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王子に恋をした村娘  作者: 悠木菓子
◇2章◇

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第81話 お披露目



 午前中にユアーミラを目覚めさせたアンジュは、キュリバトと共に王城敷地内にある訓練場に向かった。


 いよいよ今日から剣術稽古が始まる。訓練服に身を包みドキドキしながら到着すると、ボルドーの髪を結った見覚えのある女性がストレッチをしていた。


「フリアさん!」

「久しぶり、アンジュちゃん」

「剣術の先生ってフリアさんなのですか!?」

「ああ。よろしくね」

「よろしくお願いします!」


 アンジュは以前、王都の食堂で酔っ払いに絡まれていたところをフリアに助けられたことがあった。彼女はチェザライの妻で、妊娠を機に騎士団を退団して今は子育てに専念している。現役時代は役職こそなかったものの上位の実力者で、ブランクがあれどその腕は落ちていない。


 そこへ、国王がやって来た。レイフォナーにショールとチェザライ、国王の護衛たち、そしてバラックとその部下たちという仰々しい顔ぶれを引き連れている。


「やあ、アンジュ。訓練服姿が凛々しいね」

「あ、ありがとうございます!」

 アンジュは国王にそう返すのが精一杯だった。

「父上、私のセリフをとらないでください」

「お前はまた・・・」

 国王はうんざりした顔をしている。


 アンジュは国王を前にすると異様に緊張してしまう。怖いわけではない。レイフォナーのように気さくに接してくれて嬉しいのだが、本来なら王族には一生お目にかかることはない身分なのだから仕方ない。しかも前回同様、予告なしでの対面だ。挨拶をし忘れたことに気付いたが、国王はすでにフリアと親しげに会話しているため諦めた。


 国王がわざわざ足を運ぶなど只事ではないと思い、レイフォナーに小声で尋ねた。

「あの、何かあるのですか?」

「お披露目だよ」

「バラック、早速始めてくれ」

「御意」


 バラックは少し離れた場所に移動した。右手にはいつも杖を持っているが、これは背丈ほどの大きさがある。その杖でよく魔法を繰り出しているが、アンジュはバラック以外に杖を持っている魔法士を見たことがない。超級魔法士にだけ許された代物なのだろう、と勝手に納得した。


 目を閉じたバラックは杖で足元の地面をかるく突いた。


 すると、バラックを中心にして地面に直径二メートルほどの白い円が現れた。色は違えど、アンジュはこれと同じような光景に見覚えがあり、恐怖がよみがえって体がビクッと跳ね上がった。円は光り出し、バラックを包み込んだ。


 光が消えると、そこにははじめから何もなかったかのように円もバラックも消えていた。


「転移!!」

 アンジュは思わず叫んでしまい、レイフォナーたちも驚きを隠せていない。

「バラック先生は本当に・・・すごいな!」

「やべー!すげー!」

「仕事中なのにフリアに会えるの嬉し〜」

 と言ったチェザライは、転移よりも横にいる嫁に夢中だ。


 国王は胸の前で腕を組み、バラックがいた場所を笑みを浮かべて見つめている。バラックの部下たちは難しい話をしたり、メモをとったり、時間を計っているのか時計を見たりと忙しそうだ。


 これまで転移魔法は闇魔法でしか成し得なかったが、バラックは自身が有する火水風の魔力を駆使して、研究していた転移魔法を完成させたのだ。ただし、転移先はバラックが行ったことのある場所という条件や、一度に転移できる人数にも制限がある。


 キュリバトは隣りにいたバラックの部下に尋ねた。

「バラック先生はどこに転移したのですか?」

「すぐにわかるさ。ある人物を迎えに行ったんだ」


 ほどなくして、先程バラックがいた地面に白い円が出現して光り出した。


 転移は世界の狭間に飛ばされるという噂があり、失敗したら帰還できない可能性がある。だがこの場の誰もがそんな心配はしていない。研究を重ね、テストを繰り返し、完璧にお披露目できるまでに仕上げてきたのだと確信している。


 光りが消えると、そこに立っていたのはバラックとハルを抱っこしたイルだった。


「転移すげー!」

「あっという間じゃったろう」

「うん、ありがと」

「うむ」

「ここどこー?」

「お城だよ。王様のおうち」

「おしろ。おーさま」


 三人はそんな話をしながら待っていたみんなに合流した。バラックが転移したのはワッグラ村で、イルとハルを連れて無事に戻ってきた。闇魔法を使わず転移を成功させた快挙に、全員が大喜びだ。国王はバラックを抱きしめて、感動のあまり泣きそうになっている。



 レイフォナーと国王がバラックと話し込んでいる間、アンジュはイルの横に移動した。


「その格好・・・」

 イルはアンジュと同じ訓練服を着ている。

「あいつに誘われたんだよ。俺も稽古に参加する」


 先日ワッグラ村に行ったときのこと。アンジュがハルと遊んでいる間に、イルはレイフォナーに『王城で稽古を受けてないか?』と打診されたのだ。そもそもこれは、イルに近衛騎士団へ誘ったものの断れてしまった国王が言い出したのだ。


 今のままではクランツに勝てないと思い、各々は稽古に励むことになった。レイフォナー自身もイルの能力は大きな戦力になると考えていたため、国王の意見は理解できた。だが、騎士でも魔法士でもない村の少年をクランツとの戦いに巻き込むことに葛藤しつつ、稽古は命令ではなくあくまでお誘いとして提案した。もし丘でのような戦闘になった場合、命の保証はできないのだ。


「家のことは大丈夫なの?」

「うん。なんか、すげー好条件を提示されてさ」

「好条件?あれ、そのピアス・・・」

「これでじいさんに連絡をとって、送り迎えしてくれるんだと」


 イルの両耳にはアンジュとレイフォナーが身に着けているものとお揃いで、バラックが魔力を込めたピアスが輝いていた。魔力がないと会話ができないが、魔力に似た能力を得たイルにも扱えるようだ。


 提示された好条件とは転移で送り迎えだけでなく、一緒に連れてきたハルのことだ。家の手伝いやハルの世話があるから国王の誘いを断ったため、稽古中は王城で侍女たちが預かってくれる。それに家の手伝いが優先で、稽古も都合のよい日だけ参加だ。


 イルはレイフォナーから稽古の話をされたとき、二つ返事で引き受けそうになった。強くなりたい、稽古をつけてもらいたい、と願っていたからだ。ダメ元で両親に相談したところ、「お前のやりたいようにしなさい」と背中を押してくれた。



 話が一区切りついた国王はイルに話しかけた。イルは少し気まずそうにしている。国王の誘いを断ったにもかかわらず、結局稽古を受けることになったからだ。そのことを謝ると、国王はそんなことは気にも留めていなかったようで、歓迎するようにイルの頭を優しくたたいた。そしてイルに抱っこされているハルの視線がくすぐったかったのか、愛でたくなったようだ。


「可愛いなぁ。イルにそっくりだ」

 イルは国王に抱っこされて首を傾げているハルに耳打ちした。

「この人が王様。レイくんのパパ。ハル、挨拶して。練習しただろ?」

 練習を思い出したハルは、満面の笑みを国王に向けた。

「おーさま、こんにちは!ハルです!」

「ふふっ、こんにちは。ハルにお友達を紹介したいんだけど、王様と一緒に会いに行こうか」

「うん!」

「ということで、ハルはもらっていくよ。稽古、頑張って」

「えっ?あの・・・」


 兄だけでなく弟も気に入った国王は、ハルを抱っこしたままバラックと部下たちを連れて稽古場を後にし、アンジュたちを激励したレイフォナーたちも早々に行ってしまった。チェザライはこの場に残りたそうだったが。


 フリアはあっけにとられているイルの肩に手を置いた。

「うちの娘たちも一緒だから安心しな」


 ハルが連れて行かれたのは、王城の一部屋を改装した子供部屋だ。パステルカラーを施した可愛らしい内装で、たくさんのおもちゃや人形、絵本にお絵描き道具、昼寝ができるようベッドも用意されている。稽古の日、イルは弟を、フリアは双子の娘を侍女に預けるために作られたのだ。


「お友達ってあんたの子供のことか。えっと・・・」

「君たちに剣術を教えるフリアだ。よろしく」

 優しい笑みを浮かべ、イルに手を差し出した。


 事前に元騎士が稽古をつけてくれると聞いていたイルは、少し驚いている。女性だとは思っていなかったからだ。騎士団に入るためには厳しい試験を突破しなければならない。そして入団後の新人には血反吐を吐くほどの訓練が待っているという。退団したとはいえそれらを乗り越えた目の前の女性を、素直にすごい人だと思った。


 イルも手を差し出し、固く握手をした。

「俺はイル。よろしく」

「やる気に満ちたいい目をしているね」


 レイフォナーは当初、アンジュたちの稽古にショールの父であるマイルに稽古を依頼しようかと考えていた。だが筋骨隆々な大男よりも、同性のフリアのほうがアンジュも取り組みやすいだろうし、剣術初心者なイルにも適任だと考えた。チェザライにフリアの協力を求めたところ思い切り嫌な顔をされてしまったが、本人はかなり乗り気で引き受けてくれた。


「イル。稽古中の能力解放は禁止って聞いた?」

「えっと・・・素の状態で基本を身に付けるため」

「その通り。それに能力を使われたら、あたし死んじゃうからね。では、アンジュ、イル、早速始めようか!怪我をしないためにもまずはストレッチから」

「はい!」

 アンジュとイルは背筋を伸ばして返事をした。


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