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王子に恋をした村娘  作者: 悠木菓子
◇2章◇

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第71話 勇気と成長



 自分で言ったにもかかわらずアンジュは体が固まってしまい、イルに放っていた光魔法が消えてしまった。

 

「イルさん。申し訳ないのですが、治療を中断させていただきます」

「少し回復したから平気。さっきみたいな力は出せないけど、動けないわけじゃないから」

「アンジュさんとイルさんは、私がお守りします。アンジュさんはユアーミラ皇女に光魔法を使ってください」

 キュリバトはアンジュとイルの前に立ち、両手から炎を出して構えた。


 ここにいるみんなの命は自分にかかっているのだ。あまりのプレッシャーに、さっきまで光魔法はどう発動させていたんだっけ?という初歩的なことすらわからなくなっていた。思い出そうとしても、一瞬の判断の誤りが生死を分けるであろう緊迫したこの状況に、焦りが増すばかりだ。


「アンジュさん!早く!!」

 飛んでくる闇魔法を防御しながら、キュリバトが叫んだ。

「おい、アンジュ!しっかりしろ!俺のときを思い出せ!」

 イルはアンジュの肩を掴んで揺さぶった。


 闇魔法に操られていたイルの中から闇の魔力を追い出したときは、苦しんでいるイルを見ていられなくて無我夢中だった。どうやって光魔法を発動させたのか、いまだにわからない。


 目の前で繰り広げられている戦いは、アンジュの緊張と恐怖を煽り立てる。レイフォナーたち三人がかりでもユアーミラに苦戦し、いつも無表情なキュリバトも余裕のない表情だ。胸の鼓動が嫌な音を立てて大きくなり、呼吸が荒くなった。


 体が動かない。自分はいつもいつも助けられてばかりだ。無人島に飛ばされたときも、操られているイルに襲われたときも、王都の食堂で酔っ払いに絡まれたときも。あのときは、強さと揺るぎない信念を持ったフリアに助けられた。自分には彼女のように行動に移す勇気も強さもない。肝心なときに何もできない自分は、なんて弱くて情けないのだろう。


「わ、私にはやっぱりーーー」

 できない、と言いかけたとき声がした。


(愛する人たちを見殺しにするの?)

(彼らを救えるのはあなただけでしょう?)

(レイフォナーとの約束を忘れたの?)


 その声は、眠りから覚めないイルや怪我をした騎士を治療したときの心の会話のように響き、主人の情けなさに呆れた光の魔力が語りかけてきたように感じた。


 ユアーミラの狙いは自分を殺すことだ。それに対抗するためにレイフォナーたちは今も命をかけて戦い、キュリバトは守備に徹し、戦闘経験がないイルも勇敢に戦ってくれた。


 以前レイフォナーは、いつか訪れるかもしれない有事に『力を貸してほしい』と求めてきた。それに対して協力すると約束したのだ。今の自分はレイフォナーに愛されている自信があり、それと同時に大きな期待も寄せられている。いつまでも守られてばかりではそれに応えることなどできない。


 アンジュは、震えていた手のひらを拳にしてギュッと力を入れた。


(私は・・・レイフォナー殿下の期待に応えたい!無能な光魔法使いだとガッカリさせたくない!愛する人を守りたい!!)

(その思いがあれば大丈夫。さあ、立ち上がって!)


 イルは、ブツブツと何かを呟きながらゆっくりと立ち上がったアンジュの姿を見て体が強張った。先程までの恐怖に満ちた表情は、強い意志をもった凛々しい顔つきになっていたからだ。

 アンジュは大きく深呼吸をした。右手を胸の高さまで差し出すと手のひらに黄金の光が溢れ、それを集約するようにして球体を作った。


 そのとき、ユアーミラの手のひらの黒い湯気のようなものが三方に伸びた。それはレイフォナー、ショール、チェザライの首に巻き付いて、三人を宙に持ち上げた。三人はそれを掴み、外そうと魔法を放って抵抗している。


「ご安心くださいませ、レイフォナー様。護衛共には死んでもらいますが、あなた様は殺しません。ただ少し眠っていただきます。目を覚ましたとき、アンジュの屍とご対面ですわ!」

「や、めろっ!ユアーミラ!」

「うふふ。では、また後ほど」


 ユアーミラは悦に浸りながら黒い湯気を絞め始めると、レイフォナーたちの呻き声が轟いた。アンジュは球体を槍の形へと変え、それを右手で掴み、右足を後ろに引いて構えた。


(愛するレイフォナー殿下、大切な仲間たち、そして操られているユアーミラ皇女。この場の全員を救ってみせる!)


 アンジュは一瞬体が熱くなったのを感じた。それは光の魔力が笑いかけてくれたのだろうと思い、右手に緑の風を発生させてユアーミラを見据えた。


「行けええええぇーーー!!!」

 アンジュはそう叫びながら、思い切り槍を放った。


 風魔法を纏った黄金の槍は、目にも留まらぬ早さでユアーミラの左胸に突き刺さり、ユアーミラはその衝撃で天を仰いでピタリと動きが止まった。

 それと同時に、レイフォナーたちに巻き付いていた黒い湯気が消えた。落下する三人は白い繭のようなものに全身を覆われ、それらは空中を滑るようにしてアンジュの目の前に移動してきて、ゆっくりと地面に置かれた。


 すると、ユアーミラの呻き声が響き渡った。四つん這いになり、胸に刺さっている槍を抜こうとしたかと思えば、首を掻きむしり始めた。耳を塞ぎたくなるほどの叫喚は、見ているアンジュたちの表情も歪めさせるほどだった。


 しばらくしてユアーミラは口から黒い湯気を吐き出し、それは逃げるようにして消えると黄金の槍も消えた。体内から闇の魔力が消えたユアーミラは力が抜けたのか、全身の骨が粉々になっているせいなのか、意識を失って溶けるようにして倒れ込んだ。



 辺りは静まり返り、戦闘によってぐちゃぐちゃになった草花を慰めるように温かい風が吹いた。



「終わった・・・の?」

「アンジュさん、すごいです!やりましたね!」

 キュリバトは感動しているのか目が潤んでいる。

「お前さんにはまだ治療という仕事が残っておるがな」

 アンジュは、その声が聞こえた後方を振り返った。

「バラック先生!」

「見事じゃった」

「じいさん、来るのおせーよ」

 イルは、大きなため息をついて立ち上がった。

「そう言うな。闇の魔力を感知して、これでも急いで来たんじゃ」


 レイフォナーたちを守った白い繭は、バラックの魔法だったのだ。バラックが杖を一振りすると繭に亀裂が入り、蕾が開くようにしてレイフォナーたちが現れた。


「みなさん、大丈夫ですか!?」

 傷だらけで咳き込む三人の痛々しい姿に、アンジュは溢れる涙を止められなかった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!私がもっと早く動けていたら・・・!」

「大丈夫だよ、アンジュ。泣かないで。しかし、一体どうやって助かったのだ・・・?」


 レイフォナーたちは、アンジュが黄金の槍を放った瞬間を見ていなかったようだ。黒い湯気に首を絞められ、それどころではなかったため無理もない。


「なんじゃ、見ておらんかったのか。勿体ないのう」

「バラック先生!?」

「闇の魔力がまだ纏わりついてる気がする・・・うえぇ」

「死ぬかと思った〜」


 そう話すレイフォナーたちは重傷を負っていないようだが、アンジュは三人に手のひらを向けて光魔法を放った。その光に包まれた三人は、なんとも気持ちよさそうな表情を浮かべた。



 そこへ、イルがユアーミラを肩に担いできた。

「この女、どうすんの?」


 地面に寝かされたユアーミラの呼吸は止まっているかのように静かだ。全身から血を流して至るところが腫れ上がり、軟体動物のように腕や足ががぐにゃぐにゃになっている。


 アンジュはユアーミラにも手のひらを向けて光魔法を放った。

「助けるのか?」

 イルは、放っておけばいいのにと思っていそうな言い方だ。

「この人は多分、被害者だから・・・」 


 大切な人たちを危険な目に合わせたことは許せないが、もし助けなかったら後悔するだろうし、皇女を殺めたとなれば国家間の大問題に発展してしまう。それにユアーミラはレイフォナーを想う気持ちを利用されたのだろう。恋敵とはいえ、愛する気持ちを利用するなど許しがたい所業だ。


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