第66話 帰国
「ただ今、戻りました」
キュリバトはレイフォナーに頭を下げた。
「ご苦労。三人とも怪我はないか?」
「はい」
メアソーグの王城に到着したアンジュたちは、レイフォナーの執務室に通されていた。執務中だったレイフォナーの傍にいるチェザライとサンラマゼル、ソファに座っているショールもアンジュたちの帰国を歓迎した。
「その様子だと、光剣は入手できなかったようだな」
「申し訳ございません」
「まあまあ、三人は戻ったばかりだし?ゆっくり話そうぜ」
「そうそう、僕はキューちゃんが手に持っているものが気になるなぁ」
ショールとチェザライは、それがお土産だとわかっているようだ。
キュリバトはチェザライにお土産を渡した。それはバッジャキラの有名な焼き菓子だ。薄く伸ばした生地を細い棒に巻き付けて焼き上げ、層になったサクサクッとした食感と甘い味付けが楽しめる。
「美味しそ〜」
「ちょうど小腹が減ってたんだよな」
サンラマゼルはため息をついた。
「では、お茶の用意をしましょう」
アンジュはレイフォナーの目を見れず、一言も発せず俯いたままだ。この場の全員がその理由をわかっており、気まずい雰囲気を打ち消すように会話を盛り上げている。そうこうしているうちにお茶が運ばれてきて、みんなでお土産を食べた。
「では、報告を聞こう」
キュリバトが今回の旅を話し始めた。ロネミーチェの森に設置されている壁のこと、マウべライド一族の過去と現在の生活、光剣のこと、オラゴネルが考えるクランツの正体、帰国前に王宮に寄ったことなど見聞きしたことをそのまま伝えた。
「報告は以上です。アンジュさんとイルさんから補足はありますか?」
「補足ではありませんが・・・光剣を手に入れるため、バッジャキラ王家に交渉していただけないでしょうか?」
アンジュはレイフォナーから視線を外したままだが、ここに来た目的を果たすべく、強張った声になってしまったが伝えることができた。
「勿論だ。国王陛下にも相談して、交渉の機会を設けてもらおう」
「ありがとうございます」
「俺は、岩を持ち上げるほどの力を得た理由が知りたい。そんなこと前はできなかったし」
「以前、バラック先生の研究室で半透明の石を持ち上げただろう?」
「石・・・あーうん、覚えてる」
「手のひらに石を乗せたお前は、綿が乗っているような感覚だったそうだな?だが、あの石の重さは二十キロだ」
「はあ?」
バラックの報告では、イルの力はアンジュの光魔法の影響だという。イルはクランツに操られたあと、しばらく眠りについていた。その間、アンジュはイルが早く目を覚ますよう何度も光魔法を使っていた。至近距離で光の魔力を向け続けられたことで肉体が強化された、という結論だ。
「すげえ!そんなとこあるんだ」
「ご、ごめん・・・私のせいで」
「体が強くなったってことだろ?いいことじゃん」
イルはアンジュの頭をポンッと優しくたたくと、ショールが口を挟んだ。
「アンジュちゃん、今たたかれたけど痛くねえの?」
「全然痛くありません」
「おそらく魔法と似た性質なのだろう。力を使おうと意識したときや、身構えたり危機的瞬間などは咄嗟に能力を発揮する」
「じゃあ、能力解放状態のイルくんに殴られたら死んじゃうのかな?」
「一発食らっただけで全身の骨が粉々になり、血肉が飛び散るかもな」
レイフォナーは冗談半分に言った。
「イルくん、俺は永遠にお前の味方だからな」
「ショーくん・・・それ、雑魚のセリフだよ」
レイフォナーは、コホンと咳払いをした。
「光剣入手には至らなかったが、多くの貴重な情報を得ることができたな」
キュリバトの報告をメモしていたサンラマゼルは、それに目を落とした。
「特にクランツ殿下の正体について、マウべライド長の見解は興味深いですね」
「ああ。鵜呑みにしてはいけないが、核心を突いている」
レイフォナーとサンラマゼルは信憑性が高いと思っているようで、ショールとチェザライも謎が解けたようなスッキリとした表情だ。
その後もレイフォナーたちは気になる点をアンジュたちに質問し、解散したのは日が暮れようとしている時間だった。
アンジュはその日、王城に泊まることになった。
『明日、このメンバーで行きたい所がある。アンジュとイルは王城に泊まるといい』
報告会の終わりにレイフォナーがそう言ったからだ。できれば村に帰りたかったのだが疲れが溜まっており、家で一人でいるとまた悪いことばかり考えてしまいそうで、滞在させてもらうことにした。イルはきらびやかな王城が居心地悪かったようで、逃げるように魔法学校に行ってしまった。
以前使わせてもらっていた部屋に通され、そのとき世話をしてくれた侍女たちが笑顔で迎えてくれた。良くしてもらったのに挨拶もせず王城を離れたことを謝ると、みんなに笑われてしまった。
「気に病むことはありません。事情がおありだったとわかっていますよ」
「おかえりなさい、アンジュさん!」
「食事の前に旅の疲れを落としましょう!」
侍女たちにそう言われ、浴室へと連れて行かれてしまった。無人島から初めて王城に来たときもこんな感じだったな、と異様に懐かしくなった。王城を離れて一か月も経っていないのに、そう感じるほどこの短期間での出来事は濃いものだったのだ。
このあと全身をくまなく洗われ、マッサージを施されるのだろう。世話をされることはいまだに慣れないが、侍女たちが楽しそうなので任せることにした。
予想を裏切らない侍女たちの働きに感心し、おしゃべりをしながら部屋で食事をした。
あとは寝るだけとなり侍女たちには下がってもらったが、マッサージをされて疲れが吹き飛んだのか眠気が襲ってこないため、バルコニーに出た。ここで見た最後の夜空は数多の星が輝いていたが、今日は雲が厚いのか全く見えない。だが視線を落とした先は対照的で、人々の生活の灯りがふわりと浮かんでいた。
いつか有事の際には呼び出されると覚悟していたが、まさかこんなに早くここに戻ってくるとは思ってもいなかった。
夜景を眺めていると、後ろから優しくストールをかけられた。振り返ると、執務室に通されてからずっと目を逸らしていた相手と目がばっちり合ってしまったせいか、後ろめたさ、愛おしさ、色んな感情が湧き上がってきた。
「体が冷えてしまうよ」
「レイフォナー、殿下・・・」
「やっと目が合った」
と言って、微笑んだ。
久しぶりに目にするレイフォナーは目の下に隈があり、少し痩せたような印象を受けた。




