第69話 消えた遺骨
ここは王都の外れにある小高い丘だ。周囲は木々と川に囲まれ、外側から見るとちょっとした森の島のように見える。
アンジュたちはここまで馬で来たのだが、どこにも橋が見当たらないため川の手前で馬を降り、魔法を使って川を飛び越えた。背の高い木々の間を通り坂を登りきり、辿り着いた場所は平地になっていた。六人の目には、手入れがされていない生え放題の草花と、誰かが出入りしていたであろう大雑把に草花を踏み潰したようなぼんやりとした一本道、その先にある小さな白っぽい建物が映っている。
「ここは・・・?」
アンジュはあたりを見渡しながらレイフォナーに尋ねた。
「私も初めて来たのだが、クランツの骨が納められていると思われる場所だ」
「こんな場所あったんだな」
「しかも王都にね」
ショールとチェザライも初めて来たようだ。
「建物まで行ってみよう」
王家の霊廟には歴代の王や妃たち、その他の王族が祀られているがクランツの名はどこにもなかった。王家から抹籍されているのだから当然だが、レイフォナーたちは光剣の捜索過程でクランツに関連がありそうなこの丘の存在を突き止めた。
建物の前に着くと、そこは物悲しい雰囲気が漂っている。真っ白であっただろう壁はくすみ、ヒビが入り、蔦が張っている。誰からも見放された哀れなその光景に、アンジュは目を背けてしまった。
建物の一枚扉には鍵が設置されており、チェザライが風魔法を鍵穴に流し混んで人差し指を左にクイッと動かすと、ガチャンと音が鳴った。
「じゃあ、開けるぞー」
取っ手を掴んだショールは扉を開けようとしたが、びくとしなかった。思い切り引っ張ったり、体重をかけて押してみたりしたが無駄だった。
「うん、無理だわ。イル〜、代わって」
「あんた、ほんとに魔法士兼騎士なのか?頼りねえなぁ」
「うるせー」
イルはショールに冷ややかな視線を送りながら扉の前に立ち、取っ手に手をかけて手前に引くと分厚い扉はゆっくりと開いていった。しかし、目の前には中に入ることを阻むように鎖が幾重にも張り巡らされていた。それは黒い湯気のようなもので出来た鎖で、アンジュたちは見覚えがあった。クランツの部屋に張られていたものだ。ここに結界が張られているということは、出入りしていたのはクランツで間違いない。
「なんか、気持ち悪い空気が渦巻いてる」
そう言ったイルに魔力はないが、魔法と似た能力を得たためか闇の魔力を感じ取っているようだ。
「結界が厳重に張り巡らされているな」
レイフォナーは鎖に手を伸ばすと、以前と同様にバチッと弾かれてしまった。
バラックがいないため、この結界を破ることができるのはアンジュだけだ。誰に言われるまでもなくアンジュは扉の前までやって来ると、結界の鎖に手を伸ばした。鎖を外したいと心で願うと手のひらから黄金の光が溢れ出し、鎖はパキン、パキンと崩れていった。
「見事だ」
レイフォナーに褒められたアンジュは、頬を染めて俯いた。
「ありがとうございます」
太陽光が差し込んだ狭い室内へと足を踏み入れると、六人の目には異様な光景が飛び込んできた。湿っぽい匂いと、つい最近使ったであろう不気味な魔力が充満している中で、掘り起こされた地面と崩れた岩が転がっていた。
キュリバトが手のひらに炎を出すと、それはより鮮明に映し出された。
「どういうことだ?」
「うえぇ、やっぱこの魔力気持ちわりぃ」
「荒らされてるね」
「盗掘でしょうか?それとも・・・」
アンジュは、腹の底から鈍痛のような嫌な息苦しさがじわじわと湧き上がってきた。
「結界が張ってあったことを考えると、クランツがやったのだろう」
掘り起こされた地面は、骨壺が納められていたと思われる大きさだ。オラゴネルの話では、クランツは光剣によって肉体が滅び、骨と魂になったという。ここにはその骨を納めた骨壺が埋められていたに違いない。骨を持ち去って何をするというのだ。
アンジュが不安に駆られている間、レイフォナーは崩れた石を手に取っていた。それには文字らしきものが刻まれており、幸いにも粉々になっておらず、くっつければ文字が読めそうな状態だ。
レイフォナーの手元を炎で照らしていたキュリバトが、アンジュに視線を向けた。
「復元できますか?」
「はい?」
「アンジュさんの光魔法で直せるでしょうか?」
「石を・・・直す?」
はたして無機物に治療や癒しの効果があるのだろうか。そのときふと、母親の手紙を手にしたときのことを思い出した。あれは光魔法によって母の言葉を宿した木箱との対話だったとすれば、石に対しても有効かもしれない。
「やってみます」
レイフォナーは、横にしゃがんだアンジュの肩を優しく抱いた。
「成功しなくても構わない。復元の方法は他にもあるから」
「はい!」
アンジュは両手のひらを崩れた石に向け、目を閉じて語りかけた。
(聞こえますか?あなたを元に戻したいのですが・・・)
しばらく待っても返事はなかった。答えたくないのか、感情がないのか。それならば一方的ではあるが、対話を諦めて石を直すことに集中した。すると手のひらが黄金に光り出して石たちを包み込んだ。元の姿を想像すると、石たちはカチャ、コツンと音を響かせ、己の居場所に戻るように引き寄せられてくっついてゆく。その迷いのない動きはまるで、嬉々としているように感じた。
(やっぱり石にも感情があるのかな?)
そんなことを考えながら、最後の一欠片がはめ込まれたことを感じたアンジュは目を開けると、手のひらの光も消えた。そして目に映ったのは、繋ぎ目さえもわからない一枚の岩だった。
「で・・・できた!」
「すごいな!ありがとう、アンジュ」
レイフォナーはアンジュの頭を撫でたあと、元に戻った墓石に刻まれた文章に目を移した。
“この地に、クランツ・ヘルグ・メアソーグの御骨を納める。光魔法士との戦いに敗れた無念を鎮め、安らかな眠りを願い、何人たりとも脅かされることのない安寧な世を祈る。999年、9月9日”
そこにはクランツの正式名と当時の人々の願い、そしてクランツの肉体が滅んだと思われる日付が刻まれていた。
「ここはクランツのお墓で間違いなさそうだね〜」
「魂は生きてるけどな」
ショールとチェザライの言葉に、レイフォナーはなにやら考え込んだ。
「墓石が崩れていたのはたまたまでしょうか・・・?」
というアンジュの言葉に、何かが閃いたような表情を見せた。
「まさか・・・いや、考えすぎだろうか。とりあえず、一度王城に戻ろう」
一通り建物内を調べ終えた六人は外に出ると、イルが扉を閉めてチェザライが鍵をかけた。外の美味しい空気を取り込みながら一本道を戻っていると、突然後ろの建物から邪悪な魔力が発生した。




