第8話 執着?
そのあと、アンジュはレイフォナーから質問攻めにあった。家族のこと、風魔法のこと、刺繍以外の趣味や得意なこと、普段の生活のことなど。
田舎者の話を聞いて面白いのだろうか、と思ったがレイフォナーは興味津々のようだ。
はじめは戸惑いながら答えていたが、徐々に友人と話をしているかのような心地良さを感じた。自分からも質問をすると丁寧に答えてくれて、ショールやチェザライも混ざって話をしていると、あっという間に時間が過ぎた。
三人は帰る時間となり、アンジュは家の外で見送りをする。
「また来てもいい?」
「構いませんが、お忙しいのでは?」
「そうだね・・・でも時間を作るよ」
レイフォナーはそう言うと、アンジュの頰を撫でた。
アンジュは化粧をしていないため、太陽の下で見るガラス玉のように輝く大きな瞳は、美しさが際立っている。毎日庭仕事をしていてもシミ一つないサラサラな肌は、ずっと触っていられる気持ちよさだ。
「あ、あのっ!」
どうしていいかわからず目を逸らしたアンジュの顔は、リンゴのように真っ赤だ。
少し離れた所で二人のやりとりを微笑ましく見ていたチェザライが、右手を体の前に差し出す。すると、手のひらから風が発生し、みるみると鳥へと変化した。それは大人三人が余裕で乗れるほどの大きさだ。鷹のような勇猛な姿は、全体的に白いが体内には緑色の風が流れているように見える。
「すごい!かっこいい!なんて大きいの!」
アンジュは以前、チェザライが生き物を作り出したところを見ている。
だが今回は大きさが格段に違い、感動と興奮が収まらない。
そんなアンジュを見ているチェザライは、顔がニヤけてしまう。魔法で生き物を作った際に、こんな反応が返ってくるのは久しぶりで嬉しいのだ。「初々しくてかわいー」と言うと、レイフォナーに睨まれてしまった。
じーっと鳥を見つめているアンジュは疑問に思った。
(これに乗って帰るのよね?これ風よね?・・・乗れるの?)
そのことを尋ねてみると、三人にクスクスと笑われてしまった。
「触ってみて」
そう言われて鳥に近づき撫でてみると、弾力があり、だが見た目は確かに風だ。しかも鳥は意思があるのか、「くすぐったいよー」と言葉を発した。見た目とは裏腹に、子供のような可愛い声をしている。
「喋った!?」
魔法学校に通わなかったアンジュには、生き物を作り出すことすら出来ないが、人語を話す生き物を作る上級魔法士の能力の高さに驚かされている。羨望の目で撫で続けていると、やはりくすぐったいようで、「きゃはは!」と笑い声を上げている。
「じゃあ、またね」
三人は鳥の背に乗って飛び立つと、あっという間に見えなくなってしまった。
「は、速い・・・!」
鳥に乗って空を飛んでいる三人は、アンジュの話で持ちきりだ。
「純粋でいい子だよなー」
「ああ」
「僕は彼女に風魔法を教えてあげたいなぁ」
「レイ、お前さ。なんであの子のためにそこまでする?」
そこまで、とは橋の工事のこと、贈り物のこと、わざわざ村まで足を運ぶことを指しているのだろう。
「レイくんが女の子に執着するなんて初めてじゃない?」
「執着・・・しているように見えるのか?」
と聞くと、二人は声を揃えて「うん」と言った。
「・・・そうか」
レイフォナーは自分に近づいてくる女性の心の内を、大体察することができる。自分の容姿や地位への欲望に駆られ、色目を使う女性たちをこれまで数え切れないくらい目にしてきた。
だがアンジュはどの女性とも違う。
自分を好意的に思ってくれていると感じるが、彼女の純粋な瞳は心地よく、政治的駆け引きなどもなく、一緒に過ごす時間は心穏やかでいられる。今日はゆっくりとたくさん話をして、彼女自身のことを存分に知ることができた。
声や仕草、化粧をしていない素顔や質素なワンピース、庭仕事や家事でカサカサな指でさえも好ましく思える。彼女を可愛いと思っているのは事実だが、執着しているつもりはなかった。
だが自分はこの国の王子だ。
「そろそろ、正式に婚約者を決めなきゃだろ?」
「王子は国や民のための妃を選ばなきゃいけない・・・」
「・・・わかってる」