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王子に恋をした村娘  作者: 悠木菓子
◇2章◇

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第77話 継続は力なり



 アンジュやレイフォナーたちは数日後から稽古が始まるため、忙しくなる前にワッグラ村に来ていた。自宅の掃除をして隣のおばあさんに挨拶し、現在みんなでイルの家の放牧場に腰を下ろしてのんびり過ごしている。


「なんて可愛いんだ・・・!」

「お前、羊にもモテるんだな!」

 ショールは腹を抱えて笑っている。

「王城でも飼えないだろうか」

「誰が世話するのさ」


 レイフォナーの周りには羊が集まり、両側にはぴったりと寄り添うように、二匹の仔羊が気持ちよさそうに目を閉じている。前回来たときはハルとの遊びに夢中になってしまい、羊と触れ合う時間がとれなかった。念願叶ったレイフォナーは、仔羊を撫でながら目尻が下がりっぱなしだ。

 そんなレイフォナーの可愛い一面に、アンジュは声を出して笑いそうになるのを我慢している。


 そこへ、可愛い声が聞こえてきた。

「レイくーん!」

 手を振りながら駆け足でやって来たイルの弟・ハルを、レイフォナーはひょいと持ち上げて膝の上に乗せた。

「ハル、久しぶりだな」

「うん!」

「僕たちのことも覚えてる?」

「チャイくんとキューちゃんと・・・えーっと・・・・・・ショール!」

 と、満面の笑みで言ったハルの頭をチェザライは優しく撫でた。

「ハルはとっても賢いね〜」

「なんで俺だけ呼び捨てなん?すげー疎外感・・・」

「下に見られてるんじゃねえの?」


 落ち込むショールに哀れみの目でそう言ったのは、ハルの後ろを付いてきていたイルだ。反論するショールを存分にからかうと、レイフォナーからハルを取り上げた。


「ハル、その兄ちゃんに近寄るな」

「なんで?」

「・・・偉い人だから」


 本当は恋敵だからと言いたかったがハルには理解できないだろうと思い、言葉を濁してしまった。以前ほどレイフォナーに嫌悪感はないが、ハルが懐いている姿は見ていて複雑だ。

 抱っこから降りたがるハルを地面に降ろすと、ハルはアンジュに駆け寄って抱きついた。

 

「ハル、最近一緒に遊べなくてごめんね」

「・・・にいにがね、アンジュちゃんにはじじょうがあるっていってたの。いそがしいって。だからね、ハルはだいじょぶだよ」


 少し見ない間にハルは強くなったようだ。アンジュは成長を感じて嬉しくなったが、それと同時に甘えてもらえなくてなんだか寂しくなった。ハルに我慢させているのかもしれないと思い、今日くらいは思い切り甘やかすことにした。


「よし、遊ぼう!何しようか?」

「あっちにね、きれいなおはながさいてるの」

「じゃあ、案内してくれる?」

「うん!」


 ハルは立ち上がったアンジュの手を引っ張っていき、キュリバトも後を追った。それを微笑ましく見ていたレイフォナーは、付いていこうとしたイルに声をかけた。


「イル、話がある」

「・・・?」



 ハルに連れてきてもらった場所は放牧場の外側で、小さな白い花がたくさん咲いていた。昔、よくイルと一緒にこの花を摘んで茎を編み込んで花冠を作ったことを思い出し、ハルにそれを作ってあげると大喜びしてくれた。

 その後ハルは、昆虫を捕まえようと奮闘していたが諦めたのか飽きたのか、キュリバトが作った鳥に乗って空に行きたいと言った。ハルは空の散歩が大好きなのだ。


 ハルを膝に乗せ、落ちないようお腹に手を回した。鳥が飛び立つと、楽しすぎて身を乗り出したり立ち上がろうとするため自然と腕に力が入る。無邪気で可愛いハルと過ごす時間は楽しいはずなのに、ふと考え事をしてしまった。ユアーミラを目覚めさせるという責任と重圧、まだ届かないバッジャキラからの返答、予測不能なクランツへの畏怖、稽古への不安。心がざわついて、どことなく呼吸がしづらい。


「心に余裕があれば不安を払拭できるのかな・・・?」

 ボソッと言ったつもりだったが、後ろのキュリバトには聞こえていたようだ。

「余裕がある人は、実力と自信を兼ね備えています。それは勉強や修行など真摯に取り組み、経験を積んでこそ生み出されるもの。アンジュさんはスタートを切ったばかりです。余裕がなくて当然ですよ。かくいう私もまだまだ若輩で、余裕なんてありません」

「ご謙遜を・・・」

「余裕へは近道などなく、コツコツと努力を続けることです」

 キュリバトの言葉が心に染みたアンジュは、呼吸が楽になった気がした。

「はい、頑張ります!」


 いつの間にかアンジュを見上げていたハルは、二人の話を大人しく聞いていた。

「アンジュちゃん、がんばるの?」

「うん。みんなが笑顔で楽しく暮らせるように」

「ハル、おうえんするよ!がんばってね!」

「ありがと、ハル!可愛い!!」

 澄んだ大きな瞳を真っ直ぐ向けてくるハルを、思い切り抱きしめた。

「くるしいよぉ〜」


 村の穏やかな時間と自然豊かな空気を存分に取り込み、ハルから元気をもらい、キュリバトに励ましてもらったことでやる気が出た。王城に戻ってすぐにでも稽古を始めたいくらいだ。




 アンジュとキュリバトに手を繋いでもらい、歌を歌いながら戻ってくるハルが見えたレイフォナーは、ちょうどイルとの話しを締めようと思っていたところだ。


「ご両親ともよく話し合って決めてほしい」

「わかった」


 ショールは立ち上がって、体を伸ばした。

「じゃあ、帰るか」

 全員が立ち上がると、レイフォナーは子羊を抱き上げた。

「まさかうちの羊を連れて帰る気じゃないよな?」

「駄目か?せめて一晩だけでも・・・」

 と悲しそうな顔をしているレイフォナーから、イルは羊を取り上げた。

「ダメに決まってるだろ!」


 合流したアンジュは首を傾げた。イルはしょげているレイフォナーを睨み、ショールは爆笑し、チェザライはため息をついているのだ。何が起きたのかわからないが、各々のバラバラな表情に思わず笑ってしまった。


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