第64話 マウベライドと光剣
アンジュたちはおじいさんの家に招かれていた。
集落の入口から家に到着する間に、大注目を浴びてしまった。イルが動かした岩の地響きが伝わっていたのだろう。珍しい訪問者を見るために家から出てきた人、家の中から窓越しに様子を覗っている人、散歩中だった人。どんな奴らがやって来たのかと、住人たちは興味津々な様子だった。
「どうぞ」
若い女性が、笑顔でお茶とお菓子を出してくれた。
「ありがとうございます」
アンジュたちが通された部屋は客室というより作業場だ。広い部屋には織機、色とりどりの糸、完成したと思われる織物などが丁寧に置かれていた。
そんな部屋の中央に長机と椅子があり、おじいさんと向かい合って座っているアンジュたちは自分たちから話を切り出せずにいると、おじいさんが質問してきた。
「先程の地響きは岩をどかしたのだろう?お前さんがやったのか?」
おじいさんはキュリバトを見た。
「いいえ」
「やったのは俺。あとで元に戻すよ」
「お前さんは魔法士なのか?」
「俺は魔力をもってない。魔法を使えるのはこっちの二人」
イルがアンジュたちを指差すと、おじいさんの細い目がわずかに開いた。
「はっはっは!これは面白い。腕力だけで動かしたのか!」
「みなさんはどうやって壁の外に出るんですか?」
「隠し通路があるんだよ」
岩や壁は、外敵の侵入を防ぐために設置したそうだ。森には凶暴な野生動物はいないが、この穏やかな集落にどんな敵がいるというのだろうか。クランツ以外には考えられないが、おじいさんの表情からしてそれ以外にもあるようだ。
「わしはこの集落の長、オラゴネル・マウベライドだ。この国ではただのオラゴネルと名乗っている。ここはマウベライド一族の住処でな。町に住んでる者もいるが」
「私はワッグラ村のアンジュです」
「同じく、イル」
「アンジュさんの護衛、キュリバトと申します」
オラゴネルは目を見張った。
「ワッグラ村の・・・アンジュ。そうかそうか」
そう言って、何か納得したのか頷いている。
「お願いとは、光剣のことかな?」
「はい!」
オラゴネルはアンジュたちがやって来た理由を察したようだ。アンジュはメアソーグで闇魔法使いが現れたこと、転移させられたことや自身に光魔法があることを話し、母の手紙を見せた。
「ラプラナ公爵家・・・マウべライドが懇意にしていたと記憶している。メアソーグ王家でも知らない我々の居場所を突き止めた母君の調査能力は大したものだ。それにしても・・・やはりクランツの封印は解けたのだな」
オラゴネルはその日がくることを予想していたようだ。
「封印が解けたということは、クランツ殿下はクランツの生まれ変わりではないのですね?」
「生まれ変わりとは、亡くなった者が後世で生を受けること。だがクランツは二百年前に死んだわけではない。生きたまま封印されただけだ。閉じ込められていたと言ったほうがわかりやすいか」
「闇の魔力をもっているのは、レイフォナー殿下の弟君のクランツ殿下です。クランツが二百年前から生きていたのなら、王妃殿下から産まれたクランツ殿下とは無関係なのでしょうか?」
「ふむ・・・」
オラゴネルは考え込んで黙ってしまい、アンジュはこの話題を変えることにした。
「えっと、クランツ殿下の目的はわかりませんが、もし戦うことになったときのために光剣を貸していただきたいのです」
「・・・すまない。ここに光剣はないのだ」
「えっ・・・?」
「まずは、我が一族の昔話をしよう」
と言って、オラゴネルは髭を撫でながら語り始めた。
マウベライドはもともとメアソーグの侯爵家で、光魔法士の始祖と言われていた。何人もの光魔法士を生み出してきたこともあって、約二百年前にアンジュがクランツを封印したあとマウベライド家が光剣の管理を託された。その後、光魔法を求めた貴族たちに散々利用されたが、光の魔力もちが全く生まれなかったために不当な扱いを受け、使用人たちは去っていき、領民からの信頼も失って居場所がなくなり、いまから百五十年ほど前に光剣を持って一族で夜逃げしたのだ。
バッジャキラに嫁いだ親類を頼って国王に取り次いでもらい、事情を説明して静かな場所で定住したいと申請すると、与えられたのがロネミーチェの森だった。当時の国王は慈悲深く、他国の一族を快く受け入れてくれた。さらに自分たちの素性を伏せておくと約束してくれたのだ。
しかし今から二十年ほど前に、王家が光剣を奪いにきた。おそらく、国で問題になっている砂漠化を止めるために使えると思ったのだろう。光剣を寄越さなければ、メアソーグに我々の居場所をバラすと脅してきたのだ。拒否すればメアソーグからもバッジャキラからも罰を受けてしまう。やむなく、光剣を渡すことにした。
光剣とは、マウべライドの血筋の鍛冶師が作った剣に、クランツを倒すために光魔法士たちが魔力を込めたものだ。クランツとの戦いで多くの光魔法士が命を落とし、アンジュによって光剣に貫かれたクランツは肉体が滅び、骨と魂になった。しかし魂の状態のクランツを消滅させることはできず、光剣に取り付けていた宝石内に封印したと言われている。
だが、光剣に込められていた光の魔力は長い年月を経て弱まり、封印されているクランツの邪悪な力が漏れ出したのだろう。バッジャキラの一部地域では木々が枯れはじめて砂漠化が始まり、その後クランツの封印自体が解けた―――。
すべてを話し終えたオラゴネルはお茶を飲んで、大きなため息をついた。
「つらい思いをされてきたのですね」
「先祖は大変だったろう。わしはこの集落で生まれ、ここでの生活が当たり前だったからな」
アンジュはふと、昨夜の夢を思い出した。
「光剣とはどのような見た目なのですか?」
「全身銀色で、柄頭に黄金色の宝石がはめ込まれている」
夢に現れた剣と一致している。手を伸ばしても掴めなかったのは、この状況を予知していたのだろうか。せっかくここまで来たというのに、王家相手にどうやって光剣を返してもらえばいいのだろう。事情を話せば貸してもらうことはできるだろうか。だが他国の身分もない者の話など聞いてもらえるはずもない。
「先程の問いだが・・・あくまでわしの見解として聞いてほしい。お前さんとレイフォナー王子は二百年前のアンジュ、レイフォナーの生まれ変わりだ。クランツは魂が滅んでいないため、生まれ変わることはできない。クランツ王子はクランツの生まれ変わりではないが、封印が解けたクランツの魂に身体を乗っ取られていると考えている」
「乗っ取る・・・?」
「封印が解けた魂の状態のクランツは、活動するために肉体を必要としただろう。だが自身の肉体はすでに滅んでいる。クランツは二百年前のレイフォナーの弟だ。兄は生まれ変わり、この時代でもレイフォナー王子となった。再び弟になるためクランツ王子の体に入り込んで、心身共に乗っ取り支配しているのでないか」
「なぜ弟になる必要が?」
「アンジュ、レイフォナー、クランツ。二百年前の三人の関係性を再現するためだ。まあ、考えすぎかもしれないが」
これまで自分たちも、クランツは封印が解けたのだろうと考えていた。だが封印が解けるとは具体的にどのようなものかわからなかったし、クランツが王妃から産まれたのは事実でもあるため、二百年前のクランツの生まれ変わりなのでは、という考えも捨てきれずにいた。
オラゴネルはあくまで見解と言ったが、乗っ取りの話を聞いて腑に落ちた。キュリバトに視線を移すと、彼女も納得したような表情だ。イルは難しい話が苦手で、頭が追いつかないといった顔をしている。
オラゴネルは窓の外を見た。
「疲れただろう。よければ、今日は泊まっていきなさい。このあと天気が崩れる」




