の地域でも確認され、マウべライドから奪った光剣を使ってもとの姿に戻せないかと試みたが、光魔法の恩恵は得られなかった。


 砂漠は現在も拡大し続けており、このままでは国中が砂漠化するのではと危惧している。そこで、アンジュの光魔法で砂漠化を止めてほしいのだという。


 そして二つ目の条件はレイフォナーに突きつけられた。


「光魔使い殿が砂漠化を止め、レイフォナー殿が私の娘を正妃として迎えてくれるのなら光剣を譲ろう」

「・・・っ!」

「ブランネイドの娘は婚約者候補を辞退したのだろう?」

「・・・はい」

「ならば残る候補は我が娘だけ。候補者を正式な婚約者にし、娶るだけだ。なんと簡単なことか」

「・・・」


 アンジュは不意に、メアソーグ国王の言葉が頭の中で響いた。


『選択を間違えるな』

『未来が一変する』


 レイフォナーにそう言っていたのは、条件を突き付けられることとその内容を見越していたのだ。条件を呑めば光剣が手に入るだけでなく、バッジャキラとの友好関係強化へとつながる。しかし『私の妃はアンジュただ一人』という私情を優先すれば、まさに国王の言うとおりだ。

 

 この条件はレイフォナーも予想していたに違いない。昨夜言っていた不安とはこのことだったのだろう。言葉に詰まっている様子を見ると、決断を下せずにいるようだ。


 焦るレイフォナーの鼓動が移ったのか、アンジュの胸もバクバクと不穏な音を刻み始めた。


 レイフォナーの立場を考えれば天秤にかけるまでもない選択だが、なんて残酷な条件なのだろう。婚約者候補を娶ることは自然の流れではあるが、自分にとっても受け入れがたい内容だ。

 だが、この機会を逃せば二度と光剣を手に入れることはできないかもしれない。それだけは避けなければ、と心が訴えている。それは自分の意志というより、別の誰かの意志ーーーいや、二百年前の自分(アンジュ)が語りかけてきたように感じた。


 アンジュは深呼吸をすると、アンヘラウムにまっすぐ視線を移して口を開いた。


「国王陛下、発言をお許しいただけますか?」

「よかろう」

「ありがとうございます」

 振り返ったレイフォナーは驚いているが、アンジュは目もくれず続けた。

「その二つの条件、承りました。まずは砂漠化を止めてみせます!」

「アンジュ!?」

 レイフォナーは声を荒げた。


 アンヘラウムは立ち上がって歩き出した。レイフォナーの横を通り過ぎて足を止めると、覗き込むようにアンジュの目をじっと見つめた。


 まるでヘビに睨まれたカエル状態のアンジュは、視線を逸らすこともできなかった。


 生意気な小娘だとでも思われているのか、本気かどうかを見定めているのか。間近で見る黒い瞳は、茶色を帯びているようにも見える。もともとそういう色なのか、自分の茶褐色の瞳が映り込んでいるせいなのか。どちらにせよ、その瞳が美しいことだけは理解した。


 アンヘラウムは笑顔を見せた。


「期待してるよ、光魔法使い殿。時間がかかっても構わない。その間、王宮の滞在を許可しよう。ザラハイム」

「はい」


 名を呼ばれ返事をした若い男性は、上座から移動してレイフォナーの横で足を止めた。それはアンヘラウムの息子、第一王子のザラハイムでラハリルの兄だ。


 彼はアンジュと護衛らを一瞥すると、レイフォナーに視線を送った。

「今日はお疲れでしょうから、砂漠へは明日ご案内します」




 ザラハイムに案内され、アンジュたちは客室の前に到着した。ご丁寧に、五人に一部屋ずつ用意してくれている。


「ご要望があれば、遠慮なくメイドにお申し付けください」


 レイフォナーは、ザラハイムと久しぶりに会えることを楽しみにしていた。幼少期より顔を合わせていた二人は幼馴染みといっていい。積もる話をしながら酒でも酌み交わしたかったが、そんな気分ではなくなってしまった。ザラハイムもそれを感じとったようで、それ以上何も言わずにこの場を去った。



 とりあえず、アンジュたちは一部屋に集まった。ソファに腰を下ろしたレイフォナーは両手で顔を覆ってうなだれた。


「・・・アンジュ、なぜ引き受けた?」

「光剣を手に入れるためです。砂漠化を食い止めるのは、やったことがないので・・・少し自信がないですけど」

 顔を上げたレイフォナーの表情は剣幕だ。

「私はラハリルと婚姻を結ぶつもりはない!」

「ですが、条件を呑む以外の方法があったのですか!?」

「私はーーー」


 と言いかけたところに、ショールとチェザライが口を挟んだ。


「お前がウジウジして決断しないから、アンジュちゃんが代わりに答えてくれたんだろ?お前の気持ちはわかるけど、私情を優先してる場合じゃねえよ」

「バッジャキラにとって長年頭を抱えている砂漠化問題と、なかなか進展しない娘の婚約を一気に解決できるまたとない機会。別の条件を求めようが大金を積もうが、国王は主張を変えなかっただろうね。レイくん、今回僕らは乞う側なんだ。アンジュちゃんが正しいんだよ」


 護衛二人の諫言(かんげん)に、ぐうの音も出ないレイフォナーは「ふう」と息をつくと、冷静さを取り戻した。

「アンジュ、責めるような言い方をして悪かった」

「いえ・・・」


 重苦しい空気が漂ってしまい、沈黙が続いた。


「外の空気を吸いに行きましょう」


 見かねたキュリバトはアンジュにそう声をかけ、返事も聞かず、レイフォナーの許可も得ず、強引に手首を掴んで部屋から連れ出した。


 部屋の前には中庭が広がっており、通路から簡単に出入りできる造りになっている。手入れが行き届いている数種類の花や大きな葉をつけた背の高い植物を楽しむこともなく、キュリバトはアンジュの手を引いたまま早足で進んでいく。



 ほどなくしてベンチが見え、キュリバトはアンジュを座らせた。地面に膝をついて、俯くアンジュの顔を覗き込むように見上げた。


「二つ目の条件はおつらいでしょう。後悔していませんか?」

「・・・チェザライ様が言われたように、私は正しい判断をしたと思います。でも・・・胸がすごく、痛みっ、ます・・・っ」


 アンジュの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


 自分以外の女性がレイフォナーの横に立つ姿を想像するだけで苦しい。あの大きく優しい手が別の女性を愛でるなど堪えられない。嫉妬でおかしくなるくらいなら、条件は受け入れるべきではなかったのか。そもそもレイフォナーの妃になる覚悟がまだない自分には、嫉妬することすら図々しいのではないか。


 正当性を否定する考えばかりが心を埋め尽くすアンジュは、涙が止まらなかった。ポケットからハンカチを取り出したキュリバトは、アンジュの濡れている目元を優しく拭った。


 それでも涙があふれるアンジュを、キュリバトは隣に腰を下ろして抱きしめ、泣き止むまで頭や背中を撫で続けた。


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